公開日:2023年9月14日

ソウルと東京のアートシーンの決定的な違いは? フリーズ(Frieze Seoul)とキアフ(Kiaf)、活況のアートウィークから見えてきたこと

香港を追い抜き、ソウルはアジアアートシーンの次なる旗手となるか? フリーズとキアフを中心にレポート

フリーズ・ソウルの会場 

お祭りのようなソウル・アート・ウィーク

いま、ソウルのアートシーンが熱い。そんな噂をここ数年各所から聞くことがあり、Tokyo Art Beatのソウルアートガイドからもその充実の様子が伝わるが、今回、フリーズ・ソウルとキアフという2つのアートフェアを中心としたソウル・アート・ウィークを訪れることになり、幸運にもそれを目の当たりにすることができた。ソウル・アート・ウィークは9月1〜10日までで、筆者はそのうち5〜8日滞在。3日間だけではあったが、毎夜どこかのギャラリーではパーティが行われ、ギャラリーは夜間オープンし、各所でアートイベントが行われるなど、「どこかでおもしろそうなアートイベントが必ずやっている」という、お祭りにも似た浮き足立った雰囲気を感じることができた。

Kukje Galleryのパーティでギャラリー前に集う人々 撮影:編集部
2024年春に日本進出するペース 撮影:編集部

フリーズアートフェアは2003年にロンドンでスタートし、ニューヨーク、ロサンゼルスでも開催。ソウルでは去年初めて開催され、今回が2度目となる。キアフは今年21年目を迎える歴史あるフェアで、どちらも現代アートを中心としたフェアだ。

まずは開催初日に訪れたフリーズから、とくに気になったブースや、ギャラリースタッフに話を聞くことができたいくつかのギャラリーのブースを中心に紹介する。

フリーズとキアフの会場はソウル・江南区のCOEX(Convention & Exhibition) 撮影:編集部

フリーズ・ソウルには、アジアの新進ギャラリーからなる「Focus Asia」というセクションがある。今年はそのなかに、いま、ソウルでもっとも勢いのある若手ギャラリーのひとつと言っても過言ではない「Cylinder」の姿があった。黒Tに短パン、タトゥーにという従来のギャラリスト像とは異なる風貌でにこやかにVIPたちと言葉を交わすのは、1991年生まれのディレクター、Dooyong Ro。ロイヤル・カレッジ・オブ・アートで彫刻を学んだアーティストの顔も持つ。

Cylinderのブース。写真右、こちらに向かって説明をする人物がディレクターのDooyong Ro 撮影:編集部
Cylinderのブースより、Sinae Yooの作品

「Cylinder」のブースでは今回、広告やビデオゲームの視覚文化映像やインスタレーションなど多彩な作品を手がけてきたSinae Yooの絵画作品を「ポスト・トゥルース」のコンセプトで紹介。「ポスト・トゥルースというコンセプトは、現代社会においてますます重要性を増しています。客観的な事実が、個人的な信念や意見によって否定される。彼女は、そのことについてのメッセージと、消えつつある今日の崇高さに取って代わるものは何かを問うために祭壇画を再構築しました」とRo。オルタナティブ感あふれる「Cylinder」ブースは正統派ギャラリーが立ち並ぶ会場では圧倒的に若手で異彩を放つが、ソウルアートシーンの勢いを示すように初日の売り上げは「上々」とのことだった。 「Cylinder」は今回の展示で、「Focus Asia」内で優れたブースを展開していたギャラリーに贈られるFocus Asia Stand Prize 2023を受賞。「初の参加でこのような賞をいただけて嬉しい」とコメントしている(*1)。

Yutaka Kikutake Galleryは毛利悠子をプレゼンテーション 撮影:編集部

「Focus Asia」のセクションでは、日本から「Yutaka Kikutake Gallery」が参加し、毛利悠子をプレゼンテーション。毛利は2024年ヴェネチア・ビエンナーレ日本館の展示作家にも選出されるなど、今後ますます国際的な活躍が期待されるが「毛利さんのことをすでに知って訪れてくれる方が多く、知名度の高さを実感しています」とディレクターの菊竹寛。作品は初日にほぼ完売したということで、人気の高さが伺える結果になっていた。

