「三菱商事アート・ゲート・プログラム」が切り開く、支援・育成の新しいかたち。アーティスト6組が参加する新作展レポート&ショートインタビュー

「三菱商事アート・ゲート・プログラム2021-2022 支援アーティスト6組による新作展」が2月15日から26日まで開催。本プログラムについて、衣真一郎(アーティスト)、水田紗弥子(メンター/キュレーター/ Little Barrel)、堀内奈穂子(プログラムアドバイザー/NPO法人アーツイニシアティヴトウキョウ[AIT/エイト])に話を聞いた。 撮影:坂本理(*を除く)

「三菱商事アート・ゲート・プログラム2021-2022 支援アーティスト6組による新作展」にて、支援アーティストたち。左から、衣真一郎、泉桐子、小山渉、飯島暉子、female artists meeting(うらあやか)、岡本秀 撮影:編集部(*)

次世代アーティストの支援・育成を行う三菱商事アート・ゲート・プログラム

三菱商事が2008年に開始した「三菱商事アート・ゲート・プログラム」(以下、MCAGP)。次世代のアーティストへの育成と自立を目指し、社会貢献活動の一環として同社が取り組むものだ。

2021年からはプログラムを刷新し、大学卒業直後から中堅と言える世代まで異なる3つのキャリアステージに合わせ、アーティストを支援している。この新しいMCAGPの特徴は、資金援助にとどまらない充実したサポート体制にある。学びの機会やメンタリングを取り入れるなど、アーティストの成長や創作活動の発展を多角的に支える内容だ。プログラムアドバイザーはNPO法人アーツイニシアティヴトウキョウ[AIT/エイト]が務める。

2月15日から26日まで代官山ヒルサイドフォーラムで開催される「三菱商事アート・ゲート・プログラム2021-2022 支援アーティスト6組による新作展」では、2021年10月に選出された6組の支援アーティスト、飯島暉子、泉桐子、岡本秀、小山渉、衣真一郎、female artists meetingが作品を発表。

本稿では本展の様子とともに、衣真一郎(アーティスト)、水田紗弥子(メンター)、堀内奈穂子(NPO法人アーツイニシアティヴトウキョウ[AIT/エイト])のショートインタビューをお届けする。

キャリアステージに合わせた最適な支援

前述の通り、新生MCAGPには3つの異なるキャリアステージに合わせ、それぞれの段階に応じた支援を行っている。概略は以下の通り。

1.スカラシップ
[学生支援]大学や専門学校の芸術文化分野に在学中で、未来にアーティストとして自立した活動を希望しながらも、経済的な理由で困難を強いられている学生を支援。
・奨学金50万円
・交流会

2. ブレイクスルー
[躍進]客観的な視点での作品批評を必要とする若手アーティストにその機会を提供。メンタリングと学びの機会、展覧会を通して、作品やコンセプトづくりの次なる展開を支援。
主に平面作品を制作する若手アーティストを対象として、活動の基盤づくりを約 2 年に亘りサポート。
・支援金150万円 1名(組)につき / 2回に分けて支給
・ラーニング レクチャーやディスカッション、メンターからのアドバイス等
・展覧会

3.アクティベーション
[活性化]国内外の専門家や研究機関、技術者などとの領域横断的な協働をはじめ、近年の社会状況に向き合うアーティストの多様な活動を柔軟に支援。その思考や表現を研鑽する機会を提供。
領域横断的に活動する概ね45歳までのアーティストを対象に、制作に必要となるリサーチから実践までを約2年に亘りサポート。アーティストのニーズにあわせた支援を通じて、活動領域や思考を活性化し、国際的にそれを発信することを目指す。
・支援金400万円 1名(組)につき / 2回に分けて支給
・メンタリング

要注目アーティスト6組の新作展

今回の展覧会は、「2. ブレイクスルー」の支援アーティストが発表を行う場だ。6組のアーティストはこの2年弱のあいだに、メンターやゲスト講師からアドバイスを受けながら新作を制作。

メンターは、長谷川新(インディペンデントキュレーター)、桝田倫広(東京国立近代美術館 主任研究員)、水田紗弥子(キュレーター)の3名。

「三菱商事アート・ゲート・プログラム2021-2022 支援アーティスト6組による新作展」会場入口

若手アーティストにとって、大学で指導を受けた経験はあっても、卒業後に自身の制作を定期的に相談できる仕組みは珍しい。メンターによるメンタリングでは、所属ギャラリーや参加する展覧会のキュレーターといった立場とは違うかたちで、相談やコミュニケーション、サポートが行われたという。

