公開日:2011年5月25日

グザヴィエ・ヴェイヤン「Free Fall」展 インタビュー

観る者を空間に解き放つ

今年1月、表参道にオープンした新しいアートスペース「エスパス ルイ・ヴィトン東京」は、ルイ・ヴィトン 表参道のビル7階の、ガラスの壁に囲まれたキューブ型の空間だ。高くそびえる天井と、ガラスの向こうに街のパノラマが広がっている。目抜き通りの表参道とは反対側をのぞむ景色で、外の喧騒が嘘のような静けさがある。まるでここは都会の空中にぽっかり現れた異空間。日中は自然光がふりそそぐガラスの温室のようで、夜にはきれいな夜景が眼下に見渡せる。

このアートスペースのオープンを飾って、フランス人アーティスト、グザヴィエ・ヴェイヤンのエキシビジョンが開催されている。展示されているのは4つの作品で、ここ「エスパス ルイ・ヴィトン東京」の空間からインスピレーションを得て制作されたものである。来日したヴェイヤンのビデオインタビューと合わせて紹介しよう。



目に見えないものをビジュアル化する

ヴェイヤンはこのアートスペースについてこう語る。

「ここに最初に訪れたのは、2010年4月のことでしたが、そのとき受けた第一印象は、都会のど真ん中で空中に浮かんでいる場所ということでした。そして、すぐに連想したのは、<重力>や<無重力>のイメージでした。私は、アートには、見えない物事をヴィジュアル化する役割があると思っています。ですから、目には見えない重力や引力、力学のテーマに以前から関心があったのです」

© Keibun Miyamoto
「都会の現実」をテーマにしたインスタレーションや、2009年のヴェルサイユ宮殿での個展などで知られるヴェイヤンだが、彼がもともと抱いてきたという重力への関心を、このアートスペースの空間がさらに駆り立てたようだ。

彼は、重力を可視化することをテーマに、今回《Regulator》という作品を制作した。《Regulator》は、4つの作品のなかで最も大きく、唯一、動く作品となり、観る者の目を一番に引きつけるインパクトがある。あたりをつつむ静寂を打ち破らんばかりの物音を立てて動き出すのだ。
文字どおり「レギュレーター(=圧力調整装置)」と同じ原理でプロペラを回転させ、木材と樹脂でできたクモの足のような形の羽を大きく開かせていく。この稼動開始のタイミングは、プログラミングされたものであるのだが、観賞者にとっては、突然のタイミングでそれは起こる。だから驚きと、ちょっぴり失笑もわき起こる。



空間とつなぐ、ふたつの彫刻

《Stabile n°1》(写真左)の形状は、背景の街のビルにも似ている。
《Stabile n°1》(写真左)の形状は、背景の街のビルにも似ている。
Photo by Haruka Yoshida

© Keibun Miyamoto
《Tokyo Statue》は、ポップなグリーンの彫刻だ。それはアートスペースのコーナーの、最も外がよく見晴らせる位置に設置されている。高さは4メートルあり、いくつもの四角ブロックの集まりで構築された彫刻だ。

この作品は、どの角度から鑑賞しても、様々な表情をみせる。作品越しに街の表情の移りかわりも楽しませてくれ、さらには、鑑賞者がそこに(《Tokyo Statue》の面のひとつに)イスのように座ることもできる。座ると……今度は、作品と同じ場所から街を見晴らせる。このとき鑑賞者の身体は、展示空間と一体化したようになる。

このことは、もうひとつの彫刻《Stabile n°1》においてもいえる。《Stabile n°1》では、作品を観る者の身体のシルエットが、作品の縦のシルエット、街の建物のシルエットとリンクする。人−作品−街が、<垂直>という共通の方向性で三位一体となるのだ。



都会の現実をうつし出す


© Sebastian Mayer
《Free Fall》は、本展のタイトルにもなっている作品だ。少し離れたところから観ることで、そこにどんな瞬間が模されているかが見えてくる。それは、スカイダイビングに初挑戦したときのヴェイヤンを捉えた瞬間で、3枚の写真とピンとで構成されているのだが……。
“その瞬間のヴェイヤン”は、あくまでも作品から少し離れたところからでなければ見えてこない。ヴェイヤンはこのことについてこう話す。

「《Free Fall》は、鑑賞者と作品との間にほどよい距離が必要になってくる作品です。程よい距離というのは………たとえば、相手が恋人や、友人だった場合を想像してみてほしいのですが、お互いの距離が近すぎると、逆に相手のことが見えなくなったり、ケンカやすれちがいが起こったり、そんな経験はありませんか? どんな相手でも、ある程度の距離は必要。この作品が示すのは、そうしたわたしたちの経験上の、『相手との程よい距離』のことなのです」

人間同士においてなら、相手との「程よい距離」を見極めることはもっと難しい。それだけでなく、《Free Fall》は、誰かと距離を置くときに感じるさみしさや、孤独もただよわせているよう……
人間同士においてなら、相手との「程よい距離」を見極めることはもっと難しい。それだけでなく、《Free Fall》は、誰かと距離を置くときに感じるさみしさや、孤独もただよわせているよう……
Photo by Haruka Yoshida

© Sebastian Mayer

ヴェイヤンは、このアートスペースの床についても言及している。本来の床に、現在はその上にベニヤ板を敷きつめた状態だ。

「工事中でも準備中でもありませんよ。このスペースに足を踏み入れた瞬間に、足元にちょっとした違和感を覚えるかもしれませんが。でも、これも今回のエキシビジョンに欠かせない要素になっているんです。」

ベニヤの素材は展示作品を展示空間に結合させるツールとして、機能しているという。
彼の作品のポップさやユーモア、形状のシンプルさなどに、ベニヤ板の素朴であたたかく、自然体の雰囲気はとてもよく似合っている。

アートスペースにあるのは、こうした4つの作品と、ガラス越しに見える東京の風景、ベニヤの床と、自然光、そして、そこに座って少し休憩できる緑色のベンチ−—。
作品の説明文が書かれたプラカードなどは、ここには特に存在していない。

「訪れてくれる人に、やさしさと、ポエジーを感じてもらえたら」
ヴェイヤンは気さくな笑顔を浮かべる。

アートスペースでの時の流れは、とてもゆっくりしている。
言葉は何もいらなさそうだ。すべては言葉を超えたところで自然に起こることだ。難しく考える必要もない。
ヴェイヤンの4つの作品は、わたしたち鑑賞者をすっと引き寄せる。ここにしかない時空のなかに、いつの間にか解き放ってくれている。


ビデオ撮影・編集 吉田悠

Aie Shimoguchiya

Aie Shimoguchiya

東京都出身。ライター/文筆業。「スタイリッシュ・シネマ」を連載。 <a href="http://fashionjp.net/fashionclip/stylishcinema/">http://fashionjp.net/fashionclip/stylishcinema/</a>