公開日:2023年5月2日

八戸市美術館「美しいHUG!」展レポート。アーティスト6人による様々な「抱き合い」を体験する

「展覧会」と「プロジェクト」のふたつの要素で構成した企画展が、青森県の八戸市美術館で8月28日まで開催中

会場風景より、黒川岳《石を聴く》(2018/2023)

特徴ある建物を生かした企画

「出会いと学びのアートファーム」をコンセプトに掲げ、2021年11月にリニューアル開館した青森県の八戸市美術館。その活動のふたつの柱「展覧会」と「プロジェクト」で構成した企画展「美しいHUG!」が4月29日から始まった。参加アーティストは、青木野枝、井川丹、川俣正、きむらとしろうじんじん、黒川岳、タノタイガの6人。会期は8月28日まで。

同館は建て替えに伴い、複数の展示室のほか、活動規模に応じてカーテンなどで区切れる3層吹き抜けの「ジャイアントルーム」(約800平方m)が設けられ、様々な用途に使われている。その特性をさらに生かすべく、本展はゲストキュレーターに東京都歴史文化財団・アーツカウンシル東京で多彩なプロジェクトを手掛けてきた森司を迎え、同館学芸員が総力体制で展示運営に携わる。森はプレス内覧会で「市民の活動を促す空間のジャイアントルームと展示のためのホワイトキューブの両方あることが当館の特徴で、それを十全に使い切るにはどうすればよいかを考えた」と述べた。

展覧会タイトルの「HUG(ハグ)」は、通常は親しみを込めた抱擁を指すが、本展ではアーティストと八戸の街の出合いやアートとの触れ合いなど複層的な意味が込められている。「この美術館をどうHUGし、どのように育てていくのか?が本展のテーマ。6人の作品を介し、美術館との向き合い方やアートとの関わり方など色々な発見をしてもらえたら」と森。同館の大澤苑美学芸員は、「楽しいだけでなく、考えさせられたり、一緒に悩んだりと、様々なHUGを通じて新たな出会いや学びが生まれてほしい」と話した。同館では今回、より多くの人に来場してもらいたいと観覧料を一般500円(高校生以下無料)に設定し、会期中何回でも鑑賞できる「かおパス」(一般800円)も販売している。

八戸市の中心部に位置する八戸市美術館
最高天井高17m、面積800平方mのジャイアントルーム。活動の規模に応じてカーテンと可動壁で区切ることができる。可動壁は中に収納棚があり、両面はホワイトボードになっている Ⓒ Daici Ano

展示は、文字通り「石を抱く」野外作品からスタート。同館正面玄関前に広がる広場に点在する、黒川岳(1994年島根県生まれ)の彫刻群《石を聴く》(2018/2023)だ。外側は未加工の岩石に直径20数センチの穴が開いており、鑑賞者は穴に頭を差し入れて中で響く音を聞くことができる。石は花崗岩のほか、地元産の凝灰岩を使った作品もある。

会場風景より、黒川岳《石を聴く》(2018/2023)

鑑賞中の姿は、人間が石にひしと抱きついて頭部が呑み込まれてしまったよう。シュールすぎる光景にギョッとしたが、実際にやってみると周囲のざわめきに自分の呼吸や鼓動音が均等に混ざり合い、不思議な安らぎを感じた。進んで経験してこそ得られる未知の感覚。ちょっと恥ずかしいかもしれないが、体験をお勧めしたい。

美術館敷地のあちこちに展示されている黒川岳《石を聴く》(2018/2023)

「循環する世界」を表す青木野枝の空間

館内のジャイアントルームに足を踏み入れると、まず出合うのが青木野枝(1958年東京生まれ)の新作インスタレーション《もどる水/八戸》(2023)。鉄の円環を繋いで逆さの漏斗状に形作った4つの構造体がそびえ立ち、頭上には円形の南部せんべいや干し菊、紙がモビールのように吊るされている。細い線形がわずかな接合部で連なる構造体は、上部に卵が幾つも付けられている。

