公開日:2022年6月18日

「名和晃平 生成する表皮」展を作家のコメントとともに最速レポート! 最新作《Biomatrix (W)》を十和田市現代美術館で初公開

名和晃平の過去作から新作まで多様なシリーズを展示する個展「生成する表皮」が、十和田市現代美術館で11月20日まで開催。美術館に近接する「地域交流センター」では10月1日から11月20日まで。(撮影:筆者)

本展のために制作された《Biomatrix (W)》(2022)と名和晃平

素材の探究により表現の可能性を拡張する彫刻家・名和晃平

セル(細胞・粒)で世界を認識するという独自の概念を軸に、ビーズやプリズム、シリコーンオイル、グルーなど様々な素材や技法を横断しながら先鋭的な彫刻や空間表現を展開している名和晃平。その過去作品から新作まで、多様な作品シリーズを展示し、彼の活動変遷を観賞できる展覧会「名和晃平 生成する表皮(Generative Interface)」が、十和田市現代美術館で開催中だ。10月1日からは「地域交流センター」(設計:藤本壮介)での展示も始まり、2会場での開催となる(会期は両会場ともに11月20日までを予定)。キュレーターは見留さやか。

会場風景より

名和晃平は1975年生まれ、京都を拠点に活動する彫刻家。名和は、感覚に接続するインターフェイスとして彫刻の「表皮」に着目し、「セル(細胞・粒)」で世界を認識するという独自の概念で、情報化時代を象徴する「PixCell」を2002年発表。重力で描くペインティング「Direction」、シリコーンオイルが空間に降り注ぐ「Force」、液面に現れる泡とグリッド「Biomatrix」、泡そのものが巨大なボリュームに成長する「Foam」など、彫刻の定義を柔軟に解釈し、観賞者に素材の物性をひらかせるような知覚体験を生み出してきた。フランス・ルーヴル美術館ピラミッド内にて「ジャポニズム2018」の企画として巨大彫刻作品《Throne》が特別展示された。近年はアートパビリオン「洸庭」など、建築のプロジェクトも手がける。

会場風景より《PixCell-Deer#52》(2018)

本展は、名和が京都市立芸術大学大学院生時代に制作したドローイングシリーズ「Esquisse」、代表作である「PixCell」(2021年より寄託作品として展示)のほか、新作「White Code」を含む多様な作品シリーズから紹介していく。

十和田市現代美術館には、2020年より常設展で3年間寄託展示されている名和晃平作品《PixCell-Deer#52》がある。本展では、この寄託作品と併せて名和の世界観を楽しめるような構成となっている。

《Biomatrix (W)》

会場風景より《Biomatrix (W)》(2022)

まず名和が考えたことは、「西沢立衛さん設計のこの美術館の建築と、自分の作品をどう重ねられるかということ」だという。「《PixCell-Deer#52》という作品が先にあったので、そこにいくつかの部屋を加えていくというこの美術館の構成をどういうふうにしようか考えたのが、《Biomatrix (W)》でした」

《Biomatrix (W)》は、真珠のような輝きと高い粘度のシリコーンオイルの界面に、気泡(セル)がグリッド状に沸き起こる。名和はおよそ20年に渡り、水面に泡が湧き上がる作品を素材を変えて作り続けてきた。

「自分がまだ大学院生だった頃、実家の畳や仏壇が置いてある祖母の家が空き家だったので倉庫として借りて、そこでドローイングや水に泡を出す実験をしたり、シリコーンオイルの粘度を調整したりといったことをやり始めていました。22年前のドローイング「Esquisse」と新作の《Biomatrix (W)》のインスタレーションは、美術館の建築とコラボレーションするようなつもりで、どう重ね合わせられるかが自分にとっては大事なポイントでした」

「十和田市現代美術館に多い、ビビッドで視覚的に飛び込んでくる作品とは対照的に、静かでゆっくりじっくり対峙することで開かれていくような作品ができないかと考え《Biomatrix (W)》が完成しました」

《Biomatrix (W)》のWは、ホワイトのWで、真珠のような顔料。いろんな顔料を混ぜ合わせる実験をし、展示室に合う光り方が見つけられた。

会場風景より《Biomatrix (W)》(2022)
会場風景より《Biomatrix (W)》(2022)

