都市とアートの新たな関係「アートアーバニズム」とは何か? 中島直人+森純平インタビュー

有楽町を舞台に、アートによる創造的なまちづくりを目指す「YURAKUCHO ART URBANISM」が2月から始動した。

左から森純平、中島直人

東京中心部に位置し、日本有数のビジネス街としてグローバルな経済活動を牽引する大手町・丸の内・有楽町(大丸有[だいまるゆう])エリア。その有楽町を舞台に、アートによる創造的なまちづくりを目指す「アートアーバニズム」の動きが2月から始動し、パイロットプログラム「YAU」(ヤウ・有楽町アートアーバニズムプログラム実行委員会主催、三菱地所特別協賛)を5月31日まで行っている。YURAKUCHO ART URBANISMを略したYAUは、4ヶ月にわたり街中に拠点を設けてアーティストが滞在制作や作品展示を行い、オフィスワーカーには交流や学びを提供するというものだが、その目的と今後の展望は? 新しいまちづくりのコンセプト、アートアーバニズムを提議した中島直人(東京大学大学院工学系研究科准教授)とYAUの森純平ディレクターに、YAUのスタジオが開設されている有楽町ビルで話を聞いた。

有楽町ビル10階の「YAU STUDIO」 © TOKYO PHOTOGRAPHIC RESEARCH PROJECT
スタジオの普段の様子

街中に多様な人々がいる状況を作り出したい

——「アートアーバニズム」とは耳慣れない言葉です。どのような意味があるのでしょうか?

中島:私は都市計画を専門に、アーバニズム論や都市と芸術の関わりも研究しています。アートアーバニズムは新しい造語ですが、どのような経緯で生まれたかをまずお話したいと思います。大手町と丸の内、有楽町をの総称である大丸有地区は元々、まちづくり3団体(*1)が様々な活動を連携して行い、まちづくりを推進してきた経緯があります。この2、30年間に東京中心部は再開発が進んでオフィスビルは次々と建て替わり、その意味で大手町、丸の内辺りは大体できあがってきました。

いっぽう、有楽町地区は高度経済成長期に建設された建物が相当数残り、この有楽町ビルや新有楽町ビルは2023年を目処に閉館する予定で建て替えに着手するべく検討が進められています。今後、再開発に伴う有楽町のまちづくりが重要になりますが、都市開発が変わりつつあるいま、大手町・丸の内からアップデートしたコンセプトが必要という議論があったようです。そこで「アート」に注目し、設置した「アート×エリアマネジメント検討会」(座長・太下義之同志社大学教授)に私も呼ばれて、1年半ほど関係者と議論を重ねました。

アートをまちづくりに生かす実践はさまざまな地域で行われ、街中に彫刻や壁画を設置するパブリックアートが代表的です。議論の過程で、アーティストと一緒にまちづくりがしたいという提案がありましたが、一足飛びの実現は難しい。まず街中にスーツ姿の人間ばかりでなく、アーティストに象徴される多様な人々がいる状況を作り出せれば、面白い動きが生まれるのではないか。そんな意見が浮上して、考えた言葉が「アートアーバニズム」です。

——アート+アーバニズムですね。

中島:アーバニズムにはふたつの意味があります。ひとつは、都市計画やまちづくり、もうひとつは住む人々が創り出す都市生活様式を指します。近年は世界的にふたつの意味をあまり区別せず、海水と淡水が入り混じる汽水域のように行き来している状態をアーバニズムと呼んでいます。オフィス街にアーティストがつねにいる状態を作り出すことで、様々な出会いや交流を促し、ゆくゆくはクリエイティブな発想をまちづくりやビジネスに反映でき、アート振興や活動継続に役立つなど、トータルな関係が構築できるのではないか――。アートアーバニズムの言葉は、そんな仮説に基づいています。

中島直人

——話し合いはスムーズに進んだのですか?

中島:検討会はアーティストやアート関係者も参加して、かなり率直な意見交換が行われたと思います。当事者の立場から「アートがまちづくりに利用されてしまうのではないか」と危惧する声も上がりました。ただ企業側に世界のなかでビジネスを展開していくには従来通りの発想や人材だけでは駄目だという極めて強い危機意識がありました。その真摯な訴えがアーティスト側に伝わったようである程度の理解が得られ、まず実験的にやってみようとパイロットプログラムを行う運びになりました。

——2000年代以降、アートとまちを結ぶ実践として都市部を含む地域で行うアートプロジェクトが急増しました。そうした地域のアートプロジェクトとの違いは何でしょうか?