会場風景より、青木野枝《もどる水/八戸》(2023)

切り出した鉄のパーツを組み合わせ水の姿を表現する青木は、場所の空間や自然、歴史と調和する作品を手掛けてきた。「この空間(ジャイアントルーム)は飲食可能な場所だと知り、これまでの卵に加えて地元に根付く食材を使った。私の作品はアトリエでは完成せず、その場で溶接して作るので制作時の自分がそのまま表れる。作品タイトルの『もどる水』は、空から降り注ぐ雨が循環し、その中で私たち人間を含む生物は暮らしているという自分の世界観に基づいている」と話した。

自然光がたっぷり入る大空間に展開する本作は、鉄の重厚感から解き放たれた軽やかさにあふれる。高所で揺らめく食材は、天から降り注ぐ雨のようであり、大地から立ち上る霧のようでもある。点々と見える白い卵は、木々の枝を転がる雨粒だろうか。場所と作品、人工と自然、現実と想像が手をつなぎ、この世界の大きなあり方を感じさせる作品になっていた。

会場風景より、青木野枝《もどる水/八戸》(2023、部分)

その青木作品を包み込むように、子供たちの澄んだ歌声とソリストによる独唱が連なる音楽がジャイアントルームに流れている。人の声を用いた創作を行う音楽家の井川丹(1984年埼玉生まれ)が本展のために作曲した「あわいの声―《虹の上をとぶ船 総集編Ⅰ・Ⅱ》との対話―」。同館の開館時間に当たる9時間もの大作で、作品の録音には市内の小中高5校の合唱部が参加した。

同館は、1960年代以降に小中学校での制作が推奨された「教育版画」を多数所蔵しており、本作は1975~76年に共同制作された8点の連作を題材にしている。会場の一角には、子供たちが想像して描いた版画の物語と、各情景に対応する歌や曲を作家が解説したプリントが何枚も置かれ、紙の端を糊付けして絵巻物のように作ることもできる。様々な人の歌声と創作から生み出された音楽は、過去と現在を音色の情感で結ぶ架け橋とも言えるだろう。

井川丹が作曲した「あわいの声―《虹の上をとぶ船 総集編Ⅰ・Ⅱ》との対話―」を紹介するコーナー

路上制作を楽しむ《野点》プロジェクト

続く展示室は、きむらとしろうじんじん(1967年新潟生まれ)による現在進行形のプロジェクト《野点》を紹介。1995年に始めた《野点》は、素焼きの茶碗と陶芸窯を積んだリヤカーを引いて各地の路上へ赴き、その場で参加者が絵付けして焼いた茶碗で茶を楽しむ移動式陶芸抹茶屋台だ。約350回を重ねたプロジェクトの全容を展示するのは今回が初めて。

会場は、参加者が作った色彩豊かな茶碗の数々、開催した場所やコメントを記載した特大の年表が並ぶ。準備手順を細かく記した作家の手製カレンダーは、手間を惜しまない舞台裏を伝える。開催時の様子の映像も見ることができ、多様な人が行きかう路上での創作と茶道体験が活気あるリアクションや交流を引き出していると分かる。

きむらとしろうじんじん「野点」プロジェクトの参加者が絵付けした茶碗の数々

八戸でも、本展に先行し昨年6月にプロジェクトが始動。公募したスタッフと一緒に開催地を探すなどの準備を経て、同年10月に実施した。その様子や市民が制作した茶碗も会場で紹介されている。まさに茶道の「一期一会」が味わえる《野点》は、今年10月にも行われる。

きむらとしろうじんじんの「野点」プロジェクトを紹介する展示

壁面をびっしりと覆い尽くす同じ顔のお面。タノタイガ(東京生まれ)の《タノニマス》(2007)は、時間の経過と共に変化していくインスタレーションだ。ただし、作品に介入するのは作家ではなく来場者。展示室内にペンや絵具、布などを備えたワークスペースが用意され、訪れた人は無表情なお面を自由にデコレーションして、個性ある顔に生まれ変わらせる仕掛けになっている。既に市民有志による運営チーム(その名も「タノミマス」!)が結成され、創作のサポートも受けられる。

