公開日:2021年11月6日

演劇界のセクハラ・パワハラに問題提起を行う団体が名誉棄損で提訴を受け、記者会見を実施

「演劇・映画・芸能界のセクハラ・パワハラをなくす会」代表らに対する名誉棄損を理由とした訴訟について、会の対応と方針に関する記者会見が行われた。

11月5日午後、「演劇・映画・芸能界のセクハラ・パワハラをなくす会」(以下、「なくす会」)が、代表らに対する名誉棄損を理由とした訴訟について、記者会見を行った。

「なくす会」は、日本の演劇界で初めて#MeToo事案の被害を訴えた、俳優の知乃氏が代表を務める。知乃氏は、10代のときに被害を受け、加害者の演出家を告発。その演出家が謝罪を行い示談した後に「なくす会」を設立した。「なくす会」は現在まで、ハラスメントの相談活動や啓発活動などに取り組んでいる。

記者会見の会場。左から馬奈木厳太郎弁護士、知乃氏、田中円氏

「なくす会」は2018年、過去に児童へのわいせつ行為によって実刑判決を受けた演出家・俳優等として活動するA氏(仮名。知乃氏への加害者とは別の人物)が、演劇作品に演出家等として登用されことについて問題提起した。このことから、「なくす会」代表らは2021年9

月にA氏から名誉棄損として提訴され、ウェブサイトでの掲載の削除、謝罪文の掲載、500万円の慰謝料を求められている。

「なくす会」はこの訴訟が、会の活動への萎縮効果を狙うものであると考え、その正当性を問いたいとして、東京合同法律事務所にて記者会見を開いた。参加者は知乃氏(代表)、田中円氏(副代表)、馬奈木厳太郎弁護士(代理人)。

経緯:A氏の逮捕から21年の提訴まで

A氏は俳優・劇作家・演出家等として活動。2008年から演出等を担当した演劇作品シリーズは、2.5次元ミュージカルに出演経験のある俳優たちを起用したこともあり人気を集めた。しかし13年に予定されていた公演は、A氏による児童へのわいせつ行為が明るみに出たことで中止となり、代替公演が行われた。

この事件では、A氏は当時、講師を務めていたワークショップに参加する児童に対しわいせつ行為を行なったとして、児童福祉法違反で懲役2年の実刑判決を受けている。

2018年、このシリーズの続編とみられる舞台の上演と、本作の演出、主演等としてA氏が再度起用されることが主催者より発表された。これを受け、シリーズのファンなどから、A氏の起用についての疑問や抗議の声がインターネットを中心にあがった。

そして「なくす会」も、A氏が起用されることに反対する立場から、公開質問状や署名活動に取り組み、署名は4日間で600名以上の賛同を得た。

これらの意見を受け、同年12月13日、舞台制作会社は公演中止を発表した。

また「なくす会」は、同じくA氏が脚本・演出等を務める別の作品について、主催やスポンサーに対し公開質問を行なったが、いずれからも返答がなく、本作は予定通り上演された。

これらの活動から約2年が経った2021年9月、A氏から「なくす会」の代表である知乃氏と副代表の田中円氏を被告として、名誉棄損を理由とした訴えが提起された。

訴訟の争点

記者会見で馬奈木弁護士は、争点となるのは、「なくす会」のウェブサイトで公開された以下をはじめとする一連の投稿文だと説明。

「(A氏は)2013年に、自身が講師を務めるワークショップの受講者である少女へのわいせつ行為により、児童福祉法違反で逮捕され、翌年執行猶予なし懲役二年の実刑判決を受けました。それは脚本・演出家という立場を利用しキャスティングを餌に行った大変卑劣なものであったと思います」(ウェブサイト上の公開質問より)。

上記のうち、A氏は「キャスティングを餌に」という点が虚偽にあたるとし、名誉棄損で訴えているという。A氏の求める内容は以下である。

・ウェブサイトでの投稿削除
・謝罪文掲載
・慰謝料500万円

なお、提訴前に投稿の削除要請は一切なかったという。

「なくす会」としての対応

「なくす会」は応訴し、違法性がないことを主張する予定だ。馬奈木弁護士は、上記の投稿は公共の利害に関する事実であるとする。

「#metoo運動やハラスメントが社会問題化するなか、演劇界においてもハラスメントをめぐる問題は大きな関心ごととなっている。児童福祉法違反で実刑判決を受けた者が、同様のポジションで再登用されることが受容可能なのかは、公共の利害に関わる事実。会の活動の目的は、個人に対する攻撃ではなく、演劇界の構造を問題視し、公益を図ること」だと言う。

また500万円の請求は、「相場から離れた水準であり、会に対してどのような目的があるのか」不明だという。そのうえで要求について、「端的に言えば黙らせる、会の活動の萎縮効果を狙ったものだろうと思われる。このようにハラスメントや性被害を訴える活動を萎縮させる動きは看過できない」と語る。

日本の演劇界が、ハラスメントを受容しないために

副代表の田中氏は、韓国の詩人・劇作家・演出家の李潤澤 (イ・ユンテク)氏が、2018年に複数の女性たちから常習的な性的暴行を告発され、韓国演劇演出家協会から永久除名されたことを引き合いに出しながら、日本の演劇界は、性暴力を行い実刑判決を受けた者が同じ立場に戻って来られる環境であることが大いに問題だと指摘。「演出家の起用方法や上演の可否について、社会的な問題として問いたい」と語った。

代表の知乃氏は、自身がハラスメント被害を受けた当時も10代であったことや、若い俳優たちが同様に辛い思いをしないように環境を変えたいという思いから、会の活動を行っていると説明。

「演劇界は、ひとつの公演のために長期間、同じ座組みで働くことになる。そこに閉鎖的な環境が生まれる」と、演劇界がハラスメントを誘発する構造を指摘する。

「会を発足してから、これまで100件に及ぶ相談や訴えが寄せられている。1件に対して加害者はひとりとは限らないうえに、被害を受けても私たちの会に連絡してこないケースも多数あると思われる。ハラスメントは演劇界全体の問題として考えていく必要がある」(知乃氏)。

また、今年5月にある衆院議員が「例えば50歳近くの自分が14歳の子と性交したら、たとえ同意があっても捕まることになる。それはおかしい」と発言し、社会的に厳しい批判を受けたことがあった。知乃氏は「こういった報道を経て、児童との性交やハラスメントが議論されている現在において、今回の提訴や、実刑判決を受けた人物がかつてと同様の立場に就ける状況は、時代と逆行しているのではないか。私たちの活動が個人攻撃として受け取られているように感じる。活動について理解されず残念」と語った。

また最近の演劇界について知乃氏は、ハラスメントに関する講習会が開かれたり、キャスティング権を演出家が独占するのではなくより開かれた体制が取られることも増えてきたと感じる、と語る。今後も「なくす会」では、ハラスメントのない環境を確保していくための活動を続けていくという。

なお、第1回口頭弁論は、11月17日に東京地裁にて予定されている。

福島夏子(編集部)

福島夏子(編集部)

「Tokyo Art Beat」編集。音楽誌や『美術手帖』編集部を経て、2021年10月より現職。