公開日:2016年3月15日

長田奈緒 + 中島あかね + ミヤギフトシ「Memories / Things」レビュー

記憶の曖昧さと輪郭をむすびつける3人展

Memories / Things, Installation view, Photo: Open Letter

1月10日から3月27日の約2か月間に渡って、渋谷にあるギャラリー Open Letter にて「Memories / Things」というグループ展が開催されている。
参加アーティストは長田奈緒、中島あかね、ミヤギフトシ。いずれも1980~90年代生まれの若い作家たちだ。
ブックレーベル torch pressとの共同企画である本展は、<記憶と、それにまつわる事象>というテーマに基づき、三者三様の切り口からそれぞれの作品の本質を紐解いている。
制作の技法や表現方法は違うものの、確かに彼らの作品には”記憶”との繋がり・関係性が見いだせる。

1988年生まれ、今年3月に東京藝術大学大学院修士課程を終了予定の長田奈緒は、<記憶 / 見えていること|Memories / Sight>というテーマから作品を分析する。
長田は、普段は気にもとめないティッシュや洋服の模様といった日常的によく目にするパターンや、会話中の即興のメモ書き等の身近なモチーフを選びとり、板やボール紙を支持体にシルクスクリーンの技法を用いて制作している。
それらは通常、そのおおまかな存在と印象のみしか記憶に残されないが、その一部をクローズアップして切り出し、異素材の表面に刷ることで、イメージの断片との”出会い”や、それにまつわる”想起”が起こる。
さらに版画の技法的な特徴により、視覚から入った像を、スキージーで紙に平たくのせたインクという現実的な物質に変換することで、脳内に入る膨大な情報量を調整し、整理する役割を果たしている。記憶にとどめにくい在り来たりなイメージを、色と形という最小限の要素にまで削ぎ落とし、再度視覚を通すことによって、より鮮明で軽やかなイメージとなって脳に蓄積される。

Memories / Things, Installation view, Nao Osada, Playing on your heart, 2015

最も若い中島あかねは、1992年生まれ。第11回グラフィック「1_WALL」のコンペティションでグランプリを受賞した経歴を持つ作家で、捉えどころのない不思議な形をした作品にはどこかグラフィカルな趣きがある。
<記憶 / 形作ること|Memories / Form>というキーワードから考察する彼女のペイント作品は、「見たことがあるけれど、見たことがない」と思わせるフォルムをしている。柔らかな曲線でアウトラインを明確に縁取り、暖色系のアクリル絵の具で薄く描かれたそれは、単色塗りのフラットな色面だからこそ形状への想像力をかき立てる。
人間の臓腑やそれに付随する器官を思い起こさせる形だが、それは存在してはいるものの、身体の中に収まっているパーツだ。一般的には実際に目にする機会がないに等しく、教科書や参考書、資料といったもので学んだ経験から憶えているものである。
ぼんやりとした、かつ生々しさのあるイメージの輪郭を可視化させたかのような形態だ。しかし実際には、特定のモチーフはない。近しい場所にありながらも目には見えない概念に近いものを、記憶の奥に眠っていた知識とすり合わせながら、時間をかけて感じ取るように描く行為に身体性の表出がなされている。

Memories / Things, Installation view, Akane Nakajima, Unltitled, 2015, Photo: Open Letter

この三人の中で、最もキャリアを積んでいるのがミヤギフトシだ。国内外4カ所を巡回する「他人の時間」展に参加し、日産アートアワード2015のファイナリストに選出。ギャラリーでの展示も途切れなく続く、今もっとも精力的に活動しているアーティストの一人だと言えるだろう。
ミヤギの作品は本展で、<記憶 / 物語ること|Memories / Narrative>という切り口を与えられている。
ミヤギは沖縄県に生まれ、その後渡米を経験。日々移り変わる情景やその心模様を、映像や写真を用いた作品で繊細に表現している。特にミヤギの作品は、叙情性に溢れた詩的な表現が特徴だ。言語を巧みに扱い、クラシック音楽等の文化を愛し、時には自身の恋愛やジェンダーに切り込みを入れながら、それを作品に反映させている。
今回は5点の写真作品を展示しているが、そのどれもがデスクの上を撮影したものだ。作品の制作中と思われるものや、アイデアをメモしたノート、鉛筆の削りカスや、割れたグラスの破片。移ろうデスクの上のどんな些細な変化にも気を配り、心を寄せているかのような情景。

想像と創造の誕生の現場であるデスクは、他のどのような場所よりも心の揺れ動きが顕著に現れる。なぜなら彼の動かした手によって、そのひとつひとつが形作られているからだ。写真に写るモチーフの重なり合いの動きにこそ、その前後に起きた出来事や時間を想起させるストーリー性を帯びたレイヤーが潜んでいる。

Memories / Things, Installation view, Futoshi Miyagi, Sketch for American Boyfriend, 2013, Photo: Open Letter

さらに、このギャラリースペース自体も記憶と深い関係がある。というのも、Open Letterが一週間のうち日曜日のみオープンしている理由は、日曜日だけこの場所を間借りしてギャラリーとして使っていることに由来する。他の曜日には、全く違う店舗が入ってこのスペースを使用しているのだ。
よって、展覧会期間中の毎週日曜日の朝に作品を搬入し、その日の営業終了後に搬出をしなければならない。作品を展示する位置は、図面や写真を元にしている。しかし、どんなに以前と同じ様に展示しようと心がけても、恐らく再展示するごとに、数ミリ単位で位置は変わっている。更に言うと、月〜土まで、別の店舗が使っていたという痕跡が残り、場所に記憶が刻まれる。絶えず展示空間が微妙に変化を遂げているわけだ。
壁紙を剥がしたまま塗装されてない壁は、まだらで薄い生成り色をしている。以前はあったであろう壁紙の残した跡が、そこに壁紙があったことを雄弁に物語っている。置いてある机や椅子、照明といった調度品はこの場所のオーナーが買い付けてきたアンティークで、入っている店舗が自由に使うことができる備品だ。それらには、全く別の場所で使われていた古い記憶が宿っている。スペースの箱自体に様々な記憶が交錯し、住み着いているのだ。

そういった特徴的なギャラリー Open Letterで開催されている「Memories / Things」展の入口脇には、次のような言葉が掲示されている。

個人の記憶、集団の記憶、社会の記憶。
モノの記憶、場所の記憶、時間の記憶。
私たちは常に、様々な外部の記憶とつながりながら、自身の記憶を想起し、それを頼りに過去から現在における自分の立ち位置、そして未来の可能性を定めようとします。
そして、記憶は定位ではなく、ゆれ動く日常の中で、そのかたちを変えていきます。
本展で紹介する3作家の作品は、いずれも見る人の記憶をゆるやかに揺り起こし、その輪郭を溶かしていく、そういった作品だと思っています。
そこにある記憶と、ここにある記憶がむすびつく。そこから生まれるなにか。
そんな感覚を本展を通して感じていただければ幸いです。

まさにそれぞれの作品や空間が携えている記憶が、この展示会場でめぐり合い溶け合っている。
記憶の曖昧さやその輪郭の不確かさを投げかけつつも、今目の前にある現在を平明に見せてくれるだろう。
「Memories / Things」展は、‪3‬月27日(日)まで。場所は渋谷駅南口より徒歩5分。
オープンは日曜日のみ、12〜19時開廊。

Open Letter : Memories / Things (Co-curated with torch press)
http://openletter.jp/exhibitions/exhibition_memories_things/

Kyo Yoshida

Kyo Yoshida

東京都生まれ。2016年より出版社やアートメディアでライター/編集として活動。