
『バックルームズ』場面カット © 2026 Backrooms Rights LLC, PC Films, LLC. All Rights Reserved.
蛍光灯に照らされた、人気のない無限の黄色い空間。どこか懐かしさを覚えるいっぽうで、言い知れぬ不気味さに襲われる──そんな「リミナルスペース」のネットミームから生まれた映画『バックルームズ』が公開中だ。撮影開始時19歳だったケイン・パーソンズ監督の長編デビューとなる本作は、A24史上最大のヒット作となった。
舞台は1990年代。家具販売員のクラーク(キウェテル・イジョフォー)は、店のショールームの地下で謎の空間「バックルームズ」を発見する。やがて彼のセラピストであるメアリー(レナーテ・レインスヴェ)もその空間へ足を踏み入れる。そこでは彼らの記憶やトラウマが呼び起こされ、現実とも幻覚ともつかない異様な空間は、次第に悪夢のような世界へと変貌していく。
窓も出口もなく、現実の複製のようでありながら、どこか決定的に異なるバックルームズの空間。その姿は、生成AIが出力する「少しだけ間違った現実」のイメージとも重なる。では、人間を惹きつけ、様々な考察を喚起するバックルームズとは一体なんなのか? AIを「Alien Intelligence(エイリアンの知性)」ととらえ、自ら開発したAIとの協働による制作を行うアーティスト、岸裕真は、「この映画は、ミームのスティル・ライフなのだ」と綴る。バックルームズと生成AIが生み出すイメージの奇妙な一致を起点に、岸が本作を読み解く。【Tokyo Art Beat】
*本記事は、映画の展開や結末に関わる記述を含みます。ネタバレを気にする読者の方は、映画の鑑賞後にお読みになられることをおすすめします。
犬を知らない人に
特徴を伝えて――
絵に描かせたら?
それらしく描けても
正確じゃないImagine describing a dog to someone who’s never seen one before and then asking them to draw it. They might get some things right, you know, but there’s no way they’d get everything right.
クラークの台詞、映画『バックルームズ』より
バックルームズは、2019年に匿名掲示板4chanへ投稿された一枚の写真から始まったミームである。黄色い壁紙と蛍光灯の、誰もいないオフィスのような空間。その謎めいた雰囲気に多くの4chanユーザーが惹かれ、現実の裏側に落ちた者が迷い込む場所、という設定が付加され、広まっていった。そして2022年、当時16歳だったケイン・パーソンズがYouTubeに投稿した短編がバイラルし、匿名掲示板以外でも広く認知されるようになる。本作は、そのパーソンズ本人がA24と組んで撮った長編映画である。
劇中において、主人公のクラークは家具店の地下から、店の続きのような空間に迷い込む。そしてセラピストのメアリーに、その場所を犬の絵に喩えて説明する。この台詞を参照し、英語圏でもフランスでも日本でも、多くの批評家が同じことを書いた。生成AIの出力のようだ、と。ある批評は「不気味の谷のAIハルシネーション(AIの幻覚)」と呼び、別の批評は、いかなる人間の論理もこの空間の設計を司っていないように見えると書いた(*1)。しかしながら、劇中にAIという語は一度も出てこないし、監督のパーソンズは創作に生成AIを使わないと公言している(*2)。それでも、バックルームズの醸し出す魅力的で退廃的な雰囲気と、AIの出力するイメージはどこか似ている、ということを多くの批評家が指摘している。
私は、AIを人間とは異なる知性としてとらえ、自分で開発したモデルと一緒に絵画やインスタレーションを作っているアーティストである。また偶然にも、AIを制作に取り入れたのもバックルームズが誕生した2019年からだった。その立場から、このバックルームズと生成AIの出力するイメージの一致について批評を行う。見立てを先に示しておく。この映画はたしかにAIの幻覚に似ている。だがそれは表層的な、いわばレベル0の類似であって、本質的に同型なのは、AIが自分の出力を食べ続けたときに起こす崩壊のほうである。ただし、この検討を技術論で終わらせるつもりはない。反復がもう人間を必要としない未来がすでにいま・ここにあるとき、それでも人間が作り続けることの意味を、この映画を通じて考えてみたい。