最終更新:2021年11月24日

子供の学びとアート:現代美術館は、新しい「学び」の場となり得るか? 【シリーズ】〇〇とアート(1)

シリーズ「〇〇とアート」は、現代社会や日常生活とアートとの双方向的な関わり合いを考えるリレー連載。 
第1回は「子供の学び」をテーマに、森美術館アソシエイト・ラーニング・キュレーターの白木栄世が、コロナ禍以降、現在進行形で模索されている、これからの学びについて論じます。

まちと美術館のプログラム「アート・キャンプ for under 22 Vol. 7 ヒューマン・ビギン:アシタナニスル?」(森美術館、2021) 撮影:田山達之

コロナ禍の美術館で

森美術館では、展示室内での対話をとおしての鑑賞プログラムを休止してから1年以上が経った。53階の展示室内から対話の声は消え、鑑賞者とのつながりはオンラインの世界へとその場を変えた。ボタンを押すと、簡単につながるオンライン会議ツールをつかった対話は、相手との物理的な「距離」を想像し、画面向こうを「想像する」力を蓄えた時間でもあった。

新型コロナウイルス感染症対策を行いながら、様々な工夫を凝らし対面でのプログラムを実施している美術館・博物館もある。自館のことを考えるだけでは未曾有のパンデミックに太刀打ちできないとの考えから、美術館同士のつながりも強まったのはこのコロナ禍での大きな糧である。全国美術館会議の教育普及部会や普及担当者同士のプライベートでのオンライン交流の場が増え、その意見交換で精神的にも幾度となく助けられた。

これまで以上に美術館スタッフ同士の情報共有をうながし、新たな観客層にも出会うことができたことは、この1年余りで大きな財産である。では、鑑賞者にとって美術館との関係はどのように変わったのだろうか。とくにこのコロナ禍での子供たちを対象にしたプログラムに焦点をあててみよう。

森美術館×東京大学大学院教育学研究科岡田猛研究室 触発と創造のための芸術鑑賞ワークショップ・シリーズより、 ワークショップ「猫になって猫オリンピックの開会式に行こう」(「六本木クロッシング2019展:つないでみる」森美術館、2019) 撮影:鰐部春雄

学校でもなく家庭でもない第3の場所

森美術館は、2003年に森ビル株式会社が設立した民間企業立の美術館である。東京の六本木ヒルズの中心に位置する高層ビルの53階にあり、周辺には、商業施設や住宅棟、レストラン、テレビ局、ラジオ局、映画館、教育施設など様々な施設が存在する。それらの複合施設のひとつとして、「アート・アンド・ライフ」のミッションを開館当初から掲げ、東京の新しい文化的ハブになることを目的として活動を行ってきた。現代アートの鑑賞をとおして、五感を刺激する実体験を提供し、それぞれの作品の背景にあるストーリーや文脈を想像し、私たちの社会の理解を深めることをラーニング・プログラムの活動の目的としている。

コロナ禍以前、年間100以上のラーニング・プログラムを実施し、約5000人を超える参加者があった。そのうち、展示室内でのプログラムに参加した0歳から18歳までの子供たちは1500人強である。それが、2020年の緊急事態宣言にともなう5ヶ月間の休館から、これまでとはまったく異なる方法でのプログラムづくりを余儀なくされた。美術館展示室の中で直接対面できないのである。オンラインで「体験」と「ストーリーの想像」を如何に共有できるか。参加者の反応を受けて試行錯誤しながらのプログラム開催をつづけている状況だ。

また、森美術館の長年の問いである「学校でもなく家庭でもない第3の場所として、現代美術館が新しい『学び』の場となり得るのか」を自分たちの活動に問いながらの展開となった。

森美術館×東京大学大学院教育学研究科岡田猛研究室 触発と創造のための芸術鑑賞ワークショップ・シリーズより、 ワークショップ「猫になって猫オリンピックの開会式に行こう」(「六本木クロッシング2019展:つないでみる」森美術館、2019) 撮影:鰐部春雄

奇しくも、経済協力開発機構(OECD)がコロナ禍以前の2018年に実施した「生徒の学習到達度調査(PISA)の調査結果」(参加国が共同開発し、15 歳児を対象とする学習到達度調査)では、日本は学校での学習授業におけるデジタル機器の利用時間が短く、OECD加盟国のなかでもかなり低い数字が示され、インターネットの使用率は高いものの、デスクトップ・コンピューター、ノートパソコン、タブレットの使用率もかなり低い数字だ。また、アンケートでの、「親や教師を尊敬するか?」の割合が圧倒的に低いこともここ数年話題にあがってきた。学校から渡されるタブレットによって低年齢の子供たちのインターネットとのかかわり方も変わり、その変化のなかで痛ましい事件も報道されたばかりだ。

