公開日:2022年5月7日

セザンヌを起点に、現代写真と絵画が交差する。「ジャム・セッション 石橋財団コレクション×柴田敏雄×鈴木理策」レポート

アーティゾン美術館で開幕した「ジャム・セッション 石橋財団コレクション×柴田敏雄×鈴木理策 写真と絵画──セザンヌより 柴田敏雄と鈴木理策」。現代における写真と絵画の関係を探る本展をレポート。

会場風景より。左からピエール・ボナール《ヴェルノン付近の風景》(1929)、鈴木理策《知覚の感光板 18,PS-345》(2018)

柴田敏雄と鈴木理策が近代絵画と共演

「写真のような絵」「絵みたいな写真」と言うように、写真と絵画は近しい関係だ。写真が普及し始めた19世紀後期以来、同時代に興った印象派をはじめ相互に影響を与え合ってきた。その位相はさまざまで、ひと筋縄にはいかない。

東京・京橋のアーティゾン美術館「ジャム・セッション 石橋財団コレクション×柴田敏雄×鈴木理策 写真と絵画──セザンヌより 柴田敏雄と鈴木理策」展が開かれている。国内外で評価が高い写真家の柴田敏雄と鈴木理策の作品に近代絵画を併せて展示し、現代における写真と絵画の関係を探る試みだ。会期は7月10日まで。

会場入口

現代美術家と石橋財団コレクションがコラボレーションする企画「ジャム・セッション」第3弾。本展を企画した学芸員の新畑泰秀(アーティゾン美術館教育普及部長)は「柴田、鈴木両氏はともにセザンヌをはじめとする近代絵画に関心を持ってきた。表現手段として写真を選ぶ前は、絵を描いていたことも共通している。ふたりの写真作品と絵画を対比的に並置することで、人間がものを見て、考え、表現する創造の在り方を体感してもらえるのではないか」と話す。展示は6つのセクション仕立て。ふたりの新作・未発表作を多く含む写真作品約240点と、両名が石橋財団コレクションから選び出した約40点で構成されている。

会場風景より。左から藤島武二《日の出》、柴田敏雄《山形県尾花沢市》(2018)

柴田敏雄──サンプリシテとアブストラクション

セクションⅠは「柴田敏雄──サンプリシテとアブストラクション」。冒頭、コンクリート壁面を流れ落ちる水を撮影した柴田の《山形県尾花沢市》(2018)と近代洋画の巨匠・藤島武二のパステル画《日の出》が隣り合わせに並ぶ。画面いっぱいに広がる水紋が墨による抽象絵画のような前者。大胆に色彩と筆致を省略した結果、抽象に近づいた後者。単純化(サンプリシテ)に対する、時代を超えた共通の意志が浮かぶ。

会場風景より、柴田敏雄の作品。左は《福島県南会津郡田島町》(1989)

柴田は1949年東京生まれ。東京藝術大学大学院油画専攻を修了後、ベルギーのゲント市王立アカデミーに留学し、本格的に写真を始めた。大型カメラで日本各地のダムやコンクリート擁壁など風景の中の構造物を撮影したモノクローム写真を発表。2000年代からカラー作品にも取り組んできた。

柴田作品の特徴として、隅々までピントが合った精緻さと簡潔な構図が生む抽象性が挙げられる。撮影地をタイトルにした作品は、ありふれた人工物が主たるモチーフで、何を写したか判然としないことさえあるのに見る者を引き付ける。それはなぜか、ヒントを与えてくれるのは柴田が選んだアンリ・マティス《コリウール》(1905)とピート・モンドリアン《砂丘》(1909)。いずれも20世紀初頭に美術が抽象へ歩み始めた過程を示す絵画作品で、横に並ぶ写真作品との意外な相似に驚かされる。カメラを通じ、実際の風景から表現の骨格を取り出す柴田の意図が伝わってくる。

会場風景より。左から柴田敏雄《山梨県南巨摩郡身延町》(2021)、ピート・モンドリアン《砂丘》(1909)

鈴木理策──見ることの現在/生まれ続ける世界

セクションⅡ「鈴木理策──見ることの現在/生まれ続ける世界」で、鈴木がまず提示する絵画はモネの《睡蓮の池》(1907)。近くには水面をテーマにした自身のシリーズ《水鏡》の作品を並べた。本展に寄せて鈴木は「モネは睡蓮の作品において、異なるレイヤーを描き分け、それらをキャンバスという面の上で統合している」と述べている。レイヤーとは、水面に映り込むイメージと水面自体のイメージ、水底のイメージの3つの層を指すという。鏡のように周囲を映し出し、溶け合いながら揺らめくような鈴木の作品は、モネも意識したイメージの融合を感じさせ、「いま見ている」ような臨場感にあふれている。

会場風景より。左から鈴木理策《水鏡14,WM-77》《水鏡14,WM-79》(2014)、クロード・モネ《睡蓮の池》(1907)
会場風景より。左から鈴木理策《水鏡17,WM-753》《水鏡17,WM-792》《水鏡17,WM-741》(2017)

鈴木は1963年和歌山県新宮市生まれ、東京綜合写真専門学校研究科卒。「見ること」への一貫した問題意識に基づき、熊野や桜、雪などをテーマに撮影を行い、展覧会や写真集で発表を重ねてきた。2020年、かつてセザンヌらが訪れた場所を撮影した写真集『知覚の感光板』を刊行している。

会場風景より。左からギュスターヴ・クールベ《石切り場の雪景色》(1870頃)、鈴木理策《White 17,A-31》(2017)

