公開日:2024年2月24日

「中平卓馬 火—氾濫」(東京国立近代美術館)レポート。ラディカルを求め、実作と理論の両面から挑発を続けた写真家の軌跡

2015年の没後初となる大規模な回顧展。初期から晩年まで約400点の作品・資料を通して、中平の写真をめぐる思考と実践の軌跡をたどる

会場風景より、《キリカエ》【「キリカエ」展出品作】(2011) 撮影:筆者

戦後日本を代表する写真家のひとりである中平卓馬。『PROVOKE』誌などに発表した「アレ・ブレ・ボケ」の表現や、評論集『なぜ、植物図鑑か』における自己批判的な視点に見られるように、実作と理論の両面において大きな足跡を残した写真家の、2015年の没後初となる大規模な回顧展、中平卓馬「火―氾濫」東京国立近代美術館で4月7日まで開催されている。

会場風景より、森山大道が撮影した中平卓馬のポートレイト(1968頃) 撮影:筆者

展示の冒頭は、「1章 来たるべき言葉のために」。編集者だった中平は雑誌などで写真家・東松照明らの撮影を担当したことなどがきっかけとなり、写真への関心を高め、1965年には出版社を退社して写真家に転身した。雑誌を中心に撮影を行い、また批評家としても活動を続けた中平は、美術評論家の多木浩二と発案し、写真家の高梨豊、詩人の岡田隆彦を加えて同人誌『PROVOKE』を1968年に創刊。第2号から森山大道もメンバーに加わり、粒子が粗くピントが合わない不鮮明な画面の写真群が、センセーションを巻き起こした。創刊に際して、中平は写真家として「既にある言葉ではとうてい把えることのできない現実の断片を、自らの眼で捕獲してゆくこと、そして言葉に対して、思想に対して幾つかの資料を積極的に提出してゆくこと」(展覧会場パネルより)を目指した。

そして1970年11月、中平初の写真集のタイトルを出版するのだが、そのタイトルが『来たるべき言葉のために』だ。1967年から70年にかけて『PROVOKE』誌などで発表された写真作品、岡田隆彦による論考「風景について」が収録されている。

会場風景より、『来たるべき言葉のために』(風土社、1970) 撮影:筆者

会場風景より、『来たるべき言葉のために』(風土社、1970)。写真集に収録された写真をスライドショーで上映 撮影:筆者
会場風景より、寺山修司「街に戦場あり」。1966年に週刊誌『アサヒグラフ』(朝日新聞社)で16回にわたり連載されたピクチャー・エッセイで、寺山修司は中平と森山大道を起用。ふたりが雑誌で競作する初めての機会となった 撮影:筆者

会場風景より、「青い空をかえせ!—大気をむしばむ“白いスモッグ」(写真:森山大道・中平卓馬)『アサヒグラフ』1967年3月24日号(朝日新聞社、1967) 撮影:筆者

会場風景より、『Provoke』3号 1969年8月(プロヴォーク社) 撮影:筆者

おもに雑誌や写真集で発表された中平の仕事を振り返るべく、プリントはもちろんのこと、オリジナルの誌面の多くが集められ展示されている。光化学スモッグのような公害問題を取り上げた週刊誌の記事に、中平と森山大道の写真が使用されていたという事実からは、当時の出版業界がいかにラディカルなものを受け入れ、社会にメッセージを発信しようとしていたかが伝わってくる。

また中平は、編集者であった背景も関係するのだろうと推測できるが、写真のイメージを伝える方法に意欲的であり、1969年の第6回パリ青年ビエンナーレ写真部門に参加した際にも、当時の標準的な写真の展示方法であったパネル貼りの写真印画ではなく、グラヴィア製版による印刷物の出品という形式を採択した。

会場風景より、いずれも《夜》(1969) 第6回パリ青年ビエンナーレ出品作品 撮影:筆者

次の「2章 風景・都市・サーキュレーション」は、1971年に開催された第7回パリ青年ビエンナーレ出品作《サーキュレーション—日付、場所、行為》から始まる。コンセプトは、写真によって個人の内面を世界に投影するのではなく、世界の側が個人に与える影響を示すこと。自分が触れるあらゆるものを写真に納め、その日のうちに現像してプリントし、その日のうちに会場に展示することを目指し、その一連の行為も含めて作品とした。写真を組み合わせたインスタレーションであり、同時にパフォーマンスとしての作品制作を連想させる展示となった。

会場風景より、《サーキュレーション—日付、場所、行為》(1971) ※2012年にプリント 撮影:筆者

会場風景より、《サーキュレーション—日付、場所、行為》【シカゴ美術館での再現展示(2017)のためのプリント】(1971) 撮影:筆者
会場風景より、《サーキュレーション—日付、場所、行為》【1971年のオリジナル・プリント】(1971) 撮影:筆者