そのような環境にいる子供たちにとって、オンラインツールをつかっての「学ぶ場」はどのように育まれているのだろうか。美術館は「第3の学びの場」として成り得るだろうか。

「Meet the Artists」山本高之「アート・ラーニングふれあいラボ:なまはげと生きる2」(森美術館、2021) 撮影:田山達之

森美術館では、「Mori Art Museum DIGITAL」(*1)の活動のもと、2020年夏よりアーティストの山本高之とともに、公募であつまった小山友也、酒井雅代、野口竜平、うらあやかとオンライン・ワークショップ「Meet the Artists」を企画・実施している。

対象となる6歳から14歳までの子供たちは、時に、秋田県男鹿の「なまはげ」を想像し現地の同世代の子供たちを想って対策グッズを制作したり、モーリス・ラヴェルの曲《水の戯れ》から想像する動きを言葉ではなく身体で表現したり、またある時は、顔の表情だけで感情を伝える方法を探ったり、アーティストと画面越しに対話しながらプログラムを体験した。

アートについて考えたことをきっかけに、他者を想い、自分たちがいる世界のことを想像する機会を提供してきた。関東圏以外の地域からの参加申し込みも多くあり、とくに印象的だったのは参加者の子供たちが自分の普段の言葉(方言)を使って対話に参加してくれたことである。子供たちの日常に美術館がお邪魔する、そんな感触をアーティストとともにプログラムで実感している。

地域と密着した美術館・博物館の意義の高まり

オンライン・プログラムの開催は、これまで、修学旅行の受け入れや、出張先でしか出会えなかった遠方の地域の子供たちと対話する機会を大きく増加させた。『ミュージアム国富論』(日本地域社会研究所、2000)でも知られるウェールズ国立博物館館長のデイビッド・アンダーソンは、将来的に博物館が構成されるべき要素を次のように語る。

「①これまで同様の、博物館の建物の中での存在意義。②コロナ禍のこの1年で、私たちが開発した多くの革新的な方法での想像的なデジタル技術を利用した中での存在意義、そして③(自宅から遠く離れた博物館やオンライン・ミュージアムにアクセスすることが、病気やけがのほか、社会・経済的な理由で難しいと感じる人のため)身近なコミュニティに物理的に存在する地域の博物館が持つ存在意義、の三つです」(*2)。

とくに、「地域の博物館が持つ存在意義」は、人が密集する都心部への移動が容易にできなくなり、観光・旅行を目的とした移動の機会が激減した状況において、それぞれの地域での地元に密着した美術館・博物館存在意義が増していることを示している。

まちと美術館のプログラム「アート・キャンプ for under 22 Vol. 6 IN/BETWEEN:美術館をつなぐ」第3回「アーティストと一緒に小国町の地域の人たちと出会う」(森美術館、2021) 撮影:田山達之

2021年夏、人口約7000人の熊本県小国町にある坂本善三美術館と連携し、まちと美術館のプログラム「アート・キャンプ for under 22 Vol. 6 IN/BETWEEN:美術館をつなぐ」(主催:森美術館、森ビル株式会社、坂本善三美術館)(*3)を開催した。熊本地震、令和2年豪雨とコロナ禍前の自然災害でも長期休館することなく地元コミュニティに寄り添いコレクションをつかった展覧会やプログラムをおこなってきた美術館だ。筆者の故郷が熊本だという理由もあり、プライベートな人脈からつながった学芸員の山下弘子とコロナ禍での取り組みについて1年以上情報交換をつづけた。

双方の美術館のミッションの確認以外にも、どのような状況下でもアートと人をつなぐプログラムを企画できると、同じ美術館人として確認し合うことができる時間だった。その結果、実現したのが、2021年6月から9月にかけて3ヶ月間にわたり全5回(同窓会を含む)、13歳から22歳の参加者が集ったオンライン・プログラムである。森美術館で募集した参加者は、0歳から美術館のプログラムに参加しているマレーシア在住のリピーターや海外の大学に通う一時帰国中の初参加の学生、学校の授業で鑑賞プログラムを体験したことがきっかけで参加した高校生など、その参加動機や背景も様々だ。

