公開日:2022年4月17日

池田亮司、国内13年ぶりの個展が開幕。見どころは視覚・聴覚を刺激する作品と建築空間のコラボレーション

弘前れんが倉庫美術館で池田の近作・新作を一挙公開。「記憶の継承」を掲げる美術館と共鳴する作品たち。

会場風景より、メインの展示となる大型作品《data-verse 3》(2020)

池田亮司はアーティストであるが、原点はミュージシャンである。現在はパリや京都を拠点に国際的に活動。電子音楽の作曲を起点に、音やイメージ、物質、物理現象を、テクノロジーを用いて表現する。2000年以降はデータを主題とした手法を模索し、DNA情報や素粒子などの化学領域の要素を取り入れた作品を発表し、見る者・聞く者の存在を包み込む没入型のライブ・パフォーマンスを特徴とする。その大規模な個展が4月16日から8月28日まで弘前れんが倉庫美術館で開催中だ。

会場風景より、《data.scape [DNA]》(2019)

池田の国内での大規模な個展は、2009年に東京現代美術館で行った「+/- [the infinite between 0 and 1]」以来、じつに13年ぶり。その間、パーク・アベニュー・アーモリー(ニューヨーク、2011)、ポンピドゥー・センター(パリ、2018)、Eye Filmmuseum(アムステルダム、2018)、台北市立美術館(2019)、180 The Stand(ロンドン、2021)など世界各地で個展を開催している。

全長13mの《data.flux [n°1]》(2020)

本展の会場である弘前れんが倉庫美術館は、コロナ禍の2020年に開館したばかりの青森県弘前市の新しいアートスポット。「記憶の継承」をコンセプトに明治・大正期に建てられた酒造工場をリノベーションした。

青森県弘前市の新たなアートスポット「弘前れんが倉庫美術館」

個展を開くにあたり、池田は弘前れんが倉庫美術館へ下見に訪れたという。池田はそのデータをもとに展示作品を提案。学芸員とともに進めていくなかで、現在の個展に仕上がった。メインの会場は高さ15mの吹き抜けの大空間で、鉄骨構造とコールタールを生かした壁面は当時の建築の特性を残した美術館となっている。池田作品はその大空間をフルに使った。とくに、池田の近作では集大成とも言える大型プロジェクション作品《data-verse 3》は日本初の展示。見たものしか感じることができない作品体験となっている。

会場風景より、メインの展示となる大型作品《data-verse 3》(2020)

作品の見どころは「自由に感じること」

会場では8つの作品を展示する。8つの作品展示といっても、その区切り方が正しいのか、それすらもわからない。池田本人も「作品体験に答えという考えがない」といったコメントがあった。池田の作品は鑑賞というものではなくまさに体験に近い。人それぞれの感じ方があって良いのだという。

冒頭に展示される作品《point of no return》(2018) 撮影:浅野豪

滅多にインタビューに応じることがない池田は本展の質疑応答に対応した。作品を「アートをコンポーズ(作曲)する」といった言葉で説明したうえで、「私が語るより作品を見てもらうことがいちばん。作品の完成は我々が半分を作り、残りの半分は実際に見た人が感じたこと。私の言葉によってその受け取り方の自由を奪いたくない」と語る。ミュージシャンらしい表現である。

会場風景より《exp #1》《exp #2》《exp #3》《exp #4》(2020-22)

事実、説明するより体験したほうが良い。本展の冒頭に展示する黒円は、《point of no return》と呼ばれる作品で、その中心に光の波紋のようなものが繰り返し、なんらかの法則性をもって繰り返されている。その裏側では強い光が中心に当たり、表裏一体の光と影を表現しているようだ。会場に響く音は視覚情報と共鳴し、外界から隔たれた空間への入口を体験する。

会場風景より、《point of no return》(2018)の裏側

床面へのプロジェクション作品《data.tecture [n°1]》は、その作品の中に足を踏み入れることができ、無数の座標ポイントを押し寄せる波のように体験できる。しかし、こういった説明もまた無粋なのかもしれない。

会場風景より、実際に作品の中に入ることができる《data.tecture [n°1]》(2018)

美術館建築と共鳴を体験する

本展では作品の写真撮影だけでなく、動画の撮影も自由。不思議なもので、実際に目で見た作品と撮影した写真や動画がまるで違うもののように見える。こういった人それぞれの切り取り方で写真や動画にすることも作品体験のひとつではないだろうか。また、展示最後には池田の過去の音楽作品の視聴や活動記録を閲覧できるアーカイブ&リスニングスペースを設置しているため、池田を初めて知る人にも作品の魅力に近づける機会となっている。

アーカイブ&リスニングスペース

現代アートの新しいスポット「弘前れんが倉庫美術館」。約100年残る煉瓦倉庫が生まれ変わった美術館の空間が、池田のダイナミックでジェネラティブな作品と共鳴する。古き場所で現代のインスタレーションを展示するのだから、可能性を感じずにはいられない。青森県弘前市という地方都市にある美術館だからこそ実現できる体験をぜひ現地で感じてほしい。

工藤健

くどう・たける 青森に移住した埼玉出身のライター。インタビューを中心に地域の情報やニュースを発信する。サブカル要素多め。自称りんごジャーナリスト。