会場風景より、タノタイガ《タノニマス》(2007)

なお全部で3510個あるお面は作家の顔から型取りしたもの。作品名は、作家名と匿名を意味する「アノニマス」を組み合わせた造語だという。多様な手法を使い、社会システムやルールの矛盾を表現するタノは本作について「時間が経つにつれて、お面に多様性が獲得されていく。人間はみんな違うというメッセージを込めている」。今は無機質な会場が今後、来場者のクリエーションでどう変わっていくか楽しみだ。

タノタイガ《タノニマス》の会場の一角には、来場者がお面を自由に飾り付けて創作できるコーナーが設けられている

震災瓦礫から着想した川俣正作品

フランス在住の川俣正(1953年北海道生まれ)は、制作過程を含め作品とする「ワーク・イン・プログレス」の手法を基本に、木材を使い公共空間に展開する仮設構造物で世界的に知られる。本展では、近年の代表的インスタレーション《Under the Water》の八戸バージョンを発表。同シリーズは2016年にフランスのポンピドゥー・センター・メスで行った個展などで披露したが、日本での制作公開は初となる。

ホワイトキューブの天井近くに大量の障子や襖、椅子や机の引き出しが浮かんでいる。所々重なりながら波打つように水平状に広がり、隙間から白い光が漏れている。展示室に入ってすぐ連想したのが東日本大震災(2011)の津波により押し流された建具や家具が海に浮かぶ様子。とすると自分のいる場所は海中に当たるのか。想像や思いが次々と沸き上がり、立ちつくした。

会場風景より、川俣正《Under the Water 八戸》(2023)

川俣によると大震災後、大量の瓦礫が太平洋を隔てたカナダ沖に流れ着いた新聞記事を読んだのが制作の端緒になったという。大震災では当地も大きな津波被害に遭ったが、本作では家屋解体業者や市民の協力で集まった最近の廃材が使われている。「本作は震災瓦礫が着想源だが、光が差し込んでいて希望も見える作品になったのではないか」(高橋麻衣同館学芸員)。

別室では、川俣がスクラップした事件事故の記事で構成した映像作品《Accidental photos》(2001)を約20年ぶりに展示。日常と偶然起きる非日常の境界に目をこらす作家の姿勢が感じられる。館内にとどまらず、美術館の外壁には鳥の巣ふうの《Nest in 八戸》が設置されているので、そちらも見逃さないようにしたい。

展示風景より、川俣正《Nest in 八戸》(2023)

質が高い作品やプロジェクトを通じ、美術館やアートとの能動的な関わりをエンパワーする本展。現代アートになじみが薄くても、ちょっと踏み出せば世界が広がるかもしれない。会期中は参加アーティストによるトークや多彩なガイドツアーも行われるので、気になる人は同展の特設サイトなどで確認してほしい。

旅行で八戸を訪れる人は、美術館近くの地域観光交流施設「八戸ポータルミュージアム はっち」や全国的に珍しい市営書店「八戸ブックセンター」、開放感あふれる「まちなか広場 マチニワ」もおすすめ。様々な分野の専門書を集めた「八戸ブックセンター」は、美術館で5月21日まで開催中の「仲條正義名作展」の第2会場になっており、グラフィックデザイナー仲條正義(1933~2021)が手掛けたブックデザインを見ることができる。様々な場所に足を運んで、街をHUGしたい。

「八戸ポータルミュージアム はっち」には、青森の工芸や物産を集めたショップやものづくりスタジオ、展示スペースなどが入る

永田晶子

永田晶子

ながた・あきこ 美術ライター/ジャーナリスト。1988年毎日新聞入社、大阪社会部、生活報道部副部長などを経て、東京学芸部で美術、建築担当の編集委員を務める。2020年退職し、フリーランスに。雑誌、デジタル媒体、新聞などに寄稿。