公開日:2023年2月5日

ポーラ美術館「部屋のみる夢ーボナールからティルマンス、現代の作家まで」展レポート。ポストコロナのいま「部屋」の表現を見つめ直す

「部屋」をめぐる19世紀から現代までの多彩な表現を集めた展覧会がポーラ美術館で開催中。その会場の様子をお届け。

会場風景より、草間彌生《ベッド、水玉脅迫》(2002)ポーラ美術館蔵

19世紀から現代まで9組の作品を紹介

新型コロナウイルス感染症拡大により私たちが多くの時間を過ごしてきた「部屋」。その部屋にまつわる19世紀から現代までの多様な表現を紹介する展覧会「部屋のみる夢ーボナールからティルマンス、現代の作家まで」が神奈川県箱根町のポーラ美術館で1月28日から開催されている。会期は7月2日まで。担当学芸員は同館の近藤萌絵と工藤弘二。

「箱根の自然と美術の共生」をコンセプトに2002年に開館したポーラ美術館は、印象派から20世紀にかけての西洋絵画を中心とするコレクションで知られる。本展は、その所蔵品に他館の作品も加えた約50点を紹介し、美術家のインスピレーション源になってきた「部屋」という空間を再考するもの。取り上げる作家は、近代絵画のボナールやマティス、世界的アーティストの草間彌生、写真家のヴォルフガング・ティルマンスら9人・組。展示には、同館が近年新たに収蔵した作品や若い世代の作家が制作した新作も多数含まれる。

本展の見どころについて近藤学芸員はこう説明する。「パンデミックによるステイホームの経験は、部屋に対する私たちの意識や意味付けを大きく変えたと思う。近代化以降、部屋は絵画の重要な主題になり、数多くの室内画が制作されたが、コロナ以前と今では作品の『見え方』も違うのではないか。本展は、ステイホーム以降の感覚を反映した作家による新作も展示しており、近代から現代までの時間軸のなかで、改めて部屋という空間を見つめ直していただければ」

ふたつの階にまたがる会場は、作家ごとの展示空間が緩やかにつながり、壁は所々に「窓」が設けられている。照明や内装色の変化も相まって、違う部屋を次々と訪れるような感覚だ。鑑賞者は思いが向くままに自由に回遊できるが、ここでは順番に会場を巡っていこう。

会場風景より、アンリ・マティスの展示

まず冒頭を飾るのは、フランスの画家アンリ・マティス(1869~1954)の絵画群。大胆な色彩と筆致によりフォーヴィスム(野獣派)をけん引したマティスは、1921年以降は南仏ニースを拠点に窓から差し込む光や地中海の眺望を取り入れた室内空間を描いた。《窓辺の婦人》(1935)は、室内の壁や女性が頬杖を突く卓上の青色が、窓枠と外に見える海や空と響きあう。内と外の連続性を感じさせる、爽やかな空気感に満ちた作品だ。

会場風景より、アンリ・マティス《窓辺の婦人》(1935)ポーラ美術館蔵

マティスは家具調度やモデルの衣装をはじめ、様々な要素を操作して限られた室内のなかで色彩豊かな絵画表現を探求した。ともに楽器を奏でる女性を描いた《室内:二人の音楽家》(1923)と《リュート》(1943)は、マティスの特徴的な「赤」が使われ、リズミカルに反復する装飾文様が目を引く。部屋のなかでくつろぐ女性の姿を近くから描き、親密さを漂わせた作品もある。

会場風景より、アンリ・マティス《リュート》(1943)ポーラ美術館蔵
会場風景より、左からアンリ・マティス《紫のハーモニー》(1923)、同《中国の花瓶》(1922) いずれもポーラ美術館蔵

印象派の女性画家ベルト・モリゾ(1841~1895)は、室内とつながりつつ陽光に包まれたサンルームなど半野外の空間を好んで描いた。「19世紀フランスにおいて、外の世界は男性の社会で、女性の世界は家庭(室内)とされた。その意味で、テラスやバルコニーはジェンダーの境界線といえる」と工藤学芸員は説明する。会場では、何かに没頭する娘を描いた《ベランダにて》(1884)など、家庭と社会を行き来しながら制作したモリゾの視線を伝える作品を見ることができる。

