公開日:2009年3月20日

「い草」の香りをデザインする:添島勲商店

Japan Brandとのコラボレーションによる、日本のクラフト&デザインについての連載第12弾。


「い草」の香りは、日本の住居の独特の匂いだと言ってもいい。日本の風土でしかつくり得ない良質の「い草」。日本の和室、畳文化は、いつもこの香りとともに歴史を重ねてきた。だから、あらゆるものが工業化された現代においても、「い草」の香りというものは日本人のDNAを刺激する。九州の地は、「い草」のメッカである。ここに丹念に「い草」製造を行う父の背を見て育った青年が、類い希な行動力と言葉の力で「い草」に新しい息吹を宿らせようと試行錯誤する人物がいる。その人とは、添島勲商店の石橋直樹氏。彼の言葉を通じて、「い草」の世界をのぞいてみよう。

「い草」は、アナログな織機で織られている。

正直に言えば、「い草の花ござ」というものにはピンと来ない若い人というのは多いと思うんです。

もしかしたら、「い草」という言葉自体、若い人たちは知らないのかもしれないですね。「い草」というのは、イグサ科の植物で畳表をつくるのに使われる素材です。畳の部屋に入ると、プーンと薫るのは、「い草」の香りですね。そして、その「い草」を使った模様入りのござが花ござです。

この辺り(福岡県大木町、大川市、柳川市など)は、昔から「い草」の産地なのでしょうか?

そうですね。「い草」は水田で栽培されるのですけど、父からは昔はここら一体はほとんど「い草」の田んぼだったと聞いています。8月から苗の準備をして、12月頃から田植えをし、4月頃に先刈りという「い草」の先端を刈る。ここらでは、そうした作業風景も日常の景色として当たり前に見られた。その頃は、「い草」の田んぼも2000ha以上はあったそうです。しかし、今では、それが100ha位にまで減ってしまっているという状況です。

「い草」の製造工場である「花茣蓙」の作業風景。添島勲商店と共同で「い草」の商品開発することも多い。石橋直樹氏の父、石橋勝義氏が経営をする。

スタッフはほとんどが女性。テキパキと立ち働く。

そうなってしまったのは住環境が変わったからなんでしょうか?

それも一因でしょうね。でも、もっとも大きな要因は、国内で流通している「い草」の約80%が中国産のものになってしまっているということです。国内では、ここの他に、熊本県の八代地方などが知られていますね。

でも、一生活者としては安くて悪くない品質のものであったなら、国産か中国産かというのは特に気にならないかもしれないですね。

ところが、品質が大分違うから問題なんですよ(笑)。品質と価格の差が生活者へ伝えられていて、きちんと判断されている場合は仕方ないのですが、安いからと言うだけで一般の方は選べる状態にありません。中国のものは気候や栽培技術の関係で耐久性に問題があります。その上、どんな農薬をどの程度使ってつくられているかも不明だから、健康面でも未知なんです。それに比べて、国産の「い草」の場合は、手間暇を掛けてつくっている分、質も高く、丈夫です。加えて、「い草」づくりには日本の気候が合っているようで、硬くて粘りのある「い草」ができるようですね。

近代的なデザインを織り交ぜながら、進化していく「い草」製品。目の細かさが際立つ。

ヴィヴィッドな赤い線が際立つデザインが施されている。

なるほど。最近は畳の部屋というのは大分減りましたけど、それでも畳の部屋や香りを愛する日本人は多いと思うので、もう少し「い草」というものに着目する必要があるかもしれないですね。

そうですね。その畳も、本来は畳表だけが「い草」なのではなく、畳床と呼ばれる畳の内部も稲藁であるべきものなのですが、90%以上の畳は発泡材を間に挟むタイプや木質ボードのものになってしまっています。1億円もする住宅でも、そこに入っている畳のほとんどは伝統的な畳とは異なるものなのです。

そうだったんですね。それは全く知りませんでした。てっきり畳=天然材でつくられるモノと信じ込んでいました。

建設業者が知らないことだってざらですからね(笑)。「い草」と稲藁でつくった畳というのは、ある意味扱いづらいんですよ。材料は入手しづらいし、製造方法が難しい、その上重いわけですから、業者としてはできるだけ取り扱いを避けたいのでしょう。デザイナーや設計の方が図面に「本畳」と書いてあると業者の中では「畳がついていれば良いと」勘違いされる方もいらっしゃるようです(笑)。設計される方と施工される方との考えの相違が生まれるわけです。マンションは別として、一般住宅には通気性がよく何十年も補修が出来、夏は涼しく冬は暖かい呼吸する天然素材の「い草」と稲藁床の畳をおすすめしたいものです。

同地区で栽培された「い草」は海綿構造の密度が濃く孔数が多いため、有害物質に対する吸着力が優れており、環境と健康に優しい素材である。

中に藁の束が詰められた畳は、健康性と環境性がより高い。今、市場で出回っている畳のほとんどは、建材ボードが挟まれている廉価版。

天然素材ということでは、JAPANブランドでも天然素材を使っていますね。JAPANブランドの「KUSAWAKE」プロジェクトはどんな風に話がはじまったのでしょう。

「い草」は、この地域で400年以上作り伝えられてきました。その中でも文様を織りなす「花ござ」は全国1位の生産量を誇っています。。それでも業界自体がどんどん縮小していく中で、このままではいけないと業者間には危機感のようなものが広まりつつあった。それで、製造や流通を担当する業者が4社集まって、この状況を打開していこうということになったわけです。また、デザイナーにも参加してもらって、試作をしていくという形を取りました。

なるほど。デザイナーさんも参加されているのですね。彼らとの協働は上手くいきましたか?

