公開日:2024年2月1日

「アートサイト名古屋城2023 想像の復元」レビュー。復元中の名古屋城を舞台に現代アートが生み出す異化効果(評:飯田志保子)

玉山拓郎 + GROUP、寺内曜子、丸山のどか、山城大督が参加。

会場風景より、玉山拓郎+GROUP《Locus》(2023) 本丸御殿エリア 撮影:ToLoLo studio

文化財保存と観光拠点の形成という課題

「アートサイト名古屋城2023 想像の復元」は、2023年11月29日〜12月10日、名古屋城秋の特別公開の機に名古屋市が主催したアートプロジェクト。2018年に復元が完成した本丸御殿の夜間特別公開、回遊式大名庭園として知られる名勝二之丸庭園のライトアップされた景観、明治初期に陸軍の弾薬庫として建設されたレンガ造りの乃木倉庫の特別公開といった、普段は見ることができない史跡・文化財も含め、現代アートとともに名古屋城に親しんでもらおうという市の趣旨だ。企画制作はTwelve Inc.、キュレーターに服部浩之、そして中部地域に縁の深い4組のアーティストを迎えて開催された。

平成31(2019)年4月の改正文化財保護法の施行以降、各自治体で文化財の保存のみならず活用による観光拠点の形成が求められるようになった。名古屋市においても、それに先立つ平成30年5月に「特別史跡名古屋城跡保存活用計画」が策定され、同計画第7章「活用の方法」において、名古屋城の価値や魅力に触れるきっかけづくりや観光集客を図るため、「多岐の分野にわたる企画・イベントの開催・検討」(*7-2-3 | p.195)を行うとしている。このように「活用」が期待されるなかで、服部は復元に伴うズレや矛盾、つまり復元の不完全さを肯定的にとらえた。世紀を超えて改修と破壊と復元が繰り返されてきた名古屋城の復元作業は、現在も進行中である。それは異なる時代の見知らぬ者同士が、残された資料を手がかりに、失われたものを想像力で補いながら後世にバトンを渡していく、壮大な時間の共同作業ともいえる。4組の参加アーティストは、400年を超える時と世界と人の営みが生み出してきた城内外の変化に思いを馳せながら、その場でしか成立しない一期一会の展示を行った。

各作品は、二之丸庭園、本丸御殿、御深井丸の茶席、西之丸と、城内全体を周遊する過程で自然に目に入るよう、ほぼ屋外に配置された(茶席を除く)。「名勝」は美しい景観と国に認定された美の極み。名勝の庭園を擁する豪華絢爛な名古屋城に現代アートの作品が入り込み、調和した景観を生み出すのは難しい挑戦であるように思われた。しかし蓋を開けて見れば、本展は調和路線よりむしろ、場に対する作品の介入で景観をオーバーライドしていた。考えてみれば名古屋城自体が庭園も含めて人為の造作物であるのだから、パラレルワールドのように別の人為的なレイヤーを創り出せば、景観に引けを取ることなく作品を現出させることが可能となる。服部は4組の作家によって、名古屋城をアートサイトに「ズレ」させるキュレーションを試みたのだろう。少し大げさにたとえるなら、ARやVRのアナログ版といえば良いだろうか。ディバイス無しでリアルな実空間が異化される体験は、とりわけ丸山のどか、そして玉山拓郎+GROUPの作品に顕著だった。

丸山のどか

会場風景より、丸山のどか《Labor to Blur》(2023) 二之丸庭園エリア 撮影:筆者

時代を超えて庭園に関わってきた人々の労働に着目した丸山は、二之丸庭園内の15ヶ所に、規格サイズの木材で作った造園作業や剪定の道具、茶器、台車、脚立、土嚢といった「そこにありそうだが実際には使えないもの」を、絶妙な位置と角度で設置。庭園のために設計された地形の高低を活用し、来場者の視点を作品へと巧みに誘導した。形の特徴を模しながらも細部の省略によって抽象化された各アイテムは、ややくすんだパステル調の色で塗られ、素材のチープ感と相まって、明らかに異物であることを主張していた。場に対する介入度合いとしてはささやかだが、《Labor to Blur》は庭園に携わる人々の労働、道具、敷地に対する丸山の優れた観察眼に裏打ちされ、作品が置かれた場を見事に異化していた。

会場風景より、丸山のどか《Labor to Blur》(2023) 二之丸庭園エリア 撮影:筆者

玉山拓郎+GROUP

会場風景より、玉山拓郎+GROUP《Locus》(2023) 本丸御殿エリア 撮影:ToLoLo studio

玉山は建築コレクティブGROUPとのコラボレーションで、鉄パイプとLED照明を用いた大型立体作品《Locus》を本丸御殿の西南隅櫓側の中庭に設置。モップとともにパイプに吊り下げられ、強烈な蛍光緑に発色する多数のLEDは、日が暮れるにつれ、御殿内の欄間の一部も緑に染めるほど存在感を増す。中庭の掃き掃除のイメージにはやや遠いが、場への介入というより占拠といった方が良いぐらい大胆な本作は、年月を経ても人々の記憶に残るような鮮烈さで場を変容していた。

