公開日:2026年10月30日

傷の奥に積もる時間。韓紙と炭を重ねるパリの作家、李鎮雨が見つめるもの

異国での出発、素材との出会い、そして新たな制作へ。李鎮雨の歩みを、インタビューでたどる

李鎮雨 Untitled 2025 画像提供:東京画廊+BTAP

傷の奥に積もる時間

最初に目を引くのは、画面を走る無数の傷である。近づくと、重なる紙の下から、暗い色が透けてくることがわかる。

この作品を作ったのは、1959年にソウルで生まれ、1983年に渡仏した李鎮雨(り・じんう)だ。パリ第8大学造形美術学修士、パリ国立高等美術学校を修了し、いまもパリを拠点に制作を続けている。傷に見える線は、炭と韓紙を重ねて擦ったワイヤーブラシの跡だ。何日分もの労働が、一枚の画面に積もっている。

「李鎮雨 潤(윤)」(東京画廊+BTAP、2025)会場風景 画像提供:東京画廊+BTAP

留学先になぜパリを選んだのかを李に尋ねると、「パリが美術の都市だから行ったというのが、じつは2番目の理由なんです」という答えが返ってきた。1980年代の韓国は、軍事政権による強権的な支配と、それに対する激しい民主化運動がせめぎ合う激動の時代にあった。貧しさも重なり、美術の勉強を続けられる社会状況ではなかったという。世宗大学で4年間絵画を学んだものの、さらに先へ進むには国を出るほかなかった。そこで、アメリカではなくヨーロッパへ、という思いだけで、ほとんど予備知識のないまま、李は「美術の街」のパリへ旅立った。

パリ第8大学の大学院では3年にわたり研究と論文の執筆に取り組み、現代美術の理論などの授業を受けた。続くパリ国立高等美術学校では、7年間、材料学を学んでいる。学生は材料を自分で作り、使い、その結果を学生同士で議論した。李はこの時間を、「それ自体が作品の元になっています」と振り返る。

その学びは、作品のかたちにも表れる。硬く、厚みのある大作に見えても、巻いて運べるものがある。巻けるように作ると決めたものは、それに合わせた作り方で仕上げられているという。長い時間をかけて材料の性質を知り尽くした作家の仕事である。

李鎮雨 無題 2025 画像提供:東京画廊+BTAP