
Tops & Bottoms © “We Document Art”
1988年にパリで「メゾン マルタン マルジェラ」を設立し、「脱構築」なスタイルでファッション界に革命をもたらしたマルタン・マルジェラ。2008年の突然の引退後も、型破りな美学は色褪せることなく、いまなお熱狂的な影響力を持ち続けている。そのマルジェラが、ファッションを離れて情熱を注ぐのがアート作品の制作だ。
2021年にパリで初個展を開催した後、何度か展覧会を行っているものの、その全貌に触れられる機会は多くはない。そんななか日本では初となる大規模個展「MARTIN MARGIELA AT KUDAN HOUSE」が開幕した(会期は4月11日〜5月5日)。舞台は、昭和初期の面影を残す名建築「九段ハウス」。静謐な空間に点在する作品たちは、かつてそこに存在したものの記憶を呼び起こす。
Tokyo Art Beatでは展覧会の開幕に先駆け、聞き手に倉田佳子を迎え、作家へのメールインタビューを行った。開幕した展覧会は、美しい意匠を持つ九段ハウスの部屋やスペースを使い、建物全体がマルタン・マルジェラらしさに包まれた空間になっていた。今回の展示だけでアーティストとしての全貌を掴むことは難しいが、よりパーソナルな表現に触れることができる稀な機会だ。本展に臨んだ作家の言葉をお届けする。【Tokyo Art Beat】
*本展のレポート記事はこちら
──あなたがファッションデザイナーとしても、アーティストとしても扱っている題材に「人間の身体」があります。ファッション、アート、それぞれの領域で人間の身体に向き合うことは、どのような共通点、あるいは相違点がありますか?
私の生い立ちも影響しているのか、人間の身体は、つねに作品のなかに存在してきました。ファッションにおいて、身体は直接的に関与します。衣服に機能と動きを与える存在であり、いわば協働関係にあります。
いっぽうでアートにおいては、身体はより遠い存在になります。実際に見せるのではなく、示唆されるものです。私はしばしば「存在」そのものよりも「不在」に関心を持っています。残されたもの──痕跡や断片、気配──のほうが、ときに、より強い力を持つことがあります。

──「髪」というモチーフを頻繁に用いています。ご自身の両親や兄弟が髪に関する職業を行っていたというルーツが影響としては強いと思いますが、テクスチャ、モチーフとしての造形的・色彩的自由度、時間を感じさせるマテリアルであること、もしくは美意識の象徴など、どのような点で「髪」というモチーフあるいは素材に惹かれているのでしょうか?
髪は、私のもっとも古い記憶の一部です。子供の頃、父の理髪店で何時間も観察していた対象でした。私を惹きつけるのは、その曖昧さです。髪は生きているものでありながら、切られた瞬間にすでに死んだものでもあります。また、成長や色の変化を通して、時間の感覚を内包しています。
素材としても非常に多様で、彫刻的であると同時に親密な性質を持っています。身体に属しながら、切り離されて単独でも存在できる──その緊張関係に興味があります。

──まだ展示を訪れたことがないので、過去の展示に関する記事や写真から想像してお聞きします(*メールインタビューを行ったのは4月初旬)。マルタンさんの展示では、作品単体というよりも、空間全体に漂う気配も表現要素のひとつにあります。日本では「間」とも言われる美学です。気配を表現する美学について、どのような定義をされますか?
私はそれを明確に定義しようとは思いません。私にとっては概念というより感覚に近いものです。何かが起こる直前、あるいはすでに起こった直後のような状況を作ることに関心があります。空ではないけれど、不在によって満たされている空間です。もしそれが日本でいう「間」に近いのであれば、何かを理解させるためではなく、見る人が感じるための余白を残すことなのだと思います。
