公開日:2023年8月12日

映画『バービー』レビュー。人形が問いかける人間のリアリティ(評:菅実花)

グレタ・ガーウィグ監督、マーゴット・ロビー&ライアン・ゴズリング共演の映画『バービー』。世界的に愛されるファッションドールを実写化した本作を、ラブドールを被写体にした写真・映像作品を通して「人間と非人間の境界」を探求してきたアーティスト、菅実花がレビューする。

『バービー』 8月11日全国ロードショー 配給:ワーナー・ブラザース映画 © 2023 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved.

バービーが歩んできた60年

映画『バービー』は、バービー人形の実写映画だ。これはポップなコメディで包んだ「人間として生きること」についての映画である。

バービー人形は、1959年にアメリカのマテル社から発売されたファッションドールだ。創始者のひとりであるルース・ハンドラーという女性が、ドイツのセクシーな男性向けの人形「ビルド・リリ」をもとに、ほぼそのままの造形の人形を「ティーンエイジ・ファッションモデル」として女児向けに販売したものが始まりである。

その当時、女児向けの人形は、良妻賢母の疑似学習として教育的観点から推奨されていた乳幼児型の「ミルク飲み人形」が主流だった。ある日ルースは、娘のバーバラが大人の女性が描かれた紙人形に自分の将来の姿を想像し、着せ替え遊びをしていることに気がついた。ルースはこれをヒントに、幼い女の子たちが未来の自分を投影できるファッションドールを作ることにしたのだ。人形の名前はバーバラの愛称であるバービーとした。

一体目のバービーはモダンな水着にサングラスやイヤリングを身につけた姿で売り出された。当初は「セクシーすぎて子供向けではない」と批判されたが、瞬く間にアメリカの少女たちに受け入れられ大ヒットした。

それ以降マテル社は、様々なバービーを販売するようになる。現実のハイファッションを反映させ、丁寧な縫製によってディテールまで仕上げられたドレスを身にまとったバービーが次々と作られた。

マテル・インターナショナル公式サイトより 出典:https://mattel.co.jp/barbie60th_interview/

そして、1961年には当時の少女の憧れの職業であるスチュワーデス(キャビンアテンダント)バービーを、1965年には実際に女性の宇宙飛行士が誕生するのに先立って宇宙飛行士バービーを販売した。ほかにも乗馬やローラースケート、テニス、スキーなどのコスチュームを身につけたアクティブなスポーツバービーや、看護師、デザイナー、教師、医者など資格や技能が必要な専門職のバービーを展開している。1992年には大統領のバービーを販売した。「You Can Be Anything(あなたは何にでもなれる)」というスローガンをかかげ、幼い女の子たちが自分の将来に夢を持てるように、エンパワメントしてきたのだ。

ところが、バービーは発売当初からつねに批判にさらされてきた。「白人しかいない」「細身の体型しかいない」「理想美を押し付けている」という指摘が数多く寄せられた。それに対してマテル社は、1968年に黒人の友人を(1980年には黒人とヒスパニック系のバービーを)、2016年にふくよか、小柄、長身ボディのバービーを、2019年には車椅子のバービーを発売し、あらゆる女の子が自分を投影できるようにと多様なバービーを作り続けてきた。

バービー人形はいまや150以上の国と地域で親しまれている、世界でもっとも有名なファッションドールと言っても過言ではない。(そういえば、バービーのボーイフレンドのケンは1961年から販売されている)。

『バービー』 8月11日全国ロードショー 配給:ワーナー・ブラザース映画 © 2023 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved.

バービーランドとリアルワールド

映画『バービー』は、「バービーランド」と「リアルワールド(人間の世界)」のふたつの世界を映画の中で描き、さらに実際の現実世界を明確に意識させる構造になっている。

「バービーランド」には、これまで販売されてきた複数のバービーと複数のケン、バービーの友人である妊婦のミッジ、ケンの友人アランなどが暮らしている。

『バービー』 8月11日全国ロードショー 配給:ワーナー・ブラザース映画 © 2023 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved.

