左から、ヴォルフガング・ティルマンス《ザ・コック(キス)》(2002)テート美術館蔵 © Wolfgang Tillmans, Courtesy of Maureen Paley, London; Galerie Buchholz; David Zwirner, New York、ダミアン・ハースト《後天的な回避不能》(1991)テート美術館蔵 Photographed by Prudence Cuming Associates © Damien Hirst and Science Ltd. All rights reserved, DACS/Artimage 2026、サラ・ルーカス《煙草のおっぱい(理想化された喫煙者の椅子Ⅱ)》(1999) テート美術館蔵 © Sarah Lucas. Courtesy Sadie Coles HQ, London
*「特集:YBA 90s英国美術は、いま何を語るのか」──YBA(ヤング・ブリティッシュ・アーティスト)と、それを生んだ90年代という時代を今日の視点で振り返る、Tokyo Art Beatの特集シリーズ。展覧会「テート美術館 ― YBA & BEYOND 世界を変えた90s英国アート」の開催にあわせて、90年代という特異点を、アートにとどまらない現代の多様な視点で見つめ直す。
YBA(ヤング・ブリティッシュ・アーティスト)を中心に、1980年代後半から2000年代初頭の英国アートシーンを再検証する展覧会「テート美術館 ― YBA & BEYOND 世界を変えた90s英国アート」が、東京・六本木の国立新美術館(2月11日〜5月11日)、京都市京セラ美術館(6月3日〜9月6日)で開催される。
ダミアン・ハーストやトレイシー・エミンらに代表されるYBAは、自由な手法と挑発的な表現によって90年代英国美術の象徴となるいっぽう、時に物議を醸した存在でもある。「YBA & BEYOND」展は、そうした時代と表現を、現在の視点から批評的にとらえ直す試みだ。本記事では本展キュレーターのひとりで、テート・ブリテン現代美術部門キュレーターでありテート美術館の国際プログラムにも携わるヘレン・リトルにインタビューを敢行。YBAの定義から、同時代の社会・文化との関係、現在まで続く影響、そして当時このラベルのもとで周縁化された表現までを聞いた。【Tokyo Art Beat】
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──YBAをどう定義しますか? あなたにとってYBAとはなんでしょう?
もっとも基本的な定義では、「ヤング・ブリティッシュ・アート(YBA)」は、1990年代前半から中頃にかけ、ゴールドスミス・カレッジをはじめロンドンの美術学校から登場した、若く革新的なアーティストの一群を指す用語です。90年代後半、「クール・ブリタニア」(*1)がイギリスで生活や文化の一部となり、この用語は「若さ」や「革新性」を強調する英国文化を象徴するブランドとなりました。
個人的に、YBAは「様式(style)」でなく「姿勢(attitude)」だと考えます。それ以前のイギリスの社会・文化状況に起因する、新しい姿勢に特徴づけられる芸術です。サッチャー主義(*2)がもたらした社会の分断と不安定が顕著な、英国史の激動の時代が生んだのがYBAでした。
YBA作家は80年代イギリスで育ちました。労働者階級出身の創造的な人々が、貧困と対立の時代に反応し、芸術を通して日常に新たに焦点化し、生活の複雑さをギャラリーに持ち込んだのです。しかも、これまでのアートで使用されなかった素材を用い、それを達成しました。YBAは日常的テーマを用い、「現実性(reality)」や「真正性(authenticity)」を強く意識して制作しました。この世代のアーティストが伝えようとしたのは、強度ある日常のリアリティだと私は見ています。

──YBA芸術の共通点について、お考えを聞かせてください。
この世代のアーティストに共通するのは、自らが生きる時代に対して直感的に応答したことです。素材を錬金術的に使用するアプローチ、日常をユニークな仕方で変容させるメソッドがそのために用いられました。彼ら・彼女らは「非凡なものは平凡な日常から生まれる」と考えました。この信念こそ、YBA世代を結びつける紐帯です。
さらに、1980年代から90年代のイギリス美術学校教育で起こった、重大な革新もYBA世代に影響しました。イギリス労働者階級出身の若者が、教育機関が提供する創造的環境で才能を開花させることができた最後の時期だったのではないでしょうか。当時はいまのように教育が企業化・高額化・エリート主義化する前でした。そのため多様な背景の人が美大に集い、独自の方法で芸術を通してアイデンティティを模索しました。

もうひとつの共通点は、当時のイギリスの都市構造の変容に対し、アーティストが実体験を通じてアプローチした点です。この変容はロンドンだけでなく、英国各地——グラスゴー、エディンバラ、その他たくさんの都市——で起こった現象です。典型例は、当時荒れ地だった東ロンドンが創造活動のための遊び場に変貌した経緯でしょう。東ロンドンでは、アーティストやファッションデザイナー向けに、広大なスタジオスペースが安価で提供されました。重要なことに、こうした環境は、彼ら・彼女らの起業家精神に拍車をかけました。YBA世代の起業家精神は、アーティストが初めて、作品制作だけでなく、いかに異なるオーディエンスに向けて作品を見せるかの方法をもコントロールする力を得るという経験をもたらしました。

伝統へのアンチも共通点です。80年代イギリスの「古き良き」エリート主義的美術界への反発です。もはやそこにリアリティはないと彼ら・彼女らは感じていました。当時のギャラリーは「紳士的」空間で、(男性の)巨匠の歴史的作品ばかり展示されていました。現代アートのための新たな突破口が発見されうる場所ではなかったのです。都市を新奇な方法で探求するYBA世代のアーティストは、空間を占拠し、自らスタジオスペースを創出し、自分たちの展覧会も創出しました。自分でイニシアティブをとり、自主企画・自主宣伝の力を体現します。これは極めて重要な部分であり、今回の「YBA & BEYOND」展全体を貫くものでもあります。