公開日:2023年12月14日

変容する絵画──「安藤裕美個展 学舎での10年をめぐって「ナビ派」と「パープルーム」への眼差し」レビュー(評:横山由季子)

アート・コレクティヴ「パープルーム」で10年間活動を続けてきた安藤裕美の個展を、東京国立近代美術館研究員の横山由季子がレビュー。

会場風景 Photo by Fuyumi Murata

2014年に結成された美術の共同体「パープルーム」では、主宰の梅津庸一を中心に10〜20代の美術を志す若者たちが全国各地から集まり、ともに活動してきた。18年には拠点の相模原市にパープルームギャラリーをオープンさせ数々の展覧会を開催してきたが、今年で移転が決まっている。

このパープルームで10年間生活しながら制作を続けてきたのが、安藤裕美だ。そのパープルームギャラリーでの最初で最後となる個展「学舎での10年をめぐって 「ナビ派」と「パープルーム」への眼差し」が、11月10日〜20日に開催された。

油彩画23点を中心とする本展には、10代の頃から傾倒してきたというナビ派と、パープルームを重ね合わせるように見つめる安藤の視線や、そこでの経験、そして時間が積層していた。ピエール・ボナールやナビ派を研究し、「ピエール・ボナール展」(国立新美術館、2018)を担当した横山由季子(東京国立近代美術館研究員)が本展を論じる。【Tokyo Art Beat】


19世紀末パリの共同体、ナビ派への眼差し

安藤の個展のタイトルにある「ナビ派」とは、19世紀末のパリで、若い画家たちによって結成されたグループであり、親密な主題や神秘的な主題を、平坦な色面や装飾的なタッチで描いた絵画を特徴とする。ナビ派の画家たちは絵画制作と発表を主軸にしながらも、ポスター制作、雑誌や本の挿絵、家具や食器のデザイン、演劇の舞台美術など、多岐にわたる活動を繰り広げた。

安藤がナビ派を意識してきた背景には、ナビ派の一員であったボナールやヴュイヤールの絵画だけでなく、ナビ派が生まれた時代背景や、この不可思議な共同体そのものへの関心もあったのではないだろうか。2015年に当時白金にあったギャラリーARATANIURANOで開催された展覧会「パープルーム大学物語」(*1)の頃から、安藤はナビ派の影響を公言し、ナビ派の画家たちが通った画塾アカデミー・ジュリアンと自身が属するパープルームを結びつけてきた。

安藤裕美 ペンション紫香楽 2023 キャンバスに油彩 73.5 × 91.5cm

ナビ派とパープルーム

アカデミスムとサロンという絶対的な権威が支配していた19世紀半ばの美術界において、自分たちの活路を求め闘った印象派の世代とは異なり、ナビ派が結成された1888年は、公的なサロンが廃止されて久しく、乗り越えるべき規範はもはや霧散してしまっていた。かといって、印象派の評価はまだ確立されておらず、ゴーガンやセザンヌ、ルドンらそれぞれの道を行く先達はいても、今日から見るような近代絵画の道筋が見えていたわけではなかった。また、アール・ヌーヴォーが世を席巻し、装飾芸術振興運動が高まりをみせるなか、絵画芸術を上位に置く芸術のヒエラルキーが解体され、画家たちが絵画以外の表現にも目を向けた時代だった。

安藤が2014年の結成当初から属するパープルームは、受験絵画や美術大学への批判を展開してきたが、21世紀の日本における美大は、19世紀フランスのアカデミスムほど一枚岩ではなく、個別の批判はあり得ても、絶対的な権威とは言い難いだろう。また、現代において美術のメディアや表現形式、発表する舞台は多様さを極めており、何が歴史に残り、美術史がどのように紡がれていくのか、そもそも美術史という方法論が有効であるのかすら定かではない。

美術のメインストリームが非常に見えづらい時代であるという点で、パープルームと安藤を取り巻く状況は、19世紀末のナビ派と通じる部分があるかもしれない。

会場風景 Photo by Fuyumi Murata

親密な主題と溶解する主体

ナビ派の画家たちが、装飾の溢れたプライベートな室内空間に目を向け、自他の境界も揺らぐような親密な絵画へと向かっていった背景には、上述したような装飾美術への熱狂がある。また、アカデミスムの衰退とともに歴史画や神話といった主題は効力を失い、印象派の戸外制作への反動もあり、芸術家たちの意識は人間の内面へと向けられていった。