本セクションでは写実主義のギュスターヴ・クールベも取り上げた。その狩猟画《雪の中を駆ける鹿》(1856-57頃)では、狩られる鹿の目線に注目。鹿が見つめる雪原風景に近い作品を自身の《White》シリーズから選んで、隣に配した。絵画の客観的視点と写真の主観的視点が交錯する。

ポール・セザンヌ

柴田と鈴木がともに重視してきたのが近代絵画の巨匠セザンヌ。セクションⅢ「ポール・セザンヌ」は、その油彩画や素描と併せて、風景を静物のように描く手法に触発された柴田の初期作品、セザンヌのアトリエを撮影した鈴木の作品などを紹介。セザンヌ《サント=ヴィクトワール山とシャトー・ノワール》(1904-1906頃)を真ん中に、左右にふたりの作品を展示した一角が目を引く。サント=ヴィクトワール山は、自らの目で見た「感覚の実現」を追求した画家が熟年以降、打ち込んだ主題だ。橋梁の形態を山中に浮かび上がらせた柴田作品、サント=ヴィクトワール山の山肌に迫る鈴木作品。3点を見比べると、まざまざと共振や差異が見て取れて興味が尽きない。

会場風景より。奥の壁左から柴田敏雄《高知県土佐郡大川村》(2007)、ポール・セザンヌ《サント=ヴィクトワール山とシャトー・ノワール》(1904-06頃)、鈴木理策《サンサシオン 09,C-58》(2009)

柴田敏雄──ディメンション、フォルムとイマジネーション

セクションⅣ「柴田敏雄──ディメンション、フォルムとイマジネーション」は、強調したフォルムや幾何学的モチーフを扱った柴田の作品がそろう。併せて展示する美術作品は、ヴァシリー・カンディンスキーの絵画《3本の菩提樹》(1908)と、江戸時代の僧・円空が制作した仏像という意外な組み合わせだ。カンディンスキー作品について柴田は「構図の中で色面が押したり引いたりする感覚に関心を持った」。また「円空の木彫のような立体的なフォルムを平面に落とし込むことに関心があった」と述べている(いずれも図録より)。改めて柴田作品を見ると、表情が異なる様々な面(ディメンション)で画面が構成されていることに気づく。面が織りなす絶妙なフォルムを風景のなかに見出し、絵画のごとく定着させる意識がうかがえる。

会場風景より。左から柴田敏雄《東京都西多摩郡檜原村》(1994)、同《栃木県那須塩原市》(2020)、ヴァシリー・カンディンスキー《3本の菩提樹》(1908)
会場風景より。江戸時代の円空仏(手前)とともに展示された柴田敏雄の作品
会場風景より。柴田敏雄《山形県米沢市》(2019)

鈴木理策──絵画を生きたものにすること/交わらない視点

鈴木の作品は、ピントが画面の比較的狭い範囲に合わされ、周縁はぼやけていることが多い。つまり、私たちが無意識に見ている光景に近いと言えるだろう。そんな「見る経験」への問題意識が伝わるのがセクションⅤ「鈴木理策──絵画を生きたものにすること/交わらない視点」。冒頭を飾るピエール・ボナール《ヴェルノン付近の風景》(1929)は、目前の光景をそのまま絵画に落とし込んだようで通底する意識を感じさせる。ハーフミラー越しに撮った《Mirror Portrait》は、撮影者の存在を消した異色の肖像写真シリーズ。エドゥアール・マネの自画像や岸田劉生の麗子像などと併せて展示され、ポートレイトに付き物の「見る」「見られる」関係を考えさせる。アルベルト・ジャコメッティの彫刻や絵画、鏡面が並ぶ一室もある。鈴木の問いかけが隠されているので、ぜひ自分の目で確認してほしい。

会場風景より。左からピエール・ボナール《ヴェルノン付近の風景》(1929)、鈴木理策《知覚の感光板 18,PS-345》(2018)
会場風景より。左に並ぶのは鈴木理策《Mirror Portrait》シリーズ。奥にエドゥアール・マネ《自画像》(1878-79)が見える
会場風景より。鈴木理策が選んだアルベルト・ジャコメッティの彫刻や絵画が鏡面とともに展示されている

雪舟

最後のセクション「雪舟」は、異なるフロアの展示室へ。照明を落とした展示空間に、中世の画僧・雪舟の《四季山水図》(15世紀)、柴田が1990年代に制作した巨大ダムの写真3点、白銀の雪風景を捉えた鈴木の「White」シリーズの2点が並んでいる。余白、空間構成、物質感……。東洋の山水画を挟み、改めてふたりの写真家の個性が鮮やかに伝わる。写真と絵画、現在と過去を接続し、相互の関係を問う本展。その締めくくりにふさわしい展観だ。

会場風景より。左から柴田敏雄が1990年代に米国のダムを撮影した3点、雪舟《四季山水図》4幅(15世紀)、雪の風景をとらえた鈴木理策《White》シリーズ2点

なおアーティゾン美術館では、企画展「Transformation 越境から生まれるアート」も7月10日まで開催中。こちらでは「越境」と「変化」に着眼し、19世紀半ば~第二次世界大戦後の欧米、日本の作品約80点を紹介している。本展と併せてじっくり鑑賞したい。

永田晶子

永田晶子

ながた・あきこ 美術ライター/ジャーナリスト。1988年毎日新聞入社、大阪社会部、生活報道部副部長などを経て、東京学芸部で美術、建築担当の編集委員を務める。2020年退職し、フリーランスに。雑誌、デジタル媒体、新聞などに寄稿。