フリーズ・ソウルの様子 撮影:編集部

各ギャラリーがそれぞれの色を打ち出していたフリーズ

2022年のフリーズ・ソウルは、初回ということもあり各ギャラリーが試金石的に王道の作品をプレゼンテーションしていたという見方もあるようだが、今回はその成功を受け、各ギャラリーがよりそれぞれのギャラリーの特色を打ち出した展示になっていたようだ。

「韓国では美術館や個人コレクターも増えていて、その勢いを目の当たりにしています。また、今年はパンデミックから脱した最初の年でもあるので、多くの外国人観光客やコレクターが訪れて、コミュニケーションを取りながら一緒に時間を過ごしています」と、「デヴィッド・ツヴィルナー」スタッフのヴィクトリア・クン。

フリーズ・ソウルより、デヴィッド・ツヴィルナーのブース 撮影:編集部

ニューヨーク、ロンドン、香港、パリに拠点を持つメガギャラリーの「デヴィッド・ツヴィルナー」は、草間彌生、キャサリン・バーンハート、マンマ・アンダーソンの3名の女性アーティストにフォーカス。歴史的な作品を集めた小さなキャビネットでは、ジョセフ・アルバース、ゲルハルト・リヒター、ドナルド・ジャッドらの作品が。「彼らはアジアや韓国の芸術とも非常によく共鳴しています」とクン。

デヴィッド・ツヴィルナーのブースより、草間彌生の作品 撮影:編集部

日本のアートフェアにあってフリーズ・ソウルになかったもの

フェアの開催地ではいまどんなアーティストが人気か、それを知られるのもフェアの醍醐味だ。1980年代後半にヤング・ブリティッシュ・アーティストの活躍をサポートし、2003年に行われた初開催のフリーズの選考委員に務めたセイディ・コールズ。そのコールズがディレクターを務める「Sadie Coles HQ」もフリーズ・ソウルに参加し、ウーゴ・ロンディノーネにフォーカスしたプレゼンテーションを行っていた。ロンディノーネといえば「あいちトリエンナーレ2019」のピエロのインスタレーション《孤独のボキャブラリー》も記憶に新しいが、BTSのRMがロンディノーネの作品をコレクションしていることからも、韓国では大きな人気があるという。今月末にテート・ブリテンで大規模な回顧展を開催するサラ・ルーカスの彫刻作品もあわせて展示されていた。

Sadie Coles HQのブース 撮影:編集部
Sadie Coles HQのブースより、ウーゴ・ロンディノーネの作品

ディレクターのコールズは「このフェアは、私のようなギャラリーにとっては歴史的なものから新しいものまで、韓国のアーティストの作品を見るのにとても良い場所なのでリサーチとしてとても興味深く、私にとって大きなメリットがあります。フェアだけではありません。韓国の各地の美術館でもコレクションや自国の美術史について本当に素晴らしいプレゼンテーションを行っていて、とても勉強になります」と話す。

Kukje Galleryのブース 撮影:編集部

現地のギャラリーはどのようなアーティストをプレゼンテーションしていたか。その一例として、韓国現代美術ギャラリーの大家、「Kukje Gallery」を紹介したい。同ギャラリーはアニッシュ・カプーア、ジャン=ミシェル・オトニエルら誰もが知るアーティストの作品とともに、1970年代に隆盛した韓国の美術動向「単色画」を代表する朴栖甫(パク・ソボ)、河鍾賢(ハ・ジョンヒョン)や、韓国の抽象画を牽引したイ・スンジオといった大物作家、パク・ソボに絵画を学んだ47年生まれのキム・ヨンイク、立体作品を手がける1981年生まのイ・カンホ、水戸芸術館で個展経験もあるヂョン・ヨンドゥ、ソウルを拠点に、絵画からインスタレーションまで多彩に手がける77年生まれの女性作家Suki Seokyeong Kangなど、自国の作家を幅広く紹介している。ギャラリーのブースで各作家のバックグラウンドを調べるだけでも、韓国現代美術の葉脈を少し垣間見ることができるはずだ。

Kukje Galleryのブース 撮影:編集部

会場でも一、二を競う来場者で賑わっていたのは天下のメガギャラリー、「ガゴシアン」。ディレクター二人にコメントを求めるも「今日はプレス対応を行っていない」の一点張り。 顧客第一主義の「ガゴシアン」のプロフェッショナルな対応は首尾一貫していると言えるだろう。