大統領バービーが国を治め、裁判官バービーや陪審員バービーが法を司り、物理学者バービーや宇宙飛行士バービーが活躍している。工事現場で肉体労働を行うのもバービーだ。とにかくすべてがバービーのガールパワーで成立しているハッピーなピンク色の世界である。主人公はマーゴット・ロビーが演じるファッショナブルな「典型的バービー」だ。

「バービーランド」は、バービー人形が提示してきた理想の世界である。物語は、典型的バービー(とライアン・ゴズリングが演じるただのケン)が「リアルワールド(人間の世界)」へ行くところから大きく動き出す。

「リアルワールド(人間の世界)」は、この現実世界をかなり忠実になぞっている。その証拠に、私たちがバービー人形に対して冷めた目線で思う「You Can Be Anythingなんて綺麗事すぎる」「結局バービーはルッキズムを助長してるよね」「どれだけ理想の人形を売っても、現実は大して良くなってないじゃん」という感想は、映画の中でツッコミとしてはっきりと言語化される。「いや流石にそこまでは思ってない」というレベルの辛辣なセリフまで出てくるのだ。もちろんコメディ映画として笑えるように作られているが、US版のトレーラーの後半にある「If you hate Barbie this movie is for you(もしあなたがバービーを嫌いならこの映画はあなたのためにある)」という言葉の通りになっている。

『バービー』 8月11日全国ロードショー 配給:ワーナー・ブラザース映画 © 2023 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved.

マテル社をいじるネタのたびに、映画のいちばん最初に大きく表示されたロゴが頭をよぎる。そして「うわぁ、こういうヤバい人いるよね」「出た!よくある政治家の言い訳だ!」というあるあるのオンパレードに大いに笑わされる。そのなかのひとつのトピックとしてカリカチュア的に示されるのが、性差別的な観点だ。「バービーランド」で自己実現を達成しているバービーと、その添え物扱いのケンは、「リアルワールド(人間の世界)」の価値観に直面して何を選択するのか。「人間として生きること」を知ったバービーと、男性が活躍する世界を知ったケンは、どう変化するのか。役者の細かな表情にも注目だ。

『バービー』 8月11日全国ロードショー 配給:ワーナー・ブラザース映画 © 2023 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved.

人形とリアリティ

ひとつ、この映画の解釈がわかれる理由があるとするならば、映画という映像表現において人形のモチーフをどこまで具体的にリアルなものとして読み取るかにかかっているだろう。バービーは女性の比喩となり得るのか(*)。また、ケンは男性の比喩になり得るのだろうか。人形を表現するにあたって映画の中で設定されるリアリティの水準の変化に着目して考えてみたい。

そもそも人形とは人間を模倣して作られたモノである。ファッションドールは写実的な人間の縮小ではなく、抽象化された造形をしている。人形は想いが投影される器だから、イメージできる余地が必要なのだ。

ところが歴代のバービーは、実在する職業のコスチュームを模倣した衣装を身にまとい、社会に出て活躍するという具体的な理想を見せてきた。それにより、バービーが持つリアリティは高まっていった。しかし同時に、バービーはそのリアリティの高さゆえに、抽象化されているはずのボディイメージに対して批判を受けてきたという側面を持っている。バービーは女の子をエンパワメントしながらも、フェミニストに否定されてきた複雑な人形なのだ。

そしてまた、その典型的バービーが持つ身体的特徴は、実在する人間であるマーゴット・ロビーが演じる役としてピッタリだ!と思わせるのに十分なリアリティを持っている。

ただし、バービー人形を人間サイズに拡大したからといって、マーゴット・ロビーと同一のプロポーションになるわけではない。あくまで記号的な特徴が類似しているだけで、イメージによる補完が行われていることに留意したい。つまり、映画『バービー』の中では、役者が人形役を演じていることが自明であり、人形の表象レベルは、ほとんど人間の姿と同一なのだ。

『バービー』 8月11日全国ロードショー 配給:ワーナー・ブラザース映画 © 2023 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved.

