マウリツィオ・カテラン コメディアン 2019 Courtesy of The Artist
壁にテープでバナナを貼り付けたアート作品が、アメリカのオークション大手サザビーズで620万ドル(約9億6000万円)で落札された。出品されたのはマウリツィオ・カテランの作品《コメディアン》(2019)で、壁に粘着テープで生のバナナを貼り付けるというシンプルなインスタレーションだ。
本作が初めて登場したのは2019年のアートフェア、アート・バーゼル・マイアミビーチ。大きな話題を呼んだ本作は、個人コレクターによってふたつのエディションが12万ドル(約1300万円)で購入され、3つ目のエディションは美術館が15万ドル(約1600万円)で購入予約した。バナナは食料品店で購入されたものを用いており、作品の購入者にはカテランによる証明書と設置マニュアルが添付されるという仕組み。その後展示中に来場者に食べられるといった事件や、アートの定義をめぐる議論を引き起こしてきた。
今回のニューヨーク・サザビーズで本作を購入したのは、中国のコレクターで仮想通貨プラットフォームTRONの創設者であるジャスティン・サンだ。7名の競争入札が繰り広げられた末に、100万~150万ドルの事前予想落札価格を大きく上回る620万ドル(約9億6000万円)で落札された。
そして11月29日には、サンは香港の高級ホテルに招いたメディアの前で、このバナナを食べるパフォーマンスを実施し「ほかのバナナよりもずっとおいしい」とコメントした。また、今回のオークションの支払いを暗号通貨TRONで行っており、X上で「美術史と大衆文化の双方においてバナナの地位を称える、ユニークな芸術体験の一環だ」という言葉も残している。
Tron Founder Justin Sun eats Banana Duct-Taped to Wall. He paid $6.2 million.pic.twitter.com/dqvWRyIl1G
— Altcoin Daily (@AltcoinDailyio) November 29, 2024
今回使われたバナナは、ニューヨークのサザビーズ本社の近所にある露店の果物店で、1本25セント(約35円)で購入されたものだった。果物を売っていたのはシャ・アラムという74歳のバングラデシュからの移民でほぼ盲目の人物。生活は豊かではなく、オークションの結果について知ると「私は貧乏人だ。こんな大金を持ったことも、見たこともない」と涙し、自分自身にとってはこうした美術界の出来事はなんら関係のないことだと語った。
To thank Mr. Shah Alam, I’ve decided to buy 100,000 bananas from his stand in New York's Upper East Side. These bananas will be distributed free worldwide through his stand. Show a valid ID to claim one banana, while supplies last. https://t.co/jbCnh0u3JI
— H.E. Justin Sun 🍌 (@justinsuntron) November 28, 2024
シャ・アラムが困窮しているとの情報を得て、サンは「シャ・アラム氏に感謝するために、ニューヨークのアッパー・イースト・サイドにある彼の屋台からバナナ10万本を買うことにした」とXに投稿。果物店に有効な身分証明書を持参した人物にひとり1本無料で配布すると宣言した。12月1日にはシャ・アラムをはじめとする露店関係者と連絡が取れ、「この取り組みが実現する様子をお楽しみに!」と投稿している。
Excited to announce we’ve connected with Rana and Mr. Shah Alam that helped us create this moment in art history.
— H.E. Justin Sun 🍌 (@justinsuntron) November 30, 2024
Our plan to distribute the bananas is now underway, honoring their vital role in this story and celebrating their hard work.
Stay tuned as we bring this initiative… https://t.co/FUI5VaSLJj
ちなみにサンは11月26日に、次期大統領のドナルド・トランプとその一家による暗号資産プロジェクト「ワールド・リバティ・ファイナンシャル(World Liberty Financial)」のトークンに3000万ドル(約46億円)の投資を行い、その顧問に就任することを発表している。
ときを同じくする今回のバナナをめぐる一連の報道は、こうした大富豪のさらなるアピールにも一役買ったのではないだろうか。
マウリツィオ・カテランが2019年に《コメディアン》を発表したときから、本作は大きな話題を呼ぶと同時に人々の嫌悪や戸惑いも呼び起こしてきた。
ただのバナナがとんでもない高額のアート作品として成立してしまう、そんなインチキのような転倒が起きる理由として、まず「現代アート」の父とも言えるマルセル・デュシャンの《泉》の存在がある。男性用小便器にサインをほどこした本作は、1917年に制作されたレディメイドの芸術作品であり、物質性や視覚性よりもアイデアやコンセプトを作品の中心だとみなすコンセプチュアル・アートの源流でもある。
本作から1世紀以上を経て、カテランがより露悪的なジョーク混じりに発表したのが《コメディアン》だ。こうした流れを踏まえると本作が現代アート史に連なる作品だ言えるだろう。誰もが知っている安価な「バナナ」が、誰も予想できない高価格の「アート」になる、この価値の飛躍こそがアートだというわけだ。
また本作が話題になったのは、もともとカテランが風刺的な態度によってアートと日常の物の境界を曖昧にするハイパーリアルな彫刻とインスタレーションでよく知られた、著名な作家であったことが大きいだろう。本作が発表されたのが、誰も知らない美大生の卒業展だったら、これほど大きな話題にはならなかったはずだ。
作家のネームバリュー、アート市場の著名な舞台、そして現代アートの歴史などなど、複数の権威性や文脈が絡み合って誕生したと言える《コメディアン》。本作には「庶民にはアートの価値は理解できない」とでもいうようなアート界のエリート主義と資本主義が、もっとも醜悪なかたちで顕在化しているとも言えるだろう。
最後におまけ。「低コストなコスプレ」で日本でも大人気のタイ人コスプレイヤーLonelymanが、このカテランのバナナに応答。本作の「ミーム」としての力を改めて感じるとともに、実際の作品の展示より多少手間がかかっていそうな脱力コスプレに少しほっこりしてしまう。アーティストの村上隆も「最高!」と引用RPしていた。
— Lowcostcosplay (@LOWCOSTCOSPLAY) November 29, 2024