会場風景より、玉山拓郎+GROUP《Locus》(2023) 本丸御殿エリア 撮影:筆者

寺内曜子

会場風景より、寺内曜子《一即多多即一》(2023) 茶席エリア 撮影:ToLoLo studio

寺内曜子は御深井丸エリアに複数ある茶席のうち二席で、1〜2名ずつ床の間に展示した作品と向き合う体験を提供した。《一即多多即一》と《パンゲア》はいずれも、部分と全体、そして世界の連関を哲学的に表現した作品。人はものごとの部分しか見えていないという認識から、ひと続きになった全体像を想像することの大切さを示唆する。ある地点から世界を想起させるダイナミックな飛躍が寺内の作品の傑出したところである。茶室はそれだけで様々な思索を呼び起こすのに十分な瞑想空間であり、《パンゲア》もまたそれ自体で小宇宙のような作品であるのだから、寺内の作品は美術館のような属性を取り払ったホワイトキューブで見る方が適しているように思った。その点で、参加者がひとりひとつずつ手に持った器の水面に月を映す「タゴトノツキ 誰毎の月」は、(一夜だけの実施で筆者は写真でしか見られなかったが)各自の立地点と月がダイレクトに接続し、寺内の本懐を遂げるイベントになったことと思われる。

会場風景より、寺内曜子《パンゲア》(2023) 茶席エリア 撮影:ToLoLo studio

山城大督

会場より、山城大督《SOUND OF AIR》(2023) 名古屋城 西之丸エリア 撮影:ToLoLo studio

山城大督は、視覚と共に嗅覚で体験する要素を作品に取り入れ、西之丸の正門近くにある樹齢600年を超えるとされるカヤの木の実の香りを凝縮したエッセンシャルオイルを精製した。カヤの木の生態調査を継続している名古屋城関係者の地道な活動に着想を得た《SOUND OF AIR》は、本展のなかではおそらく視覚的に最も控えめである。いっぽうで、嗅覚は脳の中で記憶を司る海馬にほぼ直接的に信号を送るため、香りや匂いは記憶に残りやすいという。山城が目指す他者との感覚的な体験の共有には、オイルの精製量と本プロジェクトの今後の展開次第だが、カヤの木の寿命が人間より長い以上、オイルがどこかに保存・拡散されることがあれば、もしかしたら本展のなかで最も長い時を超えた感覚の共有をもたらす可能性があるかもしれない。このようなことをメタレベルで想像させる作品でもあるだろう。

会場風景より、山城大督《SOUND OF AIR》(2023) 名古屋城 西之丸エリア 撮影:筆者

「観光」から見えてくるもの

実測図やガラス乾板写真などの記録が戦災を免れ多数現存していることで、名古屋城の再建された本丸御殿や現在の鉄骨鉄筋コンクリート造の天守閣の外観は精度の高い復元が実現したという。資料や文化財保存の重要性は言うまでもないが、前述したように、文化政策としてそれらの活用による観光拠点の形成が目指されるようになった近年、観光と文化の関係は、2017年の山本幸三・元地方創生相による「学芸員はがん」発言と謝罪の一件が悪しき例として想起されるように、緊張状態に陥ることもある。

名古屋城の天守閣も長らく木造による再建について議論を呼んでいる。観光の語源は中国の『易経』の「観察」に由来し、また国の威光を海外に示す意味が込められていたという説もある。城はまさに統治と権威の象徴であるがゆえ、観光は本質的に政治的要請から切り離せないものかもしれない。だが、観光の発想自体が悪いのではない。作品が観光に絡めとられず、消費されない枠組みを設けること、誰のためなのか、なぜアートである必要があるのかを問うことが肝要である。かつて権威が付与した美や価値を企画者とアーティストも観光(観察)することから始め、それとは明らかに異質なものとして作品を城内の要所要所に挿入することで異化効果を生み出す。こうして「アートサイト名古屋城2023」は、権威から名指されない別の価値の象徴として名古屋城と並存していた。

「アートサイト名古屋城2023 想像の復元」関連イベントの様子 寺内曜子「タゴトノツキ 誰毎の月」2023年11月29日 撮影:イベント参加者

*参照(最終閲覧日:2023年12月29日)https://www.city.nagoya.jp/kankobunkakoryu/page/0000105368.html; https://www.city.nagoya.jp/kankobunkakoryu/cmsfiles/contents/0000105/105368/keikaku.pdf


飯田志保子 

飯田志保子 

いいだ・しほこ キュレーター。名古屋を拠点に活動。東京オペラシティアートギャラリー、豪州ブリスベンのクイーンズランド州立美術館/現代美術館内研究機関の客員キュレーター、韓国でのフェローシップ・リサーチャーを経て、主にアジアや豪州各地域で共同企画を実践。「第15回アジアン・アート・ビエンナーレ・バングラデシュ2012」、「あいちトリエンナーレ2013」、「札幌国際芸術祭2014」のキュレーター」を歴任。2014年から2018年まで東京藝術大学准教授。あいちトリエンナーレ2019及び国際芸術祭あいち2022のチーフ・キュレーター(学芸統括)を務める。現在、国際芸術祭あいち2025学芸統括。(ポートレイト撮影:ToLoLo studio)