公開日:2023年4月29日

「アレックス・ダ・コルテ 新鮮な地獄」(金沢21世紀美術館)レポート。溢れ出るイメージに身を委ね、その豊かさと暴力性に迫る

「Alex Da Corte Fresh Hell アレックス・ダ・コルテ 新鮮な地獄」は4月29日〜9月18日に開催。人気キャラクターから美術史まで様々なイメージを飲み込み、現代の消費文化を照射する本展をレポート。

会場風景より、《ゴム製鉛筆の悪魔》(2019)

注目作家アレックス・ダ・コルテ、アジアの美術館初個展

「Alex Da Corte Fresh Hell アレックス・ダ・コルテ 新鮮な地獄」が、石川県の金沢21世紀美術館で4月29日〜9月18日に開催される。企画は同館チーフ・キュレーターの黒澤浩美。

本展は、近年世界で大きな注目を集めるヴェネズエラ系アメリカ人アーティスト、アレックス・ダ・コルテのアジアの美術館で初めての個展。最近作を含めた全11点の映像インスタレーション作品などが紹介される。

アレックス・ダ・コルテは1980年アメリカのカムデン/ニュージャージー州生まれ。現在は同国のフィラデルフィア/ペンシルベニア州在住。2018年ピッツバーグのカーネギーインターナショナルを皮切りに、19年のヴェネチア ・ビエンナーレによって世界的に名が知られるようになり、22年ニューヨークのホイットニー・ビエンナーレにも参加。
欧米各地の美術館で個展を重ね、2021年にニューヨークのメトロポリタン美術館屋上庭園のコミッションに選ばれ、2022年にはルイジアナ近代美術館(フムレベック、デンマーク)において、過去20年間の作品を網羅したサーベイショウ「Mr. Remember」が開催された。

会場にて、アレックス・ダ・コルテ。急遽来日が叶ったという

「私がアレックスの作品を見たのは2019年のヴェネチア・ビエンナーレだったのですが、即座に恋に落ちるようなかたちで、いつかこの美術館でご紹介したいと願ってきました」と、本展開催への並々ならぬ思いを語ったチーフ・キュレーターの黒澤。

タイトルについては、「地獄とフレッシュという言葉が組み合わされることはなかなかないですが、アレックスらしいとすぐに思いました。ヘル(地獄)やデビルというものに潜むかたちがないものへの恐怖や好奇心に溢れていますし、人間味の溢れる、まとわりつくような濃厚な映像とあいまった新鮮さもある。それらがミックスされた展覧会になりました」と説明した。

色彩へのこだわり

展覧会の冒頭は《最後の一葉》(2022)というネオンを用いた壁掛け作品。この作品は作家にとって重要な「円環」のイメージ、つまり、終わりがありまた始まりがあるということを告げる象徴的な作品だ。アレックス・ダ・コルテは「季節への意識」「時間がぐるっと回ること」への関心について内覧会で言及し、本作のツタは身体や時間の流れを表すものだという。

つづく映像インスタレーション《ROY G BIV(ロイ・ジー・ビヴ)》(2022)も「The End」という言葉から始まる。展覧会の「始まり」に「終わり」があるという、なんとも不思議な螺旋の迷宮に誘われるようだ。

会場風景より、《ROY G BIV(ロイ・ジー・ビヴ)》(2022)

《ROY G BIV(ロイ・ジー・ビヴ)》の映像は5幕仕立ての劇からなる。米国のフィラデルフィア美術館にあるコンスタンティン・ブランクーシのためのギャラリーを模したセットを舞台に、作家がマルセル・デュシャンに扮して登場。同館はデュシャンの「大ガラス」があることでも有名だ。その後、命を吹き込まれたブランクーシの《接吻》が歌い、音楽が演奏される。

会場風景より、《ROY G BIV(ロイ・ジー・ビヴ)》(2022)
会場風景より、《ROY G BIV(ロイ・ジー・ビヴ)》(2022)

見た目はファニーだが、その歌はというと「愛」や「喪失」を歌ったドラマティックで切迫感のあるもの。紫色の《接吻》は「色自体が色と向き合うことに気が付き始めている」(黒澤)状態で、紫が赤と青に別れるという別離について感情たっぷりに歌い上げる。

本作のタイトルは虹の7色の頭文字(Red、Orange、Yellow、Green、Blue、Indigo、Violet)を並べたニーモニック(符号)から名付けられているように、色彩は作家にとって重要な要素だ。巨大なキューブ状の本作は、会期中に7回色を塗り替えるパフォーマンスも行われるという。

それぞれの色彩が象徴するイメージや、喚起させる感情に注目しながら、本展を見ていくと面白いだろう。

パフォーマンス:美術史のイメージの再演・追従・翻訳

続く展示室は、「これまでの20年間で選りすぐりの作品を集めた」(アレックス・ダ・コルテ)という部屋。複数の小さなブラウン管テレビに、それぞれ異なる映像作品が流れている。

会場風景より
会場風景より、《その重さを運ぶ》(2003)

