公開日:2022年3月24日

ファッションの歴史から問う「男らしさ」の常識とは? 「Fashioning Masculinities: The Art of Menswear」展レポート

男性のファッションをテーマにした展覧会が、ロンドンのヴィクトリア・アンド・アルバート博物館で2022年3月19日〜11月6日開催。「男らしさ」の常識やジェンダー規範を問い直す。

会場風景より Photo: © Victoria and Albert Museum, London.

イギリス・ロンドンのヴィクトリア・アンド・アルバート博物館(通称V&A)で、同館初となる男性ファッションをテーマにした大規模展「Fashioning Masculinities: The Art of Menswear」が始まった。会期は2022年3月19日から11月6日まで。グッチのパートナーシップとアメリカンエクスプレスのサポートにより開催。本記事では、会場の様子を写真とともに紹介する。

会場風景より Photo: © Victoria and Albert Museum, London.

(不自然なほど)逞しくあれ?「男らしさ」への憧れと呪い

「Fashioning Masculinities: The Art of Menswear」では、ファッションを通してどのように「男らしさ」が形づくられてきたのかが様々な視点から問い直される。会場は「Undressed」「Overdressed」「Redressed」という3つのセクションによって構成されていた。

始めに見えてくるのは、「Undressed」と銘打たれたセクション。ここでは、男性用下着と身体そのものの関係性を通じ、ヨーロッパにおいて古典的な男性像がどのように構築されてきたのかが探られる。

展示風景より Photo: Yuki Saiki

会場に入ると、ギリシャ神話のヘルメスやベルヴェデーレのアポロンといった西洋の伝統的な彫刻作品が目に入る。18世紀のイギリスでは、裕福な青年たちの間で、大規模なイタリア旅行(グランドツアー)が大流行した。ギリシャやローマの古代彫刻の身体は、彼らのあいだで瞬く間に憧れの的となる。筋肉がつき、逞しく若い肉体をめざす傾向は、現代のジム・カルチャーにも通じるものがあるといえる。

展示風景より Photo: © Victoria and Albert Museum, London.

しかし、このセクションが訴えるのは、伝統的な「男らしさ」への礼賛ではない。たとえば、アンソニー・パトリック・マニエリによるビデオ作品には、多種多様な体形の裸の男性が代わる代わる登場する。私たちはこのビデオを通じて、男性のボディ・ポジティビティ(画一的な美の規範にとらわれず、自分の体を愛すという姿勢)が声を大にしては語られてこなかった事実を認識するだろう。

アンソニー・パトリック・マニエリ Nude 1, London, England, April 2016 © Anthony Patrick Manieri

会場風景より。男性の身体は、女性とはまた違うかたちで性的に消費されてきた。写真奥にちらりと見える葉は、19世紀に特注された「彫刻用の下着」。V&Aを初めて訪れたヴィクトリア女王がダビデ像のヌードに衝撃を受け、その股間を隠すために急ごしらえされたという Photo: Yuki Saiki

あるいは、アジャム(Ajamu)の写真作品は、黒人男性のゲイコミュニティに横たわるステレオタイプな男性像の存在を強調する。また、マシュー・ボーンが手がけたバレエ作品からは、男性の身体と女性の身体の非対称性が浮き彫りになるだろう。

かつてのイギリス上流階級がギリシャ神話のキャラクターに夢見た「男らしさ」は、時代とともに解体され、いまやその理想こそが神話的なものにすぎなくなっているのだ。

展示風景より Photo: Yuki Saiki
展示風景より Photo: Yuki Saiki

ピンクは「女性のための色」か? ジェンダー規範を問い直す

次に見えてくる部屋のテーマは「Overdressed」。ここで紹介されるのは、裕福な上流階級のファッションが中心だ。ファッションという言葉からは、ハイヒールやドレスで着飾る女性の姿が想起されるかもしれないが、実際に歴史を辿ってみると、貴族男性たちは女性たちと比べ物にならないほどゴージャスな衣服を身に着けていたことがわかる。

会場風景より Photo: Yuki Saiki

私たちが信じてやまない奇妙なステレオタイプのひとつに「ピンクは女の色」という思い込みがある。しかし、18世紀のヨーロッパにおいてピンクは高貴な白人男性だけが着用できる色だった。サーモンピンクやフューシャピンクの鮮やかな色を再現するための色素は、南インドから輸入された高級品だったからだ。イギリスを代表する画家であるジョシュア・レノルズの作品に描かれたチャールズ・クート卿も、ピンクのマントを着用している。

会場風景より、ジョシュア・レノルズ《チャールズ・クート卿の肖像》(1773-1774)  Photo: Yuki Saiki

リボンやレースといった素材が「女性らしい」と認識されるようになったのも、じつはつい最近の話である。上流階級の男性たちは競うように自身の衣装にリボンを施し、繊細なレースは宝石ほどの価値があったという。現代の私たちが「女性らしい」象徴としてとらえているモチーフは、歴史を振り返ると男性のためのものだったのだ。