そんな彼らと坂本善三美術館が2021年4月に開始した「おぐに美術部」の中学生が交流した。参加者がいるその場所の天気について伝えるところから毎回の対話を始めた。双方の美術館のキュレーターや関係するアーティストをオンライン上に招聘し、「アートとは何か?」「美術館はどんな場所なのか?」「アーティストは何を表現しているのか?」などの問いをきっかけに対話を重ね、各プログラム終了後は参加者の時間がゆるすまで、アートについての質問や日常の戸惑いに耳を傾けた。すべての時間、主役は参加者たちだ。秋に迫った文化祭の企画運営の話や、今後の進路についての相談、好きな熊本弁のフレーズの質問など、その時々に上がる話題をプログラム開催と同じくらいの時間を費やして話した。

参加者ひとりひとりは同じ場所にいるのでなく、皆それぞれの環境で生活していることを想像し、自分の生きている世界がすべてではなく隣にいる他者を認識することの大切さを確認した。「アートは人と人をつなぐもので、まるで社会を映す鏡のようだ」と言葉にしてくれた参加者もいた。「地域の皆さんの存在と美術館との関係性は美術館にとって大事なコレクションです」と本プログラムを共にした山下は語る。美術館は鑑賞者が育む場でもある。

身体を使って考える

最後に、身体をつかったプログラムの可能性についてもふれておきたい。大正10年(1921年)西村伊作や与謝野晶子らが創立した文化学院には、カリキュラムとして「舞踊」が設置され、山田耕筰のピアノにあわせて即興で踊る授業があったという(*4)。

女性、男性の平等な教育を目指した学校で、自分らしさをダンスで表現する授業が行われていた。100年後の2021年夏、森美術館「アナザーエナジー展:挑戦しつづける力―世界の女性アーティスト16人」(*5)関連プログラム、まちと美術館のプログラム「アート・キャンプ for under 22 Vol. 7 ヒューマン・ビギン:アシタナニスル?」(*6)(主催:株式会社precog、森美術館、森ビル株式会社)は、振付家・ダンサーの辻󠄀本知彦と菅原小春と15歳から22歳の参加者9名が自分らしさをダンスで表現した。

まちと美術館のプログラム「アート・キャンプ for under 22 Vol. 7 ヒューマン・ビギン:アシタナニスル?」(森美術館、2021) 撮影:田山達之

自分らしく生きること=「性」にまつわる価値観について身体を使って考えた。当初予定していた沢山の観客を前にダンスを披露することはできなかったが、ダンスする身体を映像記録として表現することを試みた(*7)。コロナ禍が収束しても元通りの世界には戻らない。身体をつかってのプログラム企画は今後もしばらくは様々な対策と工夫が必要になるだろう。しかし、そうした社会状況を前提に、美術館の存在意義について議論を深め、可能性を広げていくことは、美術館人としての責任でもある。「第3の学びの場」への挑戦はつづく。

*1──森美術館「Mori Art Museum DIGITAL」「ラーニングONLINE」https://www.mori.art.museum/jp/mamdigital/index.html
*2──小川義和・五月女賢司編著「“現在”が“将来”について私たち博物館に教えてくれること」『発信する博物館 持続可能な社会に向けて』p.84(ジダイ社、2021)
*3──プログラム詳細:https://www.mori.art.museum/jp/learning/4690/
*4──平子恭子『与謝野晶子の教育思想研究』(桜楓社、1990)
*5──森美術館「アナザーエナジー展:挑戦しつづける力―世界の女性アーティスト16人」www.mori.art.museum 会期:2021年4月22日~ 22年1月16日
*6──プログラム詳細:https://www.mori.art.museum/jp/learning/4768/
*7──株式会社プリコグ主催「THEATRE for ALL」https://www.mplus.org.hk/en/magazine/a-behind-the-scenes-look-at-the-m-rover/と森美術館「Mori Art Museum DIGITAL」の両方のサイトで視聴することができる。THEATRE for ALLでは、英語字幕付、日本語字幕付、手話通訳付の映像も視聴可能。


【もっと知りたい人へ: おすすめの本】
・ヨシタケシンスケ(作)、伊藤亜紗(相談)『みえるとかみえないとか』、アリス館、2018[絵本]
・平野啓一郎『「カッコいい」とは何か』、講談社、2019[評論]
・ジョン・デューイ『経験としての芸術』、栗田修訳、晃洋書房、2010[評論]

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白木栄世

白木栄世

しらき・えいせ 森美術館アソシエイト・ラーニング・キュレーター。熊本県熊本市生まれ。2006年武蔵野美術大学大学院修了。2003年より森美術館パブリックプログラム・アシスタントとして勤務。2017年より現職。森美術館の展覧会に関連するシンポジウム、ワークショップ、アクセスプログラム、学校プログラムなど、ラーニング・プログラムの企画・運営を行う。 ポートレイト撮影:御厨慎一郎

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