公開日:2019年3月28日

三菱一号館美術館「ラスキン生誕200年記念 ラファエル前派の軌跡」展フォトレポート

ヴィクトリア朝における英国美術の立役者、批評家ジョン・ラスキンを切り口に約150点の作品を堪能

東京・丸の内の三菱一号館美術館では、「ラスキン生誕200年記念 ラファエル前派の軌跡」展が開催中だ。ラファエル前派同盟とは、1848年にダンテ・ゲイブリエル・ロセッティとその同級生らによって結成された英国初の前衛芸術家集団(ラファエロ以前の時代に戻ろうとする反アカデミズム集団)のこと。またラファエル前派か、と思うことなかれ。今回は、19世紀イギリスを代表する批評家ジョン・ラスキン(John Ruskin, 1819-1900)の生誕200周年を記念する企画展で、ラスキンとの関わりの中でのラファエル前派、ひいては19世紀の英国美術というものをクロノロジカルに概観できる珍しい構成となっている。

第2章「ラファエル前派」の展示風景
第2章「ラファエル前派」の展示風景
左の作品は、ウィリアム・ホルマン・ハント《甘美なる無為》1866年、油彩・カンヴァス

1851年にラファエル前派を痛烈に批判した作家チャールズ・ディケンズに応答する形で、ラスキンは『タイムズ』紙で彼らを擁護する批評を執筆した。以降、ラスキンはラファエル前派にとってのよき理解者であると同時に、彼の芸術理論がラファエル前派にとっての精神的な支柱となる。そうした理由から、ラファエル前派を語る際にラスキンは欠かせない存在として知られている。けれども本展では、最初の展示室はイギリスを代表する風景画家J.M.W. ターナーとラスキンの関係から始まる。

 

Ⅰ ラスキンとターナー

ジョゼフ・マラード・ウィリアム・ターナー《カレの砂浜――引き潮時の餌採り》1830年、油彩/カンヴァス、68.6×105.5cm、ベリ美術館 ©Bury Art Museum, Greater Manchester, UK

ラスキンの批評家としての活動は、ターナーから始まった。1843年、24歳のラスキンは著書『現代画家論』(史料として第二版が実際に展示されている)の第1巻を発表して一躍有名になる。この『現代画家論』こそ、大胆かつ荒々しい筆致で非難を浴びていたターナーの積極的な評価に与したラスキンの代表作である。「ターナーがあなたを眩惑させるという理由で、なぜあなたはターナーを責めるのか」(ジョン・ラスキン著、内藤史朗訳『芸術の真実と教育ー近代画家論・原理編Ⅰー』法蔵館、p.174)、「ターナーほど純粋な色彩の使用において慎重で控え目な画家は現存しない」(同上、p.176)と述べるように、ラスキンはターナーを高く評価していた。本展監修者の美術史家クリストファー・ニューオル氏も自信を持って傑作だというターナー作《カレの砂浜――引き潮時の餌採り》では、色彩の効果によって海と空が溶け合うような抽象性を帯びながらも静謐な情景がみとめられる。
装丁全5巻中、3巻まで日本語に翻訳されている
装丁全5巻中、3巻まで日本語に翻訳されている
ジョン・ラスキン『現代画家論』第2版、1892年刷

また、ラスキン本人による素晴らしいデッサンと水彩画が多く揃っていることにも注目したい。描くことを通じて、彼らが自然とどのように向き合っていたのか、あるいはラスキンがターナーのどういった点に共鳴していたのかを垣間見ることができるだろう。

ジョン・ラスキン《モンブランの雪――サン・ジェルヴェ・レ・バンで》1849年、鉛筆、水彩、ボディカラー、25.1×38.4 cm、ラスキン財団(ランカスター大学ラスキン・ライブラリー) ©Ruskin Foundation (Ruskin Library, Lancaster University)
手前に見えるのは、スコットランド高地を流れる川の岩石を描いたもの。ジョン・ラスキン《片麻岩の習作ーーグレンフィンラスで》1853年

 

