公開日:2025年10月6日

いま、アート界が熱い視線を注ぐ華道家・道念邦子。「花一輪、その背景には自然界がある」 孤潔のいけばな、約60年にわたる花仕事について聞く

金沢21世紀美術館の「すべてのものとダンスを踊って―共感のエコロジー」で初の美術館展示を行った道念邦子。長谷川祐子、妹島和世らアート・建築界のキーパーソンからもラブコールを受ける、金沢在住の華道家にインタビュー

道念邦子 撮影:編集部

道念邦子さんの作品を初めて知ったのは、金沢21世紀美術館「開館20周年記念 すべてのものとダンスを踊って―共感のエコロジー」(2024〜25)の内覧会だった。1本の竹を丸ごと使い、長さを切り揃えて複数のキューブを作った《孟宗竹 キューブ》(1988/2024)、そして会場のパネルで写真を見た《房咲水仙》(1989)。その美しく凜とした姿に、一目で強く惹かれた。

「開館20周年記念 すべてのものとダンスを踊って―共感のエコロジー」(金沢21世紀美術館)にて、道念邦子《孟宗竹 キューブ》(1988 / 2024) 撮影:湯浅啓

同時に、キュレーターの長谷川祐子さんから、作家は金沢で活動する80歳の華道家で、美術館で展示するのは今回が初めてだと聞き、驚いた。また同日、金沢市内の空き家を使ったグループ展「消えつつ 生まれつつ あるところ」展(キュレーション:中森あかね、清水冴)でも道念さんの作品を見る機会を得、会場で購入した作品集『花 道念邦子』(2024)を開くと、“いけばな”のイメージを超えるようないけばなの数々に、ますます魅了された。その作品は、清廉で、意表をつく驚きに満ちている。そして森をわけ行って歩き、花と向き合って命を交わし合った、自然界と道念さんとの深い交歓の軌跡だった。

アートの視点から見れば、野外でのワイルドないけばなは、1960年代末のアメリカを中心に発展したランドアート/アースワーク、とりわけささやかな行為や身体の痕跡を感じさせるリチャード・ロングやアナ・メンディエタらの作品を思い出させる。また当時、日本においても前衛いけばなと現代アートが接近し革新的な表現を切り開いていた。

道念邦子 世界遺産を撫でる「かみのみち」 1996 撮影:池端滋

道念さんは1968年頃から、東京や金沢など様々な場所で個展、流展、グループ展、団体展などで作品を発表しており、こうした同時代の動きとももちろん無関係ではない。しかし本人も語るように、金沢を拠点にしていたこともあって、前衛芸術とはやや距離があったし、華道界の流派も飛び出して独自のいけばなを実践してきた、まさに「孤潔」の人だ。自分のなかの尺度と感性を、何より大事に仕事を続けてきたのだろう。

道念邦子 天水 2001 撮影:作家

金沢21世紀美術館での展示を機に、その活動の場は少しずつ広がりを見せている。今年6月、建築家・妹島和世さんが監修したプラダ主催の「PRADA MODE 大阪」の一環として開催された瀬戸内海・犬島でのプライベートプレビューで、道念さんはいけばなのワークショップに抜擢。世界各地から集まった関係者やプレスと、特別な経験を共有した。また9月9日~10月13日には、妹島さんが館長を務める東京都庭園美術館の正門横スペースにて、特別展示「ランドスケープをつくる お庭を逍遥する」を開催。これまで様々な実績を重ねてきた華道家だが、その存在と仕事に、いまやっとアート界が、そして多くの人々が出会いつつある——。

そんないま、これまでの歩みと作品、自身のいけばなとアートの違いなどについて、話を聞いた。

「PRADA MODE大阪」、犬島でのワークショップの様子(2025)

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空気が気持ちのいいところで花をいけたい

——昨年、 金沢21世紀美術館「開館20周年記念 すべてのものとダンスを踊って―共感のエコロジー」で道念さんの作品を初めて拝見しました。《孟宗竹 キューブ》(2024)、そして写真で紹介されていた《房咲水仙》(1989)も本当に素敵でした。

道念邦子 房咲水仙 1989 撮影:池端滋

《房咲水仙》(1989)の水仙は、越前(福井県)の海岸沿いの崖地に自生していた水仙なんです。冬場の潮風に当たるせいか、とっても強いんです。茎を切るとトロトロと粘液が出てくるぐらい強い花なので、水なしの状態でも、こうやって長時間扱うことができました。越前で切っていただいたものを能登(石川県)の柴垣海岸へと運んでいけました。そこは私が幼い頃、両親と一緒に海水浴に行った遠浅の海岸です。本当に水も綺麗で、岩も綺麗。この空は北陸の空ですね。写真を見るとぼんやりして見えるかもしれないけれど、これが北陸特有の冬の空なんです。

——岩と空に挟まれた空間に、水仙が力強く凜とした美しさでそこにあり、とても印象的です。この場所でいけようと思ったきっかけは?

たいがい私の場合は、普段からお友達と一緒に神社やお寺に遊びに行ったりするなかで、空気が気持ちいいと感じた場所で花をいけたいと思うんです。陰影があったり清々しかったり、そういうところだと花も居心地が良さそうな感じがする。この海岸もそうで、私がかつていい気持ちを抱いた場所として思い出しました。カメラマンには、花と、その空気感、すべてを撮影してほしいと思いました。

道念邦子 房咲水仙 1989 撮影:池端滋
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