会場風景より。ガーリーな洋服の象徴のように扱われるリボンやレースも、かつては上流階級の男性が特権的に纏うものだった Photo: Yuki Saiki

会場風景より。順にハリス・リード、トム・ブラウン、プロナウンスによるルック。現代のデザイナーたちも、「ピンク」のステレオタイプに挑戦し続けている Photo: © Victoria and Albert Museum, London.
ハリス リード Fluid Romanticism 001 Courtesy of Harris Reed Photo: Giovanni Corabi

なお、先に紹介したレノルズの絵画の真裏に飾られているのは、インカ・ショニバレ CBEの作品。《ヴィクトリアン・ダンディの日記:17時》と題されたこの作品は、ウィリアム・ホガースの作品の構図を借りながらも、ナイジェリア系であるショニバレ自身が真っ赤な外套を纏い、画面の中央に登場している。貴族的な空間に「イギリス人らしく」装った黒人男性の姿があることに、違和感を覚えるだろうか?―もしそうであれば、無意識に刷り込まれた人種へのステレオタイプをあぶり出そうとしたショニバレの企みは大成功だ。

会場風景より、インカ・ショニバレ CBE《ヴィクトリアン・ダンディの日記:17時》(1998/2012)。イギリスの貴族社会にアフリカ系が登場する大ヒットドラマ「ブリジャートン」(2019)をすでに予感していたかのようだ Photo: Yuki Saiki
会場風景より。ピンクのほかにも、黄・赤・群青・緑・橙など、多種多様な衣装とそのカラーの歴史が紹介された Photo: © Victoria and Albert Museum, London.
会場風景より Photo: © Victoria and Albert Museum, London.

いっぽうで、長きにわたって誤解されてきたモチーフとして「花柄」も紹介された。ピンクやリボンとは打って変わって、花柄のモチーフは19世紀のヨーロッパ社会でつねに女々しいものとして扱われた。たとえば、スミレはレズビアニズムを、キンポウゲ、デイジー、パンジーといった花はゲイ男性を意味すると考えられてきた。当時の人々にとって、花柄を身に着けることには勇気が必要だっただろう。そんななか、イギリスの詩人オスカー・ワイルドは、同性愛を禁じる法が敷かれるなかでも、自身のセクシュアリティを表現するために緑のカーネーションを纏ったとされる。花柄は、クィアな身体をネガティブに有徴化することもあったが、同時に当事者たちの連帯、個々のアイデンティティの象徴となることもあるモチーフなのだ。

会場風景より。クィアな身体の象徴として機能してきた花柄の衣服が展示される Photo: © Victoria and Albert Museum, London.
会場風景より Photo: © Victoria and Albert Museum, London.

黒いスーツは男の勲章? 21世紀の男性ファッションが向かう未来とは

最後のセクション「Redressed」では、イギリスの伝統的なテーラリングからストリートファッションまで、さらに幅広い男性ファッションの歴史が振り返られる。

18世紀末のフランス革命後、豪華なテキスタイルが男性の衣装に使われることは減っていき、人々は急速に実用的な衣服を着用しはじめる。暖かく長持ちするウール、とりわけツイードなど、これまでとは異なる素材が好まれるようになっていったのもこの時代だ。ここで人気を博したのが、現在でも多くの男性が着用しているスーツスタイルである。特にイギリスでは、産業革命後はますますその傾向が強まり、どんな人でも手軽に入手できる大量生産のスーツが男性ファッションの中核を担った。シンプルなカッティングで身体をかたどること、黒などダークトーンに統一された装いこそが、新たな時代の男性のステータスとなったのだ。

会場風景より Photo: © Victoria and Albert Museum, London.
会場風景より。これまでカラフルだった展示ケースの中身が、このセクションからダークトーン中心に切り替わる Photo: © Victoria and Albert Museum, London.

展覧会のラストスパートでは、スーツの常識を打ち破るようなデザインに挑戦したデザイナーたちが紹介される。同じ色、同じかたちで統一されがちだったスーツスタイルは、ある意味その「男らしさ」のステレオタイプを換骨奪胎するにはぴったりの装置でもあった。たとえば、第二次世界大戦後イギリスのテディ・ボーイズは、伝統的な「エドワーディアン・テーラリング(エドワード7世風の仕立て)」を大胆にアレンジし、ロンドン下町風のストリートファッションで街を闊歩した。

会場風景より。戦後イギリスのサブカルチャーを象徴するようなストリートファッション Photo: © Victoria and Albert Museum, London.

21世紀に入ると、男性ファッションはますます自由になる。川久保玲率いるコムデギャルソン・オム・プリュスは、ヴァージニア・ウルフ原作の『オーランドー』にインスピレーションを受けたルックを発表した。主人公が300年以上の時代を超えて生き、男性から女性に転換するという物語は、直接的にジェンダーを扱った小説として稀有な存在だ。川久保の手にかかれば、テーラリングは、規範を覆し、誰もが「少年のように(Comme des Garçons)」装うことを可能にする戦略的なツールへと変貌するのだ。このようなデザイナーたちの発想は、いつの間にか私たちを支配していた「異性愛者の男性はファッションに興味がない」という思い込みに揺さぶりをかけるだろう。

また、コロンビア人のデザイナー、ハイダー・アッカーマンが手がけたアンサンブルは、2021年に話題を呼んだ映画「DUNE」のプレミアでティモシー・シャラメが着用したもの。このスーツの展示は、ロンドナーたちにとってもサプライズ! 展覧会の開幕まで公表されていなかったシークレットコンテンツだった。

会場風景より。ハイダー・アッカーマン、川久保玲、リック・オーウェンス、J.W.アンダーソンらによるルックが集う Photo: © Victoria and Albert Museum, London.

