会場風景より、三上晴子+市川創太《gravicells—重力と抵抗》 (2004/10) 撮影:編集部
東京・初台のNTTインターコミュニケーション・センター [ICC] で、企画展「知覚の大霊廟をめざして──三上晴子のインタラクティヴ・インスタレーション」が開催される。会期は12月13日~2026年3月8日。企画担当は、指吸保子(NTTインターコミュニケーション・センター [ICC] 学芸員)。

2015年に急逝したアーティスト、三上晴子(みかみ・せいこ、1961〜2015)。その没後10年という節目に開催される本展は、1990年代後半以降に制作されたインタラクティヴ・インスタレーションを複数展示し、メディア・アート的側面から三上の活動を振り返るもの。大型インスタレーション作品3点が同時に展示されるのは、国内外でも初の試みとなる。
三上は1980年代半ばに鉄のジャンクを用いた作品を発表し、一躍時代の寵児となった。その後コンピュータや身体、免疫といったテーマへと関心を移し、1992年から2000年まではニューヨークを拠点に活動。1995年からは知覚によるインターフェイスを中心とした作品を発表するなど、約20年にわたりメディア・アートのシーンで活動した。また2000年からは多摩美術大学にて教鞭をとり、後続世代のアーティストにも大きな影響を与えている。

2015年の急逝を機に、近年は4作品が東京都現代美術館に収蔵されるなど、再評価の機運が高まっている三上。しかし大規模かつ複雑な構造を持つインタラクティヴ作品は、再展示の機会が限られてきたという。そんななか、本展ではそうしたインタラクティヴが複数展示されるという貴重な機会となる。
これまで三上作品は委嘱元である山口情報芸術センター [YCAM] や当時の作品制作関係者によって、修復や一部再制作が行なわれてきた。またYCAMと多摩美術大学の共同研究により、作品だけでなく鑑賞者の作品体験データやその他の資料の保存に関して研究が進められてきた。こうした様々な試みが本展を支えている。
三上晴子+市川創太《gravicells—重力と抵抗》 (2004/10)は、6m四方のフロアに鑑賞者が足を踏み入れることができる体験型のインスタレーション。複数の人が自由に歩き回ることで起こる変化が、リアルタイムで画像・音・光へと変換され、互いに関係しながら空間全体を変えていく。普段はあまり気にしていない重力の存在を感じることで、自らの身体や知覚をとらえなおす機会になるだろう。

《Eye-Tracking Informatics》 (2011/19)は、知覚のなかでもとくに「視覚」にフォーカスした作品。体験者がウェアラブルデバイスを装着すると、その視線が視線入力装置によって感知され、その視線が仮想の3次元空間内に生成され可視化される。「視ることそのものを視る」というコンセプトの作品だ。

お次は「聴覚」に新たな方法で迫る作品。《存在,皮膜,分断された身体》(1997)は、音の反響のない特殊な空間である「無響室」に体験者が入り、そこで身体の奥から発生する自身の体内音とスピーカーから流れてくるリアルタイムに増幅された体内音の2つの音のズレを体感するというもの。「知覚による建築」として制作された作品だ。本来は体験者自身の心拍音で体験できるよう作られたが、2000年を最後に展示がされてこなかった本作は現在調査中。今回は、三上の心拍音によるサウンド・インスタレーション版の再現展示が行われている。
なお、ICCの象徴的な空間として親しまれている無響室だが、もともとこの三上の《存在,皮膜,分断された身体》のために設置されたという経緯がある。本展はICCが1997年4月に開館した際に、常設展示としてアーティストらに委嘱制作された10作品のうちのひとつだ。
本展でもっとも大規模なインタラクティヴ・インスタレーションは、《欲望のコード》 (2010/11)。「現在の情報化された環境と知覚に生きるわたしたちの新たな欲望とはなにか」という問題意識から制作された本作は、システムによる監視がひとつのテーマ。たとえばAmazonなどのオンラインサイトで、閲覧や購入履歴をもとにまた別の商品をサジェストするアルゴリズムもモチーフになっている。「15年前に発表された作品だが、これまでのあいだに生成AIの発展や、監視社会がさらに進んだことを考えると、本作の問題意識はいまだからこそ我々を切実に引き付けるものがある」と学芸員の指吸。

本作は3つの要素からなるが、最初の「蠢く壁面」の前で自分が動くと、センサーと小型カメラを搭載した90個の装置がザザッとこちらを追ってくる。そのゾワゾワ感はぜひ身をもって体験してほしい。6基のロボット・アームから成る「多視点を持った触覚的サーチアーム」、虫の複眼のような巨大円形スクリーン「巡視する複眼スクリーン」といったほかの2つの要素と合わせて、情報技術と人々の欲望の交わりについて考えさせられる。
《Eye-Tracking Informatics》 《存在,皮膜,分断された身体》は体験できる人数に限りがあるため、無料の事前予約制となっている。公式サイトを確認したうえで、ぜひ会場を訪れてほしい。
また、Tokyo Art Beatでは、三上晴子と本展の魅力に迫るインタビュー記事を制作中。こちらもぜひお楽しみに。
福島夏子(Tokyo Art Beat編集長)
福島夏子(Tokyo Art Beat編集長)