公開日:2022年2月24日

【へい、おまち!】アーティストがにぎる寿司とは? 柴田祐輔&千葉正也の「指入鮨」に潜入レポート

アーティストが運営する食堂「指入湯」が、1日限定の「指入鮨」に。

千葉正也と柴田祐輔(左から)

アートと料理の関係が最近騒がしい

オラファー・エリアソンスタジオのまかない飯が書籍になったり、フードアーティストの諏訪綾子が資生堂ギャラリーで展覧会を開催するなど、アートシーンで食への注目が高まりつつある。

サルバドール・ダリが出版したレシピ本『ガラの晩餐』、ゴードン・マッタ=クラークが仲間と開いたニューヨークのレストラン「FOOD」、ギャラリーでカレーを振る舞ったリクリット・ティラバーニャなど、美術史を遡れば同様の動向はあるにせよ、グローバリズム経済批判としての地域主義、サステナビリティへの関心、そしてコロナ禍を経てのライフスタイル再考なども影響を与えているだろう。

そんな時代、またひとつ新しい食への挑戦が現れた。アーティストの柴田祐輔と千葉正也が創作寿司をふるまう「指入鮨」が、1日限定でオープンしたのだ。

事前予約制、人数制限あり、というスペシャルな響きに、我が内なるアートセレブ願望も高まるばかり。

本日、取材チームが予約させていただいたのは「アルコールペアリング寿司コース」2800円。料理一皿ごとにもっとも適したお酒をセレクトする「ペアリング」を推してくるおしゃれ感もたまらない。

いったいどんな料理体験が待ち受けているのだろう? 高揚と緊張を胸に秘め、我々は店の扉を開いた。

千葉正也が自筆したおしながき(お土産としてお持ち帰りできる)

めくるめく奇跡の皿

一皿目は公共水とところてん(栄養のないものから)

ドヤ街のある山谷・玉姫公園からくんできた水と、同じ水からつくった「ところてん」が先付けである。

今日の料理のために何度も山谷に足を運んだ大将(柴田)によると、アジア圏で公共用水を水道から直接飲めるのは日本とアラブ首長国連邦だけなのだそう。そのような恵まれた環境に感謝しながら、ペアリングのレモンピールを浮かべたニッカウィスキーをグイッと流し込む。

山谷水からつくった「ところてん」。つるりと喉ごし爽やか
一杯目からウィスキーというパンチの強さ

二皿目は消しゴム

高野豆腐を昆布締めした何かでやさしく包んだ造形は、たしかに消しゴムのそれ。アーティストならではの確かな造形性が嬉しい。ちなみにホロホロの食感は、紛うことなく豆腐である。ペアリングは、薄く切ったきゅうりを浮かべた「下町のナポレオン いいちこ」。

消しゴムのリアリティを高めるツートーンカラー
いいちこに浮かぶきゅうりの緑が涼やか

素材の文脈を重視した一皿目から、ミニマルな彫刻性が楽しい二皿目へと、アーティスティックな味の旅は続く。そして次に登場したのが、三皿目の歩く

まずインパクト大の写真を見ていただこう。ちょっと閲覧注意かもしれない。

だし汁を吸った靴下
その中には、なめこ&ネギ

入念に消毒した靴下を巾着のように使い、だし汁をからめた「なめこ」とネギである。

頭をよぎるのは「料理で遊んじゃいけません」と怒られた幼少時の記憶だが、我々は立派な大人だ。躊躇なく靴下から中身をほじくり出し、無心で頬張る。口いっぱいに広がるとろみと甘みは、肉体的なイメージを喚起する。

大将、なんちゅう皿をつくってくれたんや……。これに比べたら◯◯の◯◯はカスや……。

箸でつまんでも楽しい

とはいえ、ふだん口に運ぶことのない靴下を料理の一部として受け入れるには、人間の尊厳にかかわる精神の格闘と葛藤は不可避である。漫画家の松本零士がちばてつやにパンツに生えたキノコをインスタントラーメンに混ぜて食わせた有名なエピソードなどが思い出され、脳がオーバーヒート気味になった次の刹那。店内がパッと明るくなる。まぶしい……っ!

光。逆光のむこうで大将が寿司をにぎる

四皿目のがまさか「環境」とは……。

スタジオ作業用の暖かな光は、筆者の陰気な気持ちを払うかのよう。そう、いつだって私たちは全身で自然の恵みを味わっている。

燦々と輝く光のなか、登場したのが五皿目のヨイトマケの唄。日雇い労働者の苦しさを謳う人生讃歌として愛される美輪明宏の同名曲にちなんだ一皿はごくシンプルなハムエッグである。働く者のパワーランチ。これと一緒に、千葉正也自家製の精力剤(ノンアルコール)を飲み干す。いよいよコースはクライマックスだ。