はい。基本的には、上手くいったのではないでしょうか。ウチの場合は、どんな人に使ってもらいたいかを先に考えて商品開発をしていく必要性というものを強く感じていましたから、その点は最初に強調して伝えていたのが良かったのかもしれません。

JAPANブランドのプロジェクトの中、建築家とのコラボレーションという形で開発された商品。

添島勲商店では、以前からデザイナーとのコラボレーションには積極的に取り組み、市場で受け入れられる商品の開発を行っている。

「い草」の花ござの流通というと、どんな販売店に卸しているのでしょうか?

全国の百貨店とか、通信販売、量販店、ホームセンター。またデザインに特化していて、付加価値のついているものは、インテリアショップなどです。だから今回のJAPANブランドのプロジェクトでは、売り先を一から探す必要がないように、既に私たちが日常業務を通じて蓄えた経験の上に、乗せていったというイメージです。つまり、既存の販売ルートをベースに商品開発をしていったということですね。

ところで、コラボレーションをするデザイナーさんはどうやって見つけてくるのですか?

いや、それが見つけてこないんです(笑)。プロのデザイナーの方にお願いするのには、片方だけ気が乗っていてもなかなか上手くいきません。相手方が「い草」というものの良さを主体的に分かってくれていて、自ら手を挙げてくれないと、「とりあえず作ってみました」というもので終わっていまい、商品として成立しないんです。

色が着けられ干される「い草」。何とも牧歌的な光景だ。

鮮やかな、色とりどりの「い草」。これが編まれることによって、花ござは綺麗な模様となる。

その辺り、若い感性だけで突っ走らない点が素晴らしいですね。

私は、元々、レストランや不動産関係の営業経験もあって、そういう意味からはしっかりしたビジネスとして、「い草」を盛り立てていきたいという想いがあります。

やはり、お父さまが「い草」の工場を営まれていることに影響を受けているのでしょうか?

父(父・石橋勝義氏は、花ござの製造工場、花茣蓙を経営)は本当にいいものだけをつくりたい、そういう想いだけで真面目に「い草」の工場をやってきた人です。そうした姿を幼い頃から見てきたので、多少なりとも影響された部分はあると思います。でも、実際には、「い草」の会社に勤めるつもりは全くなかったんです(笑)。父も特にそういう気持ちはなかったはずです。前の会社を辞めて、実家に戻っているときに、今の会社の社長がちょっと、ウチを手伝ってくれと言われて、軽い気持ちで入ったらいつの間にか、この道に両足を踏み入れていましたね。

やはり愛着があるのでしょうね。

それはありますね。これからに関しては、デザイナーさんとのコラボレーションなど、斬新な企画をやりつつも、より重要なのは、畳というものの良さ、「い草」の良さそのものを一般の人に理解してもらえるように務めていくことだと思っています。「い草」には、抗菌効果や空気清浄効果などもあって、8ヶ月で栽培された素材を生活の道具として何年も使える、本当に環境や健康に優しい。その意味からは今の時代に見事にマッチする商品だと思うんです。

添島勲商店
福岡県大川市中木室23-1

石橋直樹(息子、写真左)、石橋勝義(父、写真右)

同プロジェクトの各地参加者の生の声

野田良裕さん
大木町商工会JAPANブランド育成支援事業担当

最近は、国内、海外ともに「 和 」ブ-ムが高まりつつあり、和のインテリア、住空間は注目を集めています。筑後地区の特産品である「い草製品」は、中国産などの「い草」製品に比べると、格段に高品質のものです。特に、この近辺、筑後地区で栽培された「い草」は海綿構造の密度が濃く孔数が多い特性を持ちます。そのため、ホルムアルデヒドや窒素酸化物等、有害物質に対する吸着力が優れており、環境面・健康・安全面に優れた効果を発揮します。そういった意味からも、要求されるのは、消費者ニ-ズにマッチした製品づくりです。平成19年度のJAPANブランド支援事業で私たちが取り組んでいるのは、「花茣蓙」商品のブランド化です。これまでは、生産者、加工業者、流通業者が一丸となって、「強い商品、売れる商品」づくりに取り組んできました。現在も、目標を据え(平成20年は「国内販売実績づくり」に、平成21年にはフラッグブランドとしてのブランド確立」に)、地域の業者が手を取る形でブランド構築を行っています。参加者は、添島勲商店トーシンサンエイトイケヒココーポレーションの4社。加えて、九州大学大学院芸術工学研究院の協力も得ています。今後は、LOHAS的な嗜好を持つ、20代、30代の女性などに、今まだ知名度の低い「い草」の健康性能や環境に良い点を知ってもらい、「強い商品、売れる商品」を育んでいけたらと考えています。

Japan Brand

Japan Brand

Tokyo Art Beat・TABlogでは、「CasaBrutus(カーサブルータス)」とともに、JAPANブランドと恊働する公式メディアとして、各地のプロジェクトを紹介していきます。 日本各地の歴史や文化に育まれてきた素晴らしい素材や伝統的な技術を生かして、現代の生活や世界の市場で通用するブランドを確立しようとする取り組みです。中小企業庁、日本商工会議所、全国商工会連合会が中心に連携をとりながらも、地域の中小企業、職人、デザイナーなど数多くの専門家たちが同JAPANブランド(ジャパンブランド)プロジェクトに参加しています。