会場風景より、「地下」(『アサヒカメラ』1970年5月号[朝日新聞社、1970]) 撮影:筆者

会場風景より、「梱包する男 クリスト」(『アサヒグラフ』1970年6月5日号[朝日新聞社、1970]) 撮影:筆者

『3章 植物図鑑・氾濫』へと続く。1973年に刊行された評論集『なぜ、植物図鑑か』と、その翌年に東京国立近代美術館で開催された「15人の写真家」展に出品された作品《氾濫》に由来する。

会場風景より、『なぜ、植物図鑑か 中平卓馬映像論集』(晶文社、1973) 撮影:筆者

自らの初期の写真を否定し、「(写真家が主観的にいだく)イメージを捨て、あるがままの世界に向き合うこと、事物を事物として、また私を私としてこの世界内に正当に位置づけること」ことを目指すべき方向だと宣言。そこに至る表現の軌跡として、1969年以降に雑誌で発表された写真などを集めて展示したのが《氾濫》だ。

会場風景より、《氾濫》【「15人の写真家」(1974)出品作、48点組】(1974) 撮影:筆者

会場風景より 撮影:編集

『なぜ、植物図鑑か』においては、「白日の下の事物(もの)をカラー写真によって捉え、植物図鑑に収めて」いくと宣言しているが、《氾濫》を構成する写真は、都市の断片であり、抽象性すら感じさせる。図鑑のように「白日の下の事物(もの)」をとらえる方法論に至る過程で撮影された写真を用いることで、世界との向き合い方を考える思考プロセスの視覚化をこの作品で試みたのではないだろうか。

会場風景より、「特集・京都(1):信号は赤」(『アサヒカメラ』1974年4月号[朝日新聞社、1974]) 撮影:筆者

会場風景より、表紙写真『近代建築』1974年1月号〜12月号(近代建築社、1974) 撮影:筆者

沖縄のデモで起きた事件で起訴された青年の裁判を支援するために、1973年7月に中平は初めて沖縄を訪れた。それから渡航を重ねるなかで、列島の南西に連なる島々から日本という国の枠組みを問い直すという構想を手にする。「4章 島々・街路」では、沖縄を撮影した写真に加え、近年その存在が確認された「街路あるいはテロルの痕跡」の1977年のヴィンテージプリントなどを展示。1977年9月に急性アルコール中毒で倒れ、記憶の一部を喪失するに至るまでの仕事が集められた。

会場風景より、《奄美》(1975) 撮影:筆者
会場風景より、「町よ!」(『プレイボーイ日本版』より)。小説家の中上健次と中平が旅に出て、その土地を舞台に書き下ろした短編小説と現地で撮影した写真による不定期連載。ふたりは香港、マカオ(1976年4月)、シンガポール(1976年7月)、スペイン、モロッコ(1977年5月)の3度の旅に赴いた 撮影:筆者

会場風景より、《デカラージュ》【ADDA画廊(フランス、マルセイユ)での展覧会(1976)出品作】(1976) 撮影:筆者

会場風景より、「街路あるいはテロルの痕跡」【『現代詩手帖』掲載作の原稿プリント】(1976) 撮影:筆者

展示最終章は「5章 写真原点」。一時は命が危ぶまれるほどの重篤な容体に至った中平だが、数ヶ月の入院で肉体は快方に向かった。記憶の一部を失い、また記憶が持続しないなどの症状が残ったものの、写真家として再起を果たす。昏倒以後、初めて発表された写真が『アサヒカメラ』掲載の「沖縄—写真原点1」。1978年夏に、療養を兼ねて家族と訪れた沖縄で撮影された。

会場風景より、「沖縄—写真原点1」(『アサヒカメラ』1978年12月号[朝日新聞社、1978])より 撮影:筆者

日々自宅の周辺での撮影と暗室作業で制作したプリントが写真集『新たなる凝視』『Adieu à X』にまとめられ、次第にカラーフィルムで縦位置の構図で世界の断片を切り取るなど、「植物図鑑」で宣言した取り組みの実践が継続している様子も読み取れる。

会場風景より、《新たなる凝視》(1978-1982頃)カラー作品は2003年にプリント 撮影:筆者

会場風景より、《Adieu à X》(1983-1989頃) 撮影:筆者
会場風景より、《日常》【「日常」展出品作】(1997) 撮影:筆者

会場風景より、《キリカエ》【「キリカエ」展出品作】(2011) 撮影:筆者

写真家に転身してからも編集者の視点も持ち続け、カメラを携えて理論に裏付けられた実験を重ねた中平卓馬。膨大な点数の写真並びに出版物が集められたこの回顧展では、試行錯誤のプロセスと直感的な瞬発力との双方が中平にシャッターを切らせ、暗室へと向かわせていたことが伝わってくる。ゆっくりと時間をかけて味わいたい展示だ。

会場風景より、森山大道《中平卓馬ポートレイト》【お別れの会(2015)で配られたプリント】(撮影年不詳) 撮影:筆者

中島良平

中島良平

なかじま・りょうへい ライター。大学ではフランス文学を専攻し、美学校で写真工房を受講。アートやデザインをはじめ、会社経営から地方創生まであらゆる分野のクリエイションの取材に携わる。