それぞれの展示を紹介しよう。

衣真一郎は、様々な古墳や埴輪が登場する絵画を制作。朗らかな色彩、リズミカルな筆致が魅力だ。衣は地元である群馬県をはじめ、今回のプログラム期間中には奈良県や静岡県、九州を訪れ、各地の古墳をリサーチ。そこでのスケッチなどをもとに、自然と人工が共存するランドスケープを描き上げた。今回は立体作品もあわせて展示する。

衣真一郎の展示風景

泉桐子は日本画の素材と手法で作品を制作。伝統的な方法に加え、間近で見ると絵を裁断し再構成するという面白い構造に気が付く。「失踪」や「漂流」をテーマに国内外の小説や文献をリサーチした。移民問題への関心をもとに、社会から忘却された存在へと鑑賞者の意識を促す。

泉桐子の展示風景

小山渉は過去作とともに新作のビデオインスタレーションや写真コラージュを発表。社会福祉施設で働いた経験を持つこともあり、精神疾患の患者や医療者と協働した作品を制作する。新作の映像作品は、看護師であり精神疾患を持つ女性が「やってみたいこと」を一緒に実現する様子をとらえたもの。

小山渉の展示風景
小山渉 CRPPP-包括的抑圧防止プログラム- 2022-23

飯島暉子は、ともすると見逃してしまいそうなほどさりげない方法で3作品を展示。それは写真であったり、違うルートで入手した同じ型のビーズ商品を組み合わせたものだったり、展示室を丹念に掃除することで集められたホコリだったり。あらゆる存在を流動的な「仮置き」の状態ととらえる、作家の視点が興味深い。

飯島暉子の展示風景
飯島暉子の展示風景

female artists meetingは、うらあやかと都賀めぐみが発起人となるプロジェクトチーム。「女性のアイデンティティをもつ美術関係者のネットワークづくり」を目的とし、イベントや展示などを行う。本展では「みんなでできるフェミニズム」の実践として、プロジェクト「ウィッシュリストβ版」の紹介やグッズの展示などを行う。

female artists meetingの展示風景
female artists meetingの展示風景

岡本秀は日本画専攻で学んだ手法と素材をベースに、複数のメディアを用いて絵画を制作。不思議な構図やゆるさの漂うモチーフは、美術館や絵画といった制度への批評的なまなざしを感じさせる。本展では襖絵をモチーフとした新作を展示するほか、「待合室」のような展示空間のなかで絵画を見る鑑賞体験を生み出す。

岡本秀の展示風景
岡本秀の展示風景

【インタビュー】衣真一郎×水田紗弥子×堀内奈穂子:それぞれの視点から語るMCAGP

 ──支援アーティストの衣さん、メンターとして参加しているキュレーターの水田さん、そしてアーツイニシアティヴトウキョウ[AIT/エイト]の堀内さんにお話をお聞きします。

まず、AITが今回のプログラムをディレクションされていますが、その特徴を教えていただけますか? 企業などがアーティストを支援するプログラムはいくつかありますが、どういった違いがあるのでしょうか。

左から、堀内奈穂子、衣真一郎、水田紗弥子

堀内:まず、資金面の支援のみならず、メンターによるメンタリングや講師によるラーニングがプログラムに組み込まれているところです。アーティストのみなさんが制作に集中できる状況を作り出すだけでなく、制作に必要な知識を一緒に発展させていく、そういった学びの機会があることが特徴だと思います。

──衣さんはMCAGPのどのような点に惹かれて応募しましたか?

衣:まずはしっかりした資金の支援があることが大きかったです。大学等を卒業後、アーティストはお金のことで困ることが多いですし、その点で資金の支援は非常に心強いものです。それに加え、メンタリングを受けられることですね。これはむしろお金以上に価値があると言えます。そして展示の機会もあり、これは応募するしかないと思いました。

衣真一郎 撮影:編集部(*)

──約2年にわたるプログラムでは、どのようなことが行われるのでしょうか?

堀内:まず2021年5月に募集・選考を開始し、10月に奨学生と支援アーティストが決定したのち、ラーニングとメンタリングを始めました。ラーニングでは、アーティストのみなさんに作品についてプレゼンテーションをしてもらったり、国内外のキュレーターをゲストに招いたレクチャーを行いました。メンターのひとりである桝田倫広さんと、「ヨコハマトリエンナーレ2023」でアーティスティック・ディレクターを務める中国のキュレーター、キャロル・インホワ・ルーさん、ルアンルパのバルトさん(レオナルド・バルトロメウスさん)、また、鞆の津ミュージアム キュレーターの津口在五さんにゲスト講師をお願いしました。