太陽のごときハムエッグ
千葉曰く「とんでもないことになる」生姜たっぷりの精力剤

いよいよ寿司へ

こはだ、イカ、まぐろ、あじとシンプルにまとめられた五皿目の寿司からは、大将の並々ならぬ自信が感じられた。前日に仕入れたネタをあえて冷凍させて寝かす、塩でネタに汗をかかす、といったひと手間はどれもYouTubeから仕入れたものだという。YouTube便利。

これに六皿目の大地のパワーを集めたスープ(けんちん汁)、七皿目の遅延証明書(缶詰めの蒲焼きとキュウリの巻き寿司)も加わる。何度大将の説明を聞いても遅延証明書の意味がわからなかったが、わからなさもまたアートの魅力だ。

また、ここでのペアリングは寿司らしく日本酒(菊正宗)。身近な味に守られているという安心感は、コロナ禍の緊張した心の輪郭をもほぐしていく。

こはだ(映え)
まぐろ(映え)
大将が握ったアジ。つけあわせのガリも大将の自家製
心をホッとさせる大地のパワーを集めたスープ(a.k.a.けんちん汁)
遅延証明書。蒲焼きの缶詰めから直に汁をかけると美味しさ爆上がり
安心と信頼の菊正宗

食べることは信頼関係

そして最後のひと皿は、塩をまぶした茹でジャガイモ。ペアリングはなんの変哲もないビールが一杯。これに大将たちはHOPEと名付けた。

希望

毎日の食卓に並ぶ、手のかからない、飾らない料理とお酒。これを「希望」と呼びたくなる気持ちの正体はなんだろう。その直接の答えではないかもしれないが、「指入鮨」のコンセプトを大将たちは語る。

山谷を訪ねた友人が「あるおばちゃんがつくってくれたおにぎりが、人生でいちばん美味しかった」と話していたのがきっかけです。

それを食べたくて、僕らも足を運んでおにぎりをいただいたのですが、たしかに感動するほどうまかった。そこから食べること、生きることについて考えはじめました。

いまの時代、素人がつくる寿司を食べることにはどうしてもリスクを感じてしまいますよね。でも、食べるってことは信頼関係があって成り立ちます。「手」から「手」へと渡され委ねられる寿司をやりたいと、直感的に思ったんです。

日本三大ドヤ街に数えられる東京・山谷といえば、ネットや週刊誌でしばしばディープスポットとして好奇の目で紹介される街である。日本の労働現場を下支えする人々が集う同地は、たしかに銀座や吉祥寺とは異なる雰囲気をまとった街ではあるが、そこには当たり前に人々の暮らしの営みがあり、東京に住む人々と共有された事物もたくさんある。例えば山谷と吉祥寺の公共用水に違いはなく、飲料水にも生活用水にも使われているのだ。

そういった場に起点を持つ食の、普遍的なあり方を「指入鮨」は示そうとしたのかもしれない。

「指入鮨」は2022年2月23日の1日限りの店だが、元になったのは「指入湯(フィンガーインザスープ)」というアーティストやキュレーターが厨房に立つ食堂である。和田昌宏、斎藤玲児、天野太郎、福永大介が曜日ごとに担当を交代し、ブラジル料理や手作り餃子を提供してきた。もともとこの場所にあった「アートセンター オンゴーイング」を間借りして、2021年6月から運営してきた時間限定のプロジェクトであった同店は、今年2月いっぱいでのクローズが決定している。

「料理×アート」といっても、同プロジェクトは特別に洗練されているわけでも意識が高いわけでもない。だが、アートが持つ破天荒さやオルタナティブ、そこから生じる特異な言語や方法で、地域、人、小さな経済、アートに関わる者同士のゆるやかなつながりを築くことに関する使命感は共有されているはずだ。使命感、という言葉が少し窮屈だとしても、料理したり食べたりすることの楽しさ、生活することの楽しさ、そして何より表現することの楽しさがここにはある。

2月末日の閉店まで「指入湯」はすでに多数の予約が埋まっているそうだが、おそらくこのような試みは、かたちと機会を変えて続くだろう。アーティストたちの愉快な営みをぜひチェックし続けてほしい。

「指入湯」の外観。「アートセンター オンゴーイング」としても長く愛されているスペースでもある

指入湯(フィンガーインザスープ)

期間:2022年2月いっぱいで閉店
時間:12:00〜16:00、17:00〜21:00(木曜のみ23:00)
※「指入鮨」は2022年2月23日に実施
https://www.instagram.com/finger_in_the_soup/

島貫泰介

島貫泰介

美術ライター/編集者。1980年神奈川生まれ。京都・別府在住。『美術手帖』『CINRA.NET』などで執筆・編集・企画を行う。2020年夏にはコロナ禍以降の京都・関西のアート&カルチャーシーンを概観するウェブメディア『ソーシャルディスタンスアートマガジン かもべり』をスタートした。19年には捩子ぴじん(ダンサー)、三枝愛(美術家)とコレクティブリサーチグループを結成。21年よりチーム名を「禹歩(u-ho)」に変え、展示、上演、エディトリアルなど、多様なかたちでのリサーチとアウトプットを継続している。