最後に用意された部屋は、壁面が総鏡張りの不思議な空間。クエンティン・ジョーンズによって監督された映像作品が投影されている。映像の中のダンサーたちは、ヴォーグやワックといったクィアコミュニティにルーツを持つパフォーマンスで鑑賞者を魅了した。

展示風景より Photo: © Victoria and Albert Museum, London.

ラストを飾るルックは、現代の男性ファッションを象徴する3着。ビリー・ポーターが2019年のアカデミー賞で着用したクリスチャン・シリアーノのタキシードガウン、2020年にVOGUE誌の表紙でハリー・スタイルズが着用したアレサンドロ・ミケーレのドレスタキシード、2020年にルポールのドラァグレースのイギリス決勝でビミニ・ボン・ブーラッシュが着用したエラ・リンチとミスティクチュールのウェディングドレスだ

ハリー・スタイルズのドレス姿が「男らしくない」と批判されたことは記憶に新しいだろう (*1)。スタイルズ自身は、「洋服は楽しむためにある」と公言し、公の場で男性/女性の境界を取り払った服装を積極的に選択している。また、ビリー・ポーターは、自身がジェンダーレスファッションの先駆者であると述べ、ジェンダー規範の転覆をたんなるトレンドでは終わらせないという強い意志を示した(*2)。

展示準備風景より。ハリー・スタイルズが着用したアレサンドロ・ミケーレのタキシード Photo: © Victoria and Albert Museum, London.

この展覧会は、ウエディングドレスによって幕を閉じる。キャプションに添えられたビミニ・ボン・ブーラッシュ自身の言葉が、このドレスをもっとも良く形容しているだろう──「女性らしさを纏うことを恐れないで、あなたが彼(he)であろうと、彼女(she)であろうと、あなた(them)であろうと」。

会場風景より。ラグジュアリーブランドのファッションショーが慣習的にそうしてきたように、この展覧会もまたウエディングドレスがラストを飾る Photo: Yuki Saiki

男たるもの、逞しく鍛えてなきゃ。ピンクは女の子の色でしょ。スーツさえ着てれば、おしゃれなんてどうでもいいよ。男のくせにスカートを履くなんて……。

「Fashioning Masculinities: The Art of Menswear」を通じて、私たちはこれまで信じてきた男性ファッションの常識が、じつはごく限定的なものに過ぎなかったことに気付かされる。そこには長い歴史と葛藤があり、デザイナーたちは現在もなおファッションの規範と形式に挑戦し続けているのだ。この展覧会を通じて、我々は女性ファッションの傍流としてではない、男性のための装いを再考することとなるだろう。ラストに用意された鏡張りの空間には、あなた自身の装いも映り込む。この展覧会が提示するのは「男性ファッションとは〇〇である」という決まりきった答えではなく、「なぜその服を選ぶのか?」という新たな疑問だろう。デザイナーやモデルのみならず、鑑賞者たちもまた、この問いからは逃れられない。

*1──VOGUE誌の表紙を男性が単独で飾ったのは、スタイルズが史上初。Hamish Bowles, “Playtime With Harry Styles,” VOGUE, 13 Nov 2020, accessed 19 Mar 2021, https://www.vogue.com/article/harry-styles-cover-december-2020. しかし、この写真は保守派から大バッシングを受けた。右派の活動家であるキャンディス・オーウェンズは「これは明らかに攻撃的だ。男らしい男性を取り戻さねば」とツイートし、議論を巻き起こした。Candace Owens (@RealCandaceO), “(..)It is an outright attack. Bring back manly men,” Tweeted on 14 Nov 2020, https://twitter.com/RealCandaceO/status/1327691891303976961
*2──ビリー・ポーターが着用したクリスチャン・シリアーノの衣装は大きな話題を呼んだ。オープンリーゲイかつ黒人であるポーターは、自身のファッションをジェンダーや人種に関するインターセクショナルな会話の契機として重要視している。Christian Allaire, “Billy Porter on Why He Wore a Gown, Not a
Tuxedo, to the Oscars,” VOGUE, Feb 2019, accessed 19 March 2021,
https://www.vogue.com/article/billy-porter-oscars-red-carpet-gown-christian-siriano.

齋木優城

齋木優城

齋木優城 キュレーター/リサーチャー。東京藝術大学大学院美術研究科芸術学専攻修士課程修了後、 Goldsmiths, University of London MA in Contemporary Art Theory修了。現在はロンドンに拠点を移し、研究活動を続ける。