たとえば桝田さんは企画を担当した「ピーター・ドイグ展」や絵画に関すること、キャロルさんは中国でのキュレーションの経験、バルトさんは社会におけるアートの役割などについてお話しいただきました。キュレーターに聞いてみたいことを作家から募ったり、講師からあらかじめ作家に考えておいてほしいことを提示するなど、双方向的なディスカッションを行いました。そのほか、各アーティストが各メンターとのメンタリングを1年に1回ずつ受けました。また、アーティストが制作のプロセスを通して得た知見や軌跡を、多くの観客と共有することを目的に中間活動報告などを行いました。

ブレイクスルーでは、1年目はコロナ禍の影響で主にオンラインでコミュニケーションをとりましたが、2年目からは対面でもメンタリングなどを実施しました。たとえば衣さんは、メンターのひとりである長谷川新さんと一緒に、古墳のリサーチに出かけていましたね。

衣:そうですね。

堀内:そしてこの展覧会が、これまでの2年間を締めくくるものとなります。

堀内奈穂子 撮影:編集部(*)

──メンタリングとは、具体的にどのようなことを行うのでしょうか?

水田:メンターの役割は、展覧会のキュレーションを行うような、具体的なゴールがあるわけではありません。ですので、私自身もいろいろと試行錯誤しましたが、まずはそれぞれのアーティストへの理解を深めることが大事だと思いました。そしてアーティストと話をするなかで、たとえば「ここに行ってみたらどうだろう」とか、「こういうことをリサーチしてみたら?」といったアドバイスをしたりしました。

衣さんの群馬県にあるスタジオを訪ね、制作現場や作品のモチーフになる風景を見ながらお話をしました。私にとっても2年間をかけてアーティストのことを知る、貴重な機会をいただいたと思っています。

水田紗弥子 撮影:編集部(*)

──水田さんはこれまで「メンター」という肩書きでお仕事されたことはあるのでしょうか?

水田:メンターという役割で仕事をしたことはこれまでなく、アート界には現状あまりない肩書きだと思いますね。ただ、これまで大学で教えたり、ほかの企業のアートアワードに関わるなど、アーティストや学生と一緒に仕事をしてきた経験が、今回のメンターにも活かせたのではないかと思います。

──アーティストとしては、メンタリングはいかがでした?

衣:とくに悩みがあったわけではないのですが(笑)、群馬にあるスタジオまで来てもらえてよかったですね。

水田:衣さんのスタジオに行くと、絵に描かれている風景が実際に見えるんです。このスタジオだからこういう作品ができるんだ、と感じました。ただ話すだけではわからないようなことにも理解が深まりました。

衣:作品のモチーフを見てもらえましたし、アピールの機会にもなるので、積極的に「ぜひ来てください」という感じでした。

──先ほど、メンターと古墳のリサーチに出かけたというお話もありましたね。

衣:今回の出展作でも描いている、奈良県の古墳などを見に行きました。4〜5回行ったかな。九州にも行きました。リサーチで見たものには、まだ作品に描いていないものもあります。すぐ結果に結びつくことばかりではないですが、構想を練っています。

水田:リサーチの経験は、これからのアーティストの長いキャリアのなかで、後から表に現れてくるものもあるんだろうなと思います。

──衣さんは一貫して古墳のある風景を描かれています。今回の新作はどのような作品でしょうか?

衣:展示作品の中で一番最初に描いた作品は2021年頃から着手したもので、群馬県内の古墳を見に行ってスケッチしたものをもとに描いています。群馬出身ですが、東京に出たあとに2020年に群馬に戻ってきて、いまは榛名湖にあるアーティストインレジデンスでスタッフとして働きながら、制作もしています。より地元に目を向けるきっかけになりました。

新作は奈良県天理市にある古墳群がモチーフになってます。他の作品では高崎にある古墳や榛名湖を描いていて、埴輪も登場しています。古墳の石室にも興味があり、今回展示している木を積み重ねた立体作品は、石室のイメージももとになっています。石の積み重ねを表していて、色の塊やその積み重ね、タッチの重さといったところが絵画作品と関連しています。

衣真一郎の展示風景

──この新作展までの約2年間はいかがでしたか?

水田:たとえば衣さんは身近にある風景から出発して、お墓の機能とか形に興味を持ち、そのリサーチが全国各地へ広がっています。そうした発展にメンターとして立ち会えたことは幸運でした。アーティストによってやりたいことは違いますが、プロセスを大事にしたいなと思ってやってきました。

衣:とてもありがたかったです。この新作展も力を入れる事ができ、広い空間で新作と近作を並べて展示する事ができました。もちろんやりきれなかったこともありますし、これからにつながっていくものかなと。作家人生の一部でもあるし、かなり大事な2年間にもなりました。みんなとも知り合えて、お互いに理解が深まりましたし。今後につながる関係ができたなと。