そのうちのひとつ《その重さを運ぶ》(2003)は、当時22歳の作家が巨大なケチャップのソフトボトルを運んでいる姿を収めた作品。ポップ・アートの彫刻家、クレス・オルデンバーグが巨大な歯磨き粉を運んでいる写真に着想を得て制作された。

本作や前述のデュシャンのように、アレックス・ダ・コルテにとって美術史上のアーティストやその著名なイメージを自らの身体を通して再演し、自分なりに翻訳することは、作品制作における重要な要素だと言えるだろう。

ポップ・アイコン、キャラクターたちの氾濫

会場風景より、《ゴム製鉛筆の悪魔》(2019)

《ゴム製鉛筆の悪魔》(2019)は、広い展示空間に巨大でカラフルな5つのキューブが出現、それぞれに異なる映像が次々と映されるという本展のハイライト。映像は57章からなるアメリカの叙事詩というべきもので、子供向け番組、映画、美術史、ポップカルチャーのアイコンまで様々なイメージが援用されている。登場人物の多くは作家自身が演じており、ここでも作家は自らの身体を通して、イメージやキャラクターの核心に迫ろうとする。

そのうちのひとつ「ミスター・ロジャース」は日本では馴染みがないが、1968年から2001年まで続いたアメリカの公共放送における子供番組の登場人物。「いままで知らなかったことに誠実に向き合い、理解することの大切さ」を子供たちに向けて30年間伝え続けてきたというこのキャラクターは、まさにアメリカにおける娯楽と教育の象徴だ。

《ゴム製鉛筆の悪魔》(2019)より、作家扮するミスター・ロジャース

このようなミスター・ロジャースの教えから考えると皮肉なことだが、本作はトランプ大統領が誕生し、アメリカに混乱が訪れた数年のなかで作られたという。暴力性と創造性が混淆するアメリカの姿。それはテレビをはじめとするメディアを通して世界に発信され、時に多くの人々を惹きつけ、その日常に介入していった。

たとえばディズニー・キャラクターやバッグス・バニー、セサミストリート、オズの魔法使いなど日本でも見慣れたキャラクターたちも、本作には次々と登場する。

《ゴム製鉛筆の悪魔》(2019)の部分

「皆さんがご存知のアイコンが多数含まれていると思います。でも皆さんがそれを知って、共有しているのはなぜなのか。メディアの力とはどういうものでしょうか。これは行き過ぎたことではないのか。人類の生活態度や考え方や文化は、自分たちが作ったもののように思っていても、じつは作られた、作らされた世界のなかで生きているのではないかという疑問が湧き立ちます」(黒澤)。 

自画像としてのミュージアム

会場風景より、《マウス・ミュージアム(ヴァン・ゴッホの耳)》(2022)

《マウス・ミュージアム(ヴァン・ゴッホの耳)》(2022)は、円形の展示室に設られた、もうひとつの美術館。本作はオルデンバーグが自身の芸術作品を陳列するために制作し、1972年のドクメンタ5で発表したマウス・ミュージアムが着想源だ。マウス・ミュージアムは名前の通りミッキーマウスをモチーフにしたかたちをしていたが、アレックス・ダ・コルテはそこにゴッホへのオマージュを加え、左耳を切り取ったかたちとして《マウス・ミュージアム(ヴァン・ゴッホの耳)》(2022)を制作した。

内部に入ると、作家が小さい頃から集めていたプラスチックなどの小物、映像作品に登場したグッズなどが並んでいる。

「家の中身と、私の頭のなか、映像に登場するもの。私について知ってもらい、ご覧いただく作品です」とアレックス・ダ・コルテが語る通り、作家自身の立体的な自画像のような作品だ。

会場風景より、《マウス・ミュージアム(ヴァン・ゴッホの耳)》(2022)の内部
会場風景より、《マウス・ミュージアム(ヴァン・ゴッホの耳)》(2022)の内部

このほかにも、ランボーの散文詩からエミネムまで、多様な創作物やアイコンからインスピレーションを受け、サンプリング、編集、応答した作品が並ぶ本展。現代におけるイメージの力について、それがもたらす喜びや暴力まで含め、様々に考えを巡らせることができる展覧会になっている。

会場風景より、《開かれた窓》(2018)。セイント・ヴィンセントとして知られるミュージシャンのアニー・クラークが主人公を演じる。ヤングアダルト向けのホラー小説の表紙が着想源
会場風景より、《チェルシーホテル No.2》(2010)。日常品を使って1日で制作されたという本作は、エロティックなイメージが次々と現れる
会場風景より。円形ギャラリーの外側にも小さな作品があるので見逃さないでほしい。冒頭の円環イメージは、展覧会を締め括るここでも登場
インパクト大なシャツ、チャームを組み合わせられるキーホルダーなどグッズもかわいい

福島夏子(編集部)

福島夏子(編集部)

「Tokyo Art Beat」編集。音楽誌や『美術手帖』編集部を経て、2021年10月より現職。