ではなぜ、21世紀初頭の画家である安藤は、パープルームの日常や出来事を主題にしながら、ときに閉塞感すら漂うような親密な絵画を描き続けているのだろうか。

パープルームを主宰する梅津庸一は、「パープルーム自体を形づくり、過ぎ去っていく様々な出来事を作品として残していく安藤こそがパープルームなのだと言っても過言ではない」(*2)と述べているが、安藤の絵画もまた、パープルームそのものであると言えよう。安藤はパープルームで絵画について議論を重ね、繰り返し梅津の助言を受けながら培った造形言語を用いて、パープルームにまつわる場所や、そこに集う人々を描いていく。

また、安藤は梅津と画家の坂本夏子の共同制作を目の当たりにしたことが、自身の制作のルーツにあると語る。ふたりの画家の造形言語によるコミュニケーションに魅せられた安藤の制作は、他者の作品や言葉に柔軟に開かれているのではないだろうか。安藤の作品を見ていると、描く主体が溶解し、画面全体に拡散しているような印象を受ける。そこには、パープルームという学舎で蓄積された時間、交わされた言葉、目にした視覚体験が凝縮されている。絵画によって何かを主張するのではなく、キャンバスに絵具を重ねるというもっとも根源的な行為に立ち返って絵を描くために、安藤が選び取ったのがパープルームという場所であり、主題なのかもしれない。

安藤裕美 2015年のパープルーム 2015-23 キャンバスに油彩 50.5×60.7cm *本作は坂本夏子と梅津庸一が共同制作をしている様子を描いている
【参考】坂本夏子+梅津庸一 開戦 2014-15 キャンバスに油彩 116.7×182.2cm 

変容する絵画

2015年にARATANIURANOで数点の作品を発表して以降、2017年に野方の空白というスペースで行われた個展「リビングルーム」(*3)、2020年にワタリウム美術館の地下にある書店オン・サンデーズで開催された個展「光のサイコロジー」(*4)、そしてこの度のパープルームギャラリーでの個展と、安藤は発表を続けてきた。当初は暗く淡い色調が占めていた安藤の画面は、2019年頃から目の覚めるような鮮やかさに転じ、その傾向は現在まで続いている。

今回の個展に出品された絵画は、いずれも強烈な色彩を持つ絵具の物質性が際立っていた。安藤の作品は、ナビ派時代のボナールやヴュイヤールと同様、図と地が互いに侵食することで、時間をかけて眺めないと、そこに何が描かれているのか、どのような空間なのかを把握することが難しい。

しかし、ナビ派の画家たちの作品においては、下塗りが地の役割を果たし、最小限の筆触で画面が構成されているのに対し、安藤の作品では、幾層にも絵の具が重ねられ、一つひとつの粘り気のある筆触が、まるで生命を持っているかのようにうごめき、画面上に散りばめられている。

個展の奥のスペースでは、安藤の制作の様子を記録した映像が流れていたが、それを見ると、一度現れた色彩をほとんど覆い隠すように、まったく異なる色彩を塗り重ねる行為を何度も繰り返していることがわかる。安藤の絵画は、完成に向かって構築されていると言うよりも、絶え間なく変化し続けており、ギャラリーの白い壁に掛けられた作品たちは、変化の途中にある一段階という様相を呈していた。そこには光の変化や人物の鼓動、空気のゆらめきがあり、安藤がその光景を眺めていた時間、反芻しながら描いた時間がある。描かれた場の空気が、人物の表情や身振りの描写ではなく、色とりどりの筆触によって示唆されている。それは安藤の身体や思考、記憶や感情と分かち難く結びついた絵画なのである。

ナビ派は方向性の違いもあり、およそ10年で解散してしまったが、パープルームはこれからも場所を変えて続いていくという。パープルームという場を体現する存在である安藤が、今後どのような変化を見せるのか、目が離せない。

*1──「パープルーム大学物語」ARATANIURANO、2015年7月11日〜8月15日
*2──梅津庸一「本展について」『安藤裕美個展 学舎での10年をめぐって「ナビ派」と「パープルーム」への眼差し』冊子、2023年11月10日
*3──「リビングルーム」野方の空白、2017年3月20日〜3月28日
*4──「光のサイコロジー」on Sundays(ワタリウム美術館地下)、2020年1月25日〜3月1日

会場風景 Photo by Fuyumi Murata

横山由季子

横山由季子

よこやま・ゆきこ 東京国立近代美術館研究員。世田谷美術館学芸員、国立新美術館アソシエイトフェロー、金沢21世紀美術館学芸員を経て現職。近年の主な企画に「内藤礼 うつしあう創造」(金沢21世紀美術館、2020)、「コレクション展 BLUE」(金沢21世紀美術館、2021)など。