*会場風景より、ベルト・モリゾ《ベランダにて》(1884)ポーラ美術館蔵
会場風景より、ベルト・モリゾ《テラスにて》(1874)東京富士美術館蔵

続くエドゥアール・ヴュイヤール(1868~1940)の展示室は、ほの暗い空間に演劇的な気配が漂う人物や室内場面の絵画が並ぶ。《窓辺の女》(1898)は、画家の母親が室内に立っているが、その姿は暗く沈んだ周囲に溶け込んで謎めいた印象を与える。「預言者」を意味するナビ派に属し、世紀末の象徴主義に強い影響を受けたヴュイヤールの特徴が色濃く表れた一作と言えそうだ。

会場風景より、エドゥアール・ヴュイヤール《窓辺の女》(1898)愛知県美術館蔵

同じナビ派のピエール・ボナール(1867~1947)は、本展の作家中最多の11点を紹介。室内を彩るために制作した装飾パネルや子供の肖像画、裸婦像など異なるタイプの作品がそろう。緑いっぱいの果樹園や花と光にあふれる庭を描いたボナール作品を前にして、ステイホーム中の野外や自然が恋しくなった気分を思い出す人もいるのではないだろうか。

会場風景より、左からピエール・ボナール《山羊と遊ぶ子供たち》(1899頃)、同《りんごつみ》(1899頃)いずれもポーラ美術館蔵
会場風景より、ピエール・ボナール《地中海の庭》(1917-1918)ポーラ美術館蔵

工藤学芸員によると、ナビ派の画家が追及した「アンティミテ」(親密さ)は本展の隠れたテーマのひとつだという。ボナールは、妻マルトが入浴したり浴室で身づくろいしたりする場面を繰り返し描いた。閉ざされた空間のなかで相手の気取りがない一瞬の姿をとらえた作品は、親しみがこもった「おうち時間」が流れているようだ。

会場風景より、ピエール・ボナール《浴槽、ブルーのハーモニー》(1917頃)ポーラ美術館蔵

本展では、室内という限られた空間のなかで画家が描く対象に向けた眼差しや「見る・見られる」の関係性にも注目したい。たとえば「北欧のフェルメール」とも呼ばれるデンマークのヴィルヘルム・ハマスホイ(1864~1916)の室内画は、ボナール同様に身近な女性を描きながら、温かみより静謐さが際立つ。会場には国内に2点だけある作品が展示されているが、いずれも画中の女性はこちらに背を向け、北方の淡い日差しが部屋を照らしている。《陽光の中で読書する女性、ストランゲーゼ30番地》(1899)の番地は、歴史的な建物を愛したハマスホイが長く住み、多くの室内画を制作した住居を指すという。

会場風景より、ヴィルヘルム・ハマスホイ《陽光の中で読書する女性、ストランゲーゼ30番地》(1899)ポーラ美術館蔵

ステイホームの感覚が反映された新作も

現代の作家による新作も本展の大きなみどころだ。ともに1984年生まれの佐藤翠と守山友一朗は、いずれも室内をモチーフとする絵画を手掛ける。会場は、佐藤がテーマにしてきた「クローゼット」のシリーズ、日常の一場面を細密に描写した守山作品、各自が制作した家具の機能を持つ屏風などを同じ空間に展示。作品同士の共鳴や個性の違いが感じられる。共作した《Rose Room》は、ふたりが生活する部屋と愛着がある品々が描きこまれ、目の前の日常をいつくしむような表現が印象的だった。

会場風景より、佐藤翠+守山友一朗の展示室。中央は共作した《Rose Room》(2022)作家蔵
会場風景より、佐藤翠《Floating Violas Closet》(2022)作家蔵
会場風景より、守山友一朗《Roses at Night》(2022)作家蔵

双生児のアーティストユニットの高田安規子・政子(ともに1978生まれ)は、身近な事物や風景のスケールを操作する作品を制作する。今回は、部屋を構成する普遍的な要素の窓やドアと鍵穴に着目したふたつの新作インスタレーションを発表した。ホワイトキューブの壁に無数の小さな窓が並ぶ《Inside-out/Outside-in》(2023)は、ところどころ窓が開き、温かな灯が瞬いている。目を凝らすと、手のひら大の窓から館外に降る雪(訪れた日は雪模様だった)や周囲の森が見え、いま立つ場所の境界線や大きさが揺らぐ感覚を覚えた。