水田:作家同士も仲良くなっていましたよね。一緒に古墳を見に行ったり。

衣:そうですね。

堀内:AITではアーティストインレジデンスも行っていますし、一定期間アーティストと共に過ごすということはこれまでもありました。ただ2年間という長さは初めてで。最初の頃のオンラインミーティングではアーティストも緊張した面持ちだったのが、次第に打ち解けていき、自主性が発揮されるなど、変化がありました。

たとえば本展では、female artists meetingのうらさんが音頭を取ってくれて、作家だけで話し合いが開かれていました。そこで、各作家が個別に展示するだけではなくて、どうすれば展示全体が調和を持って良くなるかといったことを考えてくれました。それぞれの展示から展示へとつながる動線の照明についてや、音の干渉がないようにする配慮など、アーティストのほうから話があったことが、私は見ていてとても嬉しかったです。横のつながりができて、みんなで悩みを共有しながら展覧会に向けて進んでいました。

──ありがとうございました。

* * *

 ラーニングやメンタリングといった独自の取り組みが、ほかのアーティスト支援プログラムとは一線を画す「三菱商事アート・ゲート・プログラム」。結果的にアーティストの主体的な活動を促し、メンターやプログラムアドバイザー、そしてアーティスト同士のフラットな関係性や信頼が生まれているようだ。

「三菱商事アート・ゲート・プログラム2021-2022 支援アーティスト6組による新作展」は2月26日まで。なお、アーティスト・トークが2月18、19日に開催されるほか、2月25日には特別トーク、イベントが開催。詳細および申込みは、公式サイトを確認してほしい。

三菱商事アート・ゲート・プログラム | Mitsubishi Corporation Art Gate Program(MCAGP)

公式サイト:https://www.mcagp.com/
支援アーティスト活動報告:https://www.mcagp.com/artists/

特別トーク、イベント
本展の会期中、アーティストが企画したイベントを2回開催します。アーティストが約2年の支援期間中に行ったリサーチに協力いただいた研究者をお招きしたトークや意見交換を行う場づくりを通して、本展の新作の構想につながった思考や視点を紹介します。

2月25日(土)
・ 13:00-14:30「カタチ、文化、仮設: 表現としての墓を読みとく」(企画:飯島暉子)
ゲスト:阿部 純(広島経済大学メディアビジネス学科准教授)
スピーカー:飯島暉子、衣 真一郎、岡本 秀(本展アーティスト)
本展のアーティスト6組のうち、偶然にも3名が支援期間中に「墓」の歴史や形態に関心を持ち、リサーチを行いました。本イベントは、ものや身体の「仮設的な状況」について関心を持ち、その過程で墓のリサーチをおこなった飯島暉子の企画となります。古墳を絵画のモチーフとして描く衣真一郎、また、同じく国内外の墓の形態に関心を持つ岡本秀の2名のアーティストと、文化史の観点から墓を研究し、飯島がリサーチの過程でお話をうかがった阿部純氏をゲストに迎え、阿部氏のミニ・レクチャーとともに「墓」という共通点からさまざまな表現や思考について掘り下げます。

・ 15:30-19:30「female artists meeting:生活を話し合う/ウィッシュリストβ版を活用する」(企画:female artists meeting)
(レクチャー①16:30- ②18:00-)
イベントの入退場は自由
ゲスト:坂本夏海・滝朝子・長倉友紀子・本間メイ(《子育てアーティストの声をきく》メンバー)、吉澤弥生(共立女子大学文芸学部教授)レクチャー&ディスカッション

①坂本夏海・滝朝子・長倉友紀子・本間メイ「《子育てアーティストの声をきく》プロジェクトについて」
②吉澤弥生「美術関係者の労働状況について」

「みんなでできるフェミニズム」を実践するfemale artists meetingによるレクチャ―&ディスカッションイベントの企画です。本展出展作品である「ウィッシュリストβ版」を活用した情報交換を行い、豊かな世界の在り方に考えを巡らせます。イベント内で行われるゲストレクチャーでは、アートの領域における労働状況についてフィールド・ワークを行う吉澤弥生氏と、子育てをするアーティストにインタビューを行うプロジェクト《子育てアーティストの声をきく》のメンバーである坂本夏海氏、滝朝子氏、長倉友紀子氏、本間メイ氏を招き、特に女性アーティストの生活や労働を取り囲む状況について考えます。会場に訪れたあらゆる人たちと対話を行う時間を通し、フェミニズムの気づきを持ち寄り、新たなネットワークが生まれる場を創出します。

会場:エキシビションルーム(代官山ヒルサイドフォーラム内)
定員:30名 *要予約

申込み:https://mcagp-20212022.peatix.com/

*出演者、スケジュールは諸般の事情で予告なく変更する場合があります。

福島夏子(編集部)

福島夏子(編集部)

「Tokyo Art Beat」編集。音楽誌や『美術手帖』編集部を経て、2021年10月より現職。