公開日:2022年11月18日

黒瀬陽平氏とカオスラらを相手取ったハラスメント訴訟の判決が下る。「不当判決」として原告側は控訴の意向

「カオス*ラウンジ」を運営する合同会社カオスラで勤務していた元スタッフが、当時同社代表だった黒瀬陽平氏やほかスタッフ2名から不当解雇やパワーハラスメントを受けたとし起こした訴訟の一審判決が出た。アート界の労働環境やジェンダー不平等の問題に注目が集まるきっかけともなった本件について、これまでの経緯とともにお伝えする。

原告の請求を棄却

現代アート集団「カオス*ラウンジ」を運営する合同会社カオスラに勤務していた安西彩乃氏が、同社と元代表の黒瀬陽平氏らから不当解雇やパワーハラスメントを受けたとして、慰謝料の支払いなどを求めた訴訟の一審判決で、東京地方裁判所は11月17日、原告の請求の大部分を棄却した。「会議(*)においてなされた退職勧奨が任意の退職を求めるものとして許容される限度を超えるものではない」と原告の訴えを退け、未払いだった賃金2万円の支払いのみ命じた。

Tokyo Art Beatの取材に対し、安西氏は「不当判決として控訴します」と語った。

判決は安西氏の支援団体「Be with Ayano Anzai」のウェブサイト上で公開されている

*──2020年6月5日に黒瀬氏、カオスラの社員ら2名、安西氏の4名で実施。安西氏の退職等について協議された。

アート界における「ジェンダー不均衡」や労働環境が問われる契機に

安西さんは2020年8月1日、「note」上で「黒瀬洋平と合同会社カオスラによるハラスメントについて」と題した告発文を発表。2019年5月にアルバイトスタッフとなったカオスラ代表(当時)の黒瀬氏の要求を受けて性的関係を余儀なくされ、ふたりの関係が黒瀬氏の妻に発覚したことからトラブルとなり、カオスラから退職を強要されたと経緯を綴った。

この「note」記事に先駆けて、7月24日にカオスラはプレスリリースを発表(現在は削除)。黒瀬氏によるアシスタントスタッフへのパワーハラスメント行為および社員・スタッフの加担を認める内容で、黒瀬氏は退社。同27日、カオスラの社員やスタッフは、退職強要に加担したと認める趣旨をTwitterに投稿したが、その後否定に転じた。カオスラは同年10月に「2020年7⽉24⽇のプレスリリースにおける調査報告とお知らせ」をウェブサイト上で発表し、「同⽒(注:安西氏)の側に、不法⾏為となりうる複数の問題⾏為を確認した」として、安西氏を相手取り、名誉毀損などで損害賠償を請求する訴訟を起こした。

それに対し、安西氏は2021年2月、黒瀬氏や社員らからパワーハラスメントを受け、組織的に退職を強要されるという不当解雇があったとして、未払い賃金の支払いや精神的苦痛に対する損害賠償を求めて提訴していた。11月17日の一審判決はこの訴訟に対するものだ。

安西氏は前述の「note」で、「同様の問題がもう二度と繰り返されてほしくないし、同種でなくても誰かが負担を背負ったり不当な思いをする環境がそのままあってほしくない」と綴っている。実名での告発は様々なリスクが付きまとうが、本件を自身だけの問題ではなく、アート界に存在する性差や雇用関係の不均衡の問題として、公の場に問いかけた。

実際、現代美術の批評やキュレーションにおいて非常に大きな影響力を持ち、気鋭の論者として注目されていた黒瀬氏が関わっていたこともあり、本件は日本のアート界に大きな衝撃を与えた。またこの告発は予想以上の反響を生み、アート界のみならずほかの分野に関わる人からも、同様の経験をしたというメッセージが安西氏のもとに届くようになったという。

その後もアート界や演劇界などにおけるハラスメントの告発が続き、この安西氏の告発と訴訟は、これまでほとんど等閑視されてきた、表現の世界における構造的な不平等やハラスメントの問題に人々の目を向けさせる、ひとつの大きな契機となったと言えるだろう。

たとえば、2020年11月には表現に携わる有志で設立された「表現の現場調査団」が発足。表現の現場におけるハラスメントの実態調査、ジェンダーバランス調査を行うなど、問題の調査・啓蒙を進めている。

支援者たちと、訴訟の一部始終を公開する活動を継続

こうした問題を人々と共有するにあたり、安西氏の訴訟と被害回復の支援を目的とする支援団体「Be with Ayano Anzai」の存在は大きい。安西氏の友人を中心とするチームで、2021年2月からウェブサイトを運営し、これまでの経緯や、訴状を含む訴訟の詳細な情報を掲載し、随時状況を更新している。

2022年9月には「【尋問傍聴レポート】カオス*ラウンジによるハラスメントの有無をめぐるそれぞれの証⾔から⽇本現代美術業界の問題を考える⑴」(筆者:高橋沙也葉[京都⼤学⼤学院博⼠後期課程、美術史研究])という詳細な尋問傍聴レポートも公開された。カオスラが原告となる訴訟と安西氏が原告となる訴訟の両方の訴訟書面を含む、詳しい経緯が公開されているので、ぜひ一読することをおすすめしたい。

福島夏子(編集部)

福島夏子(編集部)

「Tokyo Art Beat」編集。音楽誌や『美術手帖』編集部を経て、2021年10月より現職。