公開日:2025年8月1日

"日本近代彫刻史最大の謎"と呼ばれる作品も展示。彫刻家・橋本平八の個展が三重県立美術館で開幕。15年ぶりとなる回顧展

現代美術の世界でも注目を集める作家の彫刻約70点が勢揃い。巡回なしの三重のみでの開催。会期は10月13日まで。

橋本平八 石に就て 1928 個人蔵 撮影:編集部(諸岡なつき)

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夭逝の彫刻家。決定版の個展

三重県立美術館では、伊勢出身の彫刻家・橋本平八に焦点を当てた展覧会「没後90年 橋本平八展」が開幕した。会期は8月2日〜10月13日。担当学芸は髙曽由子。

会場風景
三重県立美術館学芸員 髙曽由子

橋本平八(1897〜1935)は、若くして日本美術院展に入選し、「木を持しては橋本君」と称されたほどの卓越した木彫技術を誇った彫刻家だった。しかし、病により38歳という若さで夭逝し、生涯に残された作品は決して多くない。作品数の少なさゆえ、これまで同館では橋本ともうひとりの作家を紹介する二人展などを通じて橋本の調査を続けてきたが、代表作が一堂に会す大規模な個展はこれが初となる。橋本平八を知るうえで、過去最大規模かつ決定版とも言える内容だ。

《成女身》と《少女立像》
橋本平八 少女立像下図(美の出発点) 1924 個人蔵

本展では彫刻約70点に加え、絵画や資料、構想画、下絵などを展示し、橋本の創作の全貌に迫る。なかでも注目すべきは、彫刻制作の過程や思想を垣間見ることのできる貴重なセクションだ。制作途中の彫刻や試みの痕跡からは、橋本が「技術や手法を磨くよりも、自身の内面を磨くことが良い作品を生み出す」と考え、その姿勢を重視していたことが伝わってくる。

少女をテーマにした作品《少女立像》では、顔のこわばりや開いた手の繊細な表現が際立つ。これは橋本が7日間の断食などで心身の極限に挑み、「特別な境地」に至ろうとした創作期の作品で、彼が精神の深みから作品の形を立ち上げていたことがうかがえる。《裸形少年像》は、橋本が20歳の冬に川で冷水浴を行うことで得られた経験が、この主題へと繋がっていると考えられている。

橋本平八 裸形少年像 1927 

橋本は伊勢の浅間山の麓にある雑貨商の家に生まれた。作家は芸術系の家庭出身が多かった当時において、芸術とは無縁の家庭から出たことも、彼の独自性を育む要因となったのかもしれない。20代には上京して彫刻家の佐藤朝山(ちょうざん)の元で修行、制作スキルを向上させた。

橋本が描いた母と父の像。母ゑいは当時としては珍しく英語や数字を学び、和歌を好むなど文学的な素養があった。手前にカップ&ソーサーが置かれており進取の気性を持った人物だということがわかる。

「近代彫刻史最大の謎」=《石に就て》

代表作のひとつ《石に就て》(1928)は、ひとつの木から台座に自然石が乗ったのような形状を彫り出した作品で、見る者の意表を突く不思議な存在感を放つ。制作されたねらいや理由がわからない、「近代彫刻史最大の謎」とも称されるこの作品は、自然そのものの意思に迫ろうとした橋本の探究心を象徴している。伊勢に戻った橋本は、山が崩れ、水が流れるといった自然のダイナミズムを神秘的な「大きな命」としてとらえ、それに呼応する彫刻を目指した。

橋本平八 石に就て
橋本平八《石に就て》のモデルとなった実物の石

命や自然の雄大な力を作品に

自然の美しさに対する純粋な驚きも橋本の創作原点だった。《花園に遊ぶ天女》では、10代の少女をアルカイックなスタイルで表現し、身体には刺青のように花の絵が描かれている。現存の姿は当初のかたちではなく、少女の背後にはもともと樹木が添えられていた。自然と神秘のあいだに立つ存在としての子供を、橋本は崇高な象徴とみなしていた。また、動物も重要なモチーフとし、とりわけ猫や猪に強い思い入れを示した。

橋本平八 花園に遊ぶ天女 1930 東京芸術大学大学美術館
子供は"自然"に近い、神秘的で崇高な存在だと橋本は考え、強い関心を向けていた。
橋本平八 眠り猫 1929 個人蔵

本展では、実弟で前衛詩人・北園克衛(橋本健吉)と橋本、家族との関わりも紹介されており、橋本の全体像に立体的に迫ることができる。さらに、作家についてより深く知るための関連プログラムには、研究者や彫刻家によるトークイベントのほか、小中学生を対象とした体験型のワークショップなども開催予定。詳細は公式ウェブサイトをチェックしてみてほしい。

会場風景
橋本の4人の子どものために居宅に掲げた札「まじめにやれよ」と、工房に残されていた道具の数々
橋本平八 兎 1927

命と自然の神秘、そしてある種の普遍性を生涯にわたって追い求めた橋本平八。その創造の軌跡をたどる本展は、時代を越えて私たちの心に問いかけてくる。

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