名和本人による解説を紹介したい。

「生命が生まれる場所は、細胞が代謝して更新され続けている場所。生命がどう維持されているか、その源に出会うような体験ができないかなと考え、こういう表現になって《Biomatrix (W)》と名付けました。近づいて見てもらうとわかりますが、泡が下から更新され続けているんですね。下から出てくる泡によって、上の泡が弾けて消えいく。泡の外側に年輪のように気泡の痕跡が残っていく。Cellと呼んでいる泡どうしの力、均衡が保たれているときだけ、泡を区切っているようなグリッドが真っ直ぐになる。たとえばひとつの泡の空気圧が強くなるとそこが膨らんでしまう。升目のように真っ直ぐに見えるのは、すべての泡を微調整して、均衡を保たせている状態です。

生命とはそのような状態ではないのか? 私たちの体も細胞でできていて、一つひとつの細胞がリズムを持ち、新陳代謝が繰り返され、生まれ変わり続けている。そのエネルギーの代謝や、一つひとつの細胞が、呼吸をしている。呼吸をすることで維持されている状態を生命と呼ぶならば、この呼吸はいつ始まって、いつ終わるのかということが、僕にとって興味のあるテーマです。それを彫刻のなかでどのように表現できるのか、物質性を感覚として持続させながら表現に置き換えていくことはできるのだろうかと考え、作品を作り続けています」

本展のために制作された《Biomatrix (W)》(2022)と名和晃平

名和は(上の本人写真のように)間近に座りじっくり音も聞いてみるという鑑賞法を勧めてくれた。Cellの動きと対峙し、自分は何を思うのか、ぜひ感じてみてほしい。

「Esquisse」《Untitled》

いまから22年前、名和の実家の畳の上で描かれたドローイング。習字の朱液や水彩絵具、鉛筆などを用い、画用紙やコピー用紙などに、模索の痕跡のようにイメージが現れている。最近、名和が実家の整理をする必要があり、偶然発見したという。200枚以上のドローイングのなかからセレクトされた26枚が展示されている。

会場風景より「Esquisse」《Untitled》(2000)
会場風景より「Esquisse」《Untitled》(2000)

「White Code」

名和が昨年から作り始めた新作で、美術館では初の展示となる。秒速1cmほどでゆっくりと動くキャンバスの上から、粘度を調整した絵具が点滴のようにしたたり落ちることで生まれた作品。糊引きしていない麻の粗い表面に、絵具の粒がボリュームを維持したまま、ときに広がり互いに結びついて不規則に変化する。

「点線を描いていくだけですが、それを何度も何度も繰り返すことで、点と点が結びつきあって、符号や記号のようになったり、音の記憶のように見えてきたりします。アルゴリズムや何かの情報を刻印しようとしているわけではないのに、そこから有機的なリズムのようなものを感じる。そう観察しながら制作していました」

会場風景より「White Code」2022
会場風景より「White Code」2022

《PixCell-Deer#52》

「PixCell」シリーズは、オブジェクトを透明の球体で覆い、存在をCellという細胞や粒に置き換える彫刻作品で、2000年頃から制作が始まった。「PixCell」という言葉は、Pixel(画素)とCell(細胞、粒、器)を掛け合わせた造語であり、当時はコンピュータや「ヒトゲノム計画」や羊のドリーの誕生など、生命の情報をどう捕らえるのかということに向き合わされた時代だったと名和は語る。

会場風景より《PixCell-Deer#52》(2018)

「宇宙のなかに生命がどうやって生まれて、どこに行くのか。本当に偶然に生まれただけなのか。この宇宙に有機的な物質が生まれて呼吸を始めたという奇跡が起き、その呼吸が一度も止まらなかったことで、植物や微生物、動物を含めた生命圏、生態系が現在まで続いていている。薄っぺらい成層圏のなかでまだふつふつとそれぞれが呼吸してる状態。そして、この呼吸を止めないためにどうしたらいいかということは、社会全体の課題だと思います」

名和が、生命に関する思索と、情報化社会という時代のムードとを反映させ、彫刻史のうえでも新しいチャレンジを試みるなかで展開してきた本シリーズ。この新たな彫刻を通して、哲学的な問いに向き合ってみてはいかがだろうか。

《Dot》《Line》

10月1日からとなる地域交流センターの会場では、名和の版画作品「Array - Black」シリーズの《Dot》や《Line》といった平面作品の展示が予定されている。こちらの展示も楽しみに待ちたい。

名和晃平 Dot Array – Black #239 2022 UVプリント、紙、アクリル、木製パネル 56×100cm 提供=Gallery Nomart 撮影=加藤成文
6月17日現在は建築中の地域交流センター(設計:藤本壮介)

吉田千枝子(字と図)

吉田千枝子(字と図)

ライトノベルズ編集部やCGWORLD編集部を経てフリーに。主に取材記事を手掛ける。グラフィックデザイナーよしだすすむとのユニット「字と図」としても活動中。