映画自体が人形と同じくフィクションを描くことができるメディアだが、人形というモチーフを取り入れることで、表現としてリアリティの高低をコントロールすることが可能になっている。描写のレベルでは、主にファンタジックに人形らしさを描くことで、対比として実写映画特有の生々しさを際立たせ、同時に人形であるという設定によって想像の領域に飛躍させることに成功している。

バービーが涙とともに自分自身の生き方を選択する場面は、現実に当てはめられないシチュエーションのためリアリティは低い。なのに感情は生々しく迫ってくる。人形という設定だからこそ、人種や属性を超えて私たちに「人間として生きること」を問いかけてくるのだと、私は感じた。

人形に投影された表現がどのように読み取れるのか、ぜひ映画館で考えてみてほしい。

最後に、スクリーンの外の現実世界に目をやると、結局は資本主義的で、話題性優先のキャンペーンが行われ、US版の広報がファンアートの#Barbenheimerに乗っかり、配給会社ワーナー・ブラザーズは短い謝罪の声明を発表し、グレタ・ガーウィグ監督はインタビューで「ワーナー・ブラザーズが謝罪したことは、私にとって非常に重要なことです」と答えた。これが「人間として生きること」そのものなのだろうかと思わずにはいられない。


【参考資料】
増渕宗一『少女人形論 禁断の百年王国』講談社、1995年
Barbie | Main Trailer https://youtu.be/pBk4NYhWNMM
Barbie INSPIRING GIRLS 1959 http://www.barbiemedia.com/timeline.html
ORICON NEWS 車椅子に乗ったモデルも発売、デビュー60周年の『バービー』が示す多様化社会 https://www.oricon.co.jp/confidence/special/54082/
ThHE RIVER 『バービー』グレタ・ガーウィグ監督来日インタビュー「次代の女性監督に繋ぎたい」 ─ 騒動にも言及 https://theriver.jp/barbie-greta-interview/

*──『バービー』プロダクションノートよりインタビューを抜粋
グレタ・ガーウィグ(監督/脚本/制作総指揮)
●バービーを理解することについて
「マテル社との初めてのミーティングで、複数のバービーやケンたちを描くというアイデアが生まれた。私が異なるキャラクターについて話し始めたとき、彼らから『異なるキャラクターはいないよ。女性全員がバービーなんだ』と言われたの。そこで『もし女性全員がバービーなら、バービーは女性全員ということですよね?』と尋ねたら、彼らの答えは『イエス』だったわ」

バービー
8月11日全国ロードショー 

キャスト:マーゴット・ロビー、ライアン・ゴズリング、シム・リウ、デュア・リパ、ヘレン・ミレン
監督・脚本:グレタ・ガーウィグ 
脚本:ノア・バームバック
プロデューサー:デヴィッド・ヘイマン
配給:ワーナー・ブラザース映画
©2023 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved.
https://barbie-movie.jp

菅実花

かん・みか 1988年神奈川県生まれ。2021年東京藝術大学大学院美術研究科先端芸術表現専攻博士後期課程修了。2016年にラブドールを妊婦の姿に加工しマタニティフォトを模して撮影した写真作品《The Future Mother》を修了制作展で発表し注目を集める。主に19世紀の文化をリファレンスに、人形・写真・光学装置を用いて「人間と非人間の境界」を問う。主な個展に2019年「The Ghost in the Doll」原爆の図丸木美術館(埼玉)。2021年「仮想の嘘か|かそうのうそか」資生堂ギャラリー(東京)。2022年「OPEN SITE 7|菅実花『鏡の国』」トーキョーアーツアンドスペース本郷(東京)。出版に2018年共著『〈妊婦〉アート論』(青弓社)。2021年より『週刊読書人』で写真とエッセイを連載中。VOCA展2020奨励賞受賞。