会場風景より、高田安規子・政子《Inside-out/Outside-in》(2023)作家蔵
会場風景より、高田安規子・政子《Inside-out/Outside-in》(2023、部分)作家蔵
会場風景より、高田安規子・政子《Open/Closed》(2023、部分)作家蔵

いったん会場を出て下の階へ。こちらではヴォルフガング・ティルマンス(1968年生まれ)と草間彌生(1929年生まれ)という、ふたりの世界的アーティストの新収蔵作品を鑑賞できる。いずれも同館での公開は初めて。

ドイツ出身のティルマンスは、ファッション誌での活動を経て、1990年代に自らを取り巻く日常をとらえた写真作品で脚光を浴びた。写真やイメージの概念を拡張する作品を制作し、昨年ニューヨーク近代美術館(MoMA)で大回顧展が開かれたのも記憶に新しいだろう。本展では、自身のアトリエを異なる角度から撮影したシリーズや窓を被写体にした作品など10点が紹介されている。光が差す窓辺とそこに並ぶガラス器や水、植物を写し出した《静物、ボーン・エステート》(2002)は、暮らしのなかに息づく「美」を見つめる作家の視点を感じさせた。

会場風景より、左3点はヴォルフガング・ティルマンス《あふれる光》シリーズ(2011)、同《14番街》(1995)いずれもポーラ美術館蔵
会場風景より、左からヴォルフガング・ティルマンス《静物、ボーン・エステート》(2002)、同《草》(2014)いずれもポーラ美術館蔵

本展を締めくくるのは、ルイ・ヴィトンとのコラボレーションが話題の草間彌生の作品群。部屋の中央に鎮座する《ベッド、水玉脅迫》(2002)は、お姫様の寝台みたくカーテンが下がっているが、全体は大小の水玉模様で覆われ、体を横たえる場所は突起物がびっしりと生えている。工藤学芸員は「反復する水玉模様や突起物のソフト・スカルプチュア(柔らかい彫刻)など、草間芸術の特徴が幾つか集約された作品。ベッドは人間が生まれ死ぬ場所でもあるので、本作は生と死というテーマにもつながるのではないか」と話す。安らかな眠りを許さないベッドは、幼少期から作家を苦しめたオブセッション(脅迫観念)そのもののようにも見えた。

会場風景より、草間彌生《ベッド、水玉脅迫》(2002)
会場風景より、左から草間彌生《コーヒーカップ》(1980)、同《南瓜》(1981)いずれも個人蔵

私たちの人生と切り離せない「部屋」をめぐる多様な視点や解釈を提示してくれる本展。各作家の世界観に浸ったり、ポストコロナの暮らしや身近な関係に思いを馳せたり、あるいは具体的に自室の参考にしたりと、じつに様々な味わい方ができそうだ。鑑賞後に帰宅したら、いつもの部屋がちょっと違って見えるかもしれない。

「丸山直文『水を蹴る―仙石原―』」展も同時開催

館内では、ポーラ美術振興財団の助成を受けた現代作家を紹介する「HIRAKU Project」の14回目として「丸山直文『水を蹴る―仙石原―』」展も同時開催されている。画家の丸山直文(1964年生まれ)は、水を含ませた布を床に置き、意図的に滲みやぼかしを取り入れた独自の手法による風景画で知られる。本展では、同館を取り巻く仙石原の森の湿潤な自然をテーマにした新作2点と近作を披露している。建築家の青木淳が丸山の絵画から着想を得てデザインした展示空間と併せてぜひチェックしてほしい。

「丸山直文『水を蹴る―仙石原―』」展の会場風景 Photo: Ken KATO

永田晶子

永田晶子

ながた・あきこ 美術ライター/ジャーナリスト。1988年毎日新聞入社、大阪社会部、生活報道部副部長などを経て、東京学芸部で美術、建築担当の編集委員を務める。2020年退職し、フリーランスに。雑誌、デジタル媒体、新聞などに寄稿。