Ⅱ ラファエル前派同盟 / Ⅲ ラファエル前派周縁

ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ《ウェヌス・ウェルティコルディア(魔性のヴィーナス)》1863-68年頃、油彩/カンヴァス、83.8×71.2 cm、ラッセル=コーツ美術館 ©Russell-Cotes Art Gallery & Museum, Bournemouth
第2章および第3章は、本展の核といえよう。ハント、ロセッティ、ミレイなどラファエル前派同盟を代表する画家の作品がずらりと並ぶのは壮観だ。
ここでは、ラスキンが1857年に発表した『素描論』の影響下で「自然に忠実に」を目標に掲げたラファエル前派のリアリズムにぜひ注目してほしい。極度に理想化されることのない人間らしい表情や、画面の隅々にいたるまでピントが合っている精緻でクリアな表現によって彼らの思想を体現している。
「緻密な自然観察」と「主題の誠実な描写」というラファエル前派の思想が次第に広く受け入れられ、1960年代に入ると徐々にその裾野を広げてゆく。主題を持たない「芸術のための芸術」を追求する欧州大陸由来の運動(唯美主義)に接近しはじめ、作風が多様化するのも興味深い。

ジョン・エヴァレット・ミレイ《滝》1853年、油彩・板

チョークやパステル、ペン画が並ぶ第2章「ラファエル前派同盟」の展示風景
チョークやパステル、ペン画が並ぶ第2章「ラファエル前派同盟」の展示風景

第3章「ラファエル前派周縁」にて
第3章「ラファエル前派周縁」にて
手前に見えるのは、ジョージ・フレデリック・ワッツ《オルペウスとエウリュディケー》1870年頃

 

Ⅳ バーン=ジョーンズ / Ⅴ ウィリアム・モリスと装飾芸術
第4章、第5章ではラファエル前派に影響を受けた若い世代、いわゆるラファエル前派第二世代と呼ばれる人物たちにフォーカスする。ラファエル前派に感銘を受けたバーン=ジョーンズはロセッティに弟子入りし、その後1853年にオックスフォード大学で生涯の友人となるウィリアム・モリスと出会った。モリス・マーシャル・フォークナー商会(モリス商会の前身)を設立し、しばしば共同制作に取り組んだ二人はともにラスキンから多くを学んでいる。

バーン=ジョーンズはラスキンからイタリアのオールド・マスターの作品を素描して研究することを勧められ、その結果ミケランジェロを彷彿とさせる力強い身体を描くようになる。他方モリスは、ラスキン著『ヴェネツィアの石』の第2巻第6章「ゴシックの本質」(モリスの序文付きの「ゴシックの本質」が史料として展示されている)で説かれていた「労働における人間の喜びの表現としての芸術」理念に触発されて「生活と芸術の一致」を第一とするアーツアンドクラフト運動へと発展させる。またしてもラスキンの思想が作家の芸術観に本質的な影響を与えたのだった。

第4章「バーン=ジョーンズ」にて
第4章「バーン=ジョーンズ」にて
左の作品は、エドワード・バーン=ジョーンズ《マーク王と美しきイズールト》1862年、水彩。右の作品は、エドワード・バーン=ジョーンズ《金魚の池》1861〜62年、グアッシュ・アラビアゴム・紙

第5章「ウィリアム・モリスと装飾芸術」にて
第5章「ウィリアム・モリスと装飾芸術」にて
モリス商会《3人掛けソファ》1880年頃、奥に見えるのはモリス商会によるシルク刺繍の《チェリー》

J.M.W. ターナー、ラファエル前派、ウィリアム・モリス。どれも単体で企画展が組めてしまうほど有名かつ濃密で、多くの人々に愛されている芸術だ。だからこそ、従来の展覧会では彼らをバラバラに鑑賞する機会が多かったのではないだろうか。本展にはラスキンやラファエル前派を介して、風景画家のターナーとアーツアンドクラフト運動のモリスという一見繋がらない点と点がぐっと近くなるおもしろさがある。

■開催概要
「ラスキン生誕200年記念 ラファエル前派の軌跡」展
会場:三菱一号館美術館
会期:2019年3月14日(木) 〜 6月9日(日)
開館時間:10:00 〜 18:00(祝日を除く金曜、第二水曜、4月6日、6月3日 〜 7日は21:00まで)
休館日:月曜休館(ただし、4月29日、5月6日、6月3日と、トークフリーデーの3月25日、5月27日は開館)
入館料:一般1700円、高校・大学生1000円、小・中学生無料
https://mimt.jp/ppr/

 

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伊藤結希

いとう・ゆうき

伊藤結希

いとう・ゆうき

執筆/企画。東京都出身。多摩美術大学芸術学科卒業後、東京藝術大学大学院芸術学専攻美学研究分野修了。草間彌生美術館の学芸員を経て、現在はフリーランスで執筆や企画を行う。20世紀イギリス絵画を中心とした近現代美術を研究。