ガゴシアンのブース 撮影:編集部

さて、日本のアート関係者と話すなかで話題になったのが、フリーズ・ソウルにおけるストリートアート作品の少なさ。たとえば、7月に横浜で行われた現代アートのフェア「東京現代(Tokyo Gendai)」では多数のストリートアートが展示されていたが、フリーズ・ソウルではほぼ見当たらず、その代わりにどちらかというと“正統派の現代アート”と呼べるような作品や、韓国アート界をかたち作ってきた作家にフォーカスされていた。前述のウーゴ・ロンディノーネや単色画の作家もBTS・RMのお気に入りだが、コロナ禍で急増した新たな韓国コレクターのムードは、じつは少なからずRMの影響があるのかもしれない。(*2)

フリーズ・ソウルの様子 撮影:編集部

過去最大の入場者数となったキアフ

去年は別会場だったが、今年は同会場で行われたフリーズとキアフ。キアフは今回、去年の164ギャラリーから大幅にパワーアップし今回は約210ものギャラリーが参加。そのうち韓国から約130のギャラリーが参加している。フリーズと比較して気づいた違いとしては、キアフにはフリーズよりさらに絵画作品の割合が多く見えたこと、イラストを基調した絵画がいくつか目についたこと、日本の作家の作品をプレゼンテーションする韓国のギャラリーも複数あったこと、若手の作品を多く見ることができたことなどだ。また、韓国ゆかりのアーティストとして、ナム・ジュン・パイク作品をいくつか見られたことは個人的に嬉しい収穫だった。

キアフの展示会場 撮影:編集部

キアフで展示されていたナム・ジュン・パイクの作品 撮影:編集部

キアフのクロージングレポートによると、キアフは5日間の会期で過去最大となる約8万人の来場があったそうだ。またセールスレポートによると、「Gallery Hyundai」で展示されていたライアン・ガンダーの作品は2〜9万ポンド(約367〜1600万円)で8作品が完売。日本からサテライトフェアのKiaf PLUSに参加した「biscuit gallery」からは、山ノ内陽介の作品が1000〜3000ドル(約15〜45万円)でソールドされていた。コレクター目線に立つと、これほど価格の開きがあるなかなから購入可能なお気に入りの作品を見つけることもフェアの醍醐味と言えるかもしれない。

多くの人が訪れていたGallery Hyundaiでのライアン・ガンダーのプレゼンテーション 撮影:編集部
多くの人が訪れていたGallery Hyundaiでのライアン・ガンダーのプレゼンテーション 撮影:編集部

「日本のアート界は小さく保守的に見える」

韓国におけるコレクターの増加、作品の受容についてはどのような状況なのか? ソウルを拠点に、約10年にわたって継続的にキアフに参加してきた「The Page Gallery」アソシエイトディレクターのIlwoo Huhは、「本当に加速度的にマーケットの規模が成長しているけど実感がわかないというのがいまの気持ちです。ただ、この状況が、一部のお金持ちだけではなく普通の人々でもコレクターになれるのではないかというような雰囲気を作り出しているので、それはいいことかもしれません」と話す。

The Page Galleryのブース 撮影:編集部

「The Page Gallery」のブースでは、韓国の伝統的な陶磁器を現代アート作品に転化させたシリーズで知られるイ・スギョン、Jeomsoo Na、単色画の画家Choi Myoung Youngなどを紹介。韓国人アーティストのキャリアを発展させるとともに、韓国の人々に国際的アーティストを紹介することで、韓国の芸術をよりアップデートすることを使命とする「The Page Gallery」。「若い韓国人アーティストのためにもっと面白いスペースにしてきたい」とHuh。

LKIF galleryのブースより、hinの作品 撮影:編集部

こうしたフェアでは、大きくフォーカスされることのない新たなギャラリーを知られることも楽しい。2019年にオープンした、新進作家を紹介する「LKIF gallery」のブースを訪れると、日本のアーティストであるhinの作品が2点並んでいた。このことについてギャラリースタッフに話しかけると「hinを知ってるんですね。日本ではどのくらい有名なんですか? いまどんなアーティストが人気ですか?」と、日本のアートシーンについての質問があった(どのブースでも、日本出身であることを話すと「この作家は知ってますか?」と話しかけかられることが多かった)。その話の延長で、日本のアートシーンの印象を聞いてみると「日本のアート界は小さく保守的に見える」というあけすけな回答が返ってきた。

キアフの会場風景 撮影:編集部

ソウルと日本はどのような決定的な違いがあるのか?

今回フリーズ・ソウルに参加したSCAI THE BATHHOUSEの白石正美は、1980年代より韓国と仕事をしてきた人物でもある。白石はソウルアートシーンの様子を次のように語る。

「やはり韓国自体がアートに対するサポートがすごい。とくに現代美術に関して政治的にも社会的にも成熟してるから西洋のギャラリーが来たがる理由がわかりますよ。韓国に来るのは7年ぶりくらいだけど本当に変わった。前はこんなにギャラリーもたくさんなかったし、いまは元気ですよ。Kukje Galleryのアニッシュ・カプーア展を見ればわかるけど、ギャラリーが美術館以上のことをやってるんです。それはなぜなら社会にアートや文化を支える力があるからで、韓国の現代美術に日本は追いつこうとしても追いつかないかもしれない。あと、東京とソウルは向いている方向が違うかもしれませんね。ソウルはアートマーケット、東京はアートイベント。どちらがいいか悪いかはわかりませんが、ソウル、韓国のほうが力が集約されている感じがしますね」。

フリーズ・ソウルより、SCAI THE BATHHOUSEのブース 撮影:編集部

ここで白石の言う「アートに対するサポート」は国が文化に費やす金額からも自明だ。2019年度時点で、日本は国家予算約101兆のうち文化支出は1167億円、韓国は国家予算約26兆のうち文化支出は3015億円。国家予算は日本のほうが3倍も上回っているにも関わらず、文化予算は韓国のほうが3倍上回っている(*3)。

そうした数字がそのまま活気として気化したかのように、韓国のフェアやアートイベントでは勢いを感じることが多かった。日本のアートイベントよりも圧倒的に若者が多かったのも、活気の一助となっていた。

Kukje Galleryのアニッシュ・カプーア展 撮影:編集部

アジアアートシーンの次なる旗手となるか

アートウィークの期間中にはフリーズ、キアフ、ギャラリーのパーティのほか、梨泰院(イテウォン)という人気エリアで今年始まった新フェア「Our Week」も開催。約30のギャラリーがオルタナティブな雰囲気溢れる会場で仕切りのないで状態で作品をプレゼンテーションし、パーティ、パフォーマンス・アート、上映プログラムも展開されるというスタイル。「ケーニッヒ・ソウル」からは塩田千春の作品が出品されていた。

Our Weekの会場 撮影:編集部
Our Weekの会場 撮影:編集部

今回のフリーズとキアフの成功を受け、来年はさらなる盛り上がりが期待されるソウルは、香港を追い抜きアジアアートシーンの次なる旗手となるか? 世界のマーケットは一時期の過熱を経て徐々に落ち着きを見せているということ、そしてソウルは香港には遠く及ばず発展途上だという読み(*4)もあるが、そうした記述だけで勢いを判断するのは時期尚早かもしれない。日本からは飛行機で2時間、実際のシーンを間近に見てこそ知り得ることがあるので来年のアートウィークを訪れてみてはいかがだろう。

フリーズ・ソウルの会場 撮影:編集部

*1──https://www.frieze.com/article/tina-kim-gallery-and-cylinder-awarded-2023-frieze-seoul-stand-prizes
*2──Apollo Magazineでも「Ropac sees a connection between these cultural figures – RM is vocal about his support of the arts and BTS have included promoting visual art and exhibitions as part of their activities – and young collectors: ‘There’s a young generation of collectors and K-Pop was very influential to this,’ he says. ‘The collectors are much younger and they are educated and this is what is so interesting.’」として同様の記述があった。https://www.apollo-magazine.com/frieze-seoul-report-2022/
*3──令和元年度『諸外国における文化政策等の比較調査研究事業報告書』よりhttps://www.bunka.go.jp/tokei_hakusho_shuppan/tokeichosa/pdf/92178301_02.pdf
*4──「Some art experts are still hesitant about Seoul replacing Hong Kong as the center of the Asian art market hub. Undoubtedly, Hong Kong is undergoing a difficult period, but its market size remains substantial in the global art market. 」https://k-artnow.com/after-the-inaugural-frieze-seoul-what-barriers-should-the-korean-art-market-overcome/

野路千晶(編集部)

野路千晶(編集部)

Editor in Chief