中島:地域のアートプロジェクトは、過疎化や人口減に伴う「空き家問題」が背景にあるケースが目立ちます。つまり、空き民家や廃校を作品制作や展示に使ってもらい、地域振興やまちづくりに生かそうとする発想が根底にあります。でも国際的なビジネス街の大丸有は、住民こそ少ないけれど、約28万人の就業者が通勤しています。今回の試みは、作家が地域に滞在して制作を行うアーティスト・イン・レジデンス事業に似ていますが、前提となる街の性格が異なり、街にいる人の大半はビジネスパーソンです。イノベーションや新しい価値を生む原動力としてのアーティストの存在に期待しているのだと思います。

アートアーバニズムの考えとしては、街のなかでビジネスにアーティストの発想が生かせる環境を作り、同時に持続的なアート活動を支える社会的インフラ(基盤)を入れ込む。アートとビジネスが互いに価値を高め合い、世界へ発信することを目指します。ほかのビジネス街でも生かせる手法だと考えています。

大手町の街並み 撮影:榊原充大

——建築家の森さんは、2013年に設立した千葉県松戸市のアーティスト・イン・レジデンス「PARADISE AIR」をはじめ、さまざまな地域のアートプロジェクトに携わってきました。アートアーバニズムをどう考えますか。

森:地域で行われる芸術祭などのアートプロジェクトは、限定期間での集客や観光振興を最終的なゴールに掲げることが多い。でも、アートの可能性は短期間でなく、長期的なスパンでこそ見出せると自分の経験から実感しています。短い時間軸で評価されると、アート活動はなかなか継続できない。そのなかで、アートアーバニズムは希望を感じさせる言葉です。まちづくりは最低でも20年かかるとよく言われますが、アートもそれくらいのスパンで活動できれば、一過性のイベントにない可能性が出てくる。

たとえば20年後に世界レベルのアーティストになる第一歩として、有楽町でこれをやろうとか、若手が先を考えるきっかけになります。世界を見渡すと、いまアーティストはじつに様々な領域で仕事をしているのですが、日本ではアート界が狭まった状態にあるので広がりがないと感じていました。なので、こうした試みは社会的にも必要だと思います。とはいえ、アートがただ消費される恐れもあるので、主催者側にはオブラートに包まず意見を伝えています。アーティスト側とビジネス側、双方が忌憚なく意見を言い合える関係が築ければ、このプロジェクトは続くと思いますね。

森純平

まずは人間関係の構築がポイントになる

2月1日にスタートしたパイロットプログラム「YAU」は3つの柱で構成されている。①滞在制作や展示の場になるアーティストスタジオ「YAU STUDIO」②アーティストの困りごとにアドバイスを提供する相談所「YAU SOUDAN」③ビジネスパーソンが地域の歴史やアートについて学びを深めるスクール「YAU CLASS」。有楽町ビル10階に開設されたYAU STUDIOは元オフィス空間を利用し、約1200平方メートルの広さにコワーキングスペースや制作スペース、ダンスや演劇のための稽古場を設けた。この場所を東京フォトグラフィックリサーチ(TPR、*2)と一般社団法人ベンチ(*3)の2つのアートコレクティブがシェアして、日々活動している。ここからは、プログラムをサポートする中森葉月(三菱地所有楽町街づくり推進室チーフ)も加わって話をしてもらった。

——スタートから2ヶ月たちました。現状はいかがですか。

森:毎日いろいろなことが起きています。通常は自宅や自分のスタジオで試行錯誤を重ね最終的に作品を完成させるわけですが、今回は制作過程をすべてここで引き受けているので、様々な相談や提案があって気が抜けません(笑)。稽古場はベンチが公募や声を掛けた劇団、グループが練習やリハーサルに使っています。そのメンバーやスタッフ、作品制作やディスカッションを行うTPRのメンバーなど、いつも誰かしらスタジオにいる状態です。

中森:有楽町エリアはいままで現代アートと関わりがなかったわけではありません。TPRは街の風景をとらえ直す「有楽町アートサイトプロジェクト」の一環として、メンバーの顧剣亨さんと永田康祐さんが新作写真を工事の仮囲上で公開したり、小山泰介さんのアート作品をビルファサードに展開したりと、以前からまちづくりに協力していただきました。2020年には日本現代美術商協会のギャラリー「CADAN」が有楽町ビル1階にオープンし、昨年開催された東京ビエンナーレではメイン会場のひとつになり、アーティストの藤元明さんが隙間空間活用プロジェクト「ソノ アイダ 有楽町」を展開するなど、まちにアートの要素が増えています。

藤本明による隙間空間活用プロジェクト「ソノ アイダ 有楽町」の様子

——3月11~14日にオープンスタジオを開催しました。

森:TPRは「有楽町アートサイトプロジェクト」を発展させたプロジェクトに取り組んでいて、完成前の写真や映像作品、モックアップ(模型)、覚書のメモなどを展示しました。来場者にアイデアの芽や制作経過を見てもらい、関心や交流のきっかけになればと。そこの壁にある小山泰介さんによる中銀カプセルタワーの写真は、オープンスタジオの名残です。期間中に約100人が来場し、作家から説明を受けたり、話し込んだりする姿が結構みられました。平日にひとりで来た人が、週末に子供連れでまた来てくれたこともありました。

中森:演出家の松井周さん監修のワークショップも7回開催し、こちらはあらかじめ公募して約50人が参加しました。

中島:私もオープンスタジオに行ったのですが、作家の頭の中をのぞくような展示が面白かったですね。オフィス空間に多様な人が入り混じって一緒にいる光景も新鮮でした。本来ならオープンスタジオのように機会がなくても、この街で働く方がふらりと立ち寄れる関係を作ることが理想なのすが、それにはもう少し時間がかかりそうです。

オープンスタジオの様子

——「YAU SOUDAN」は国際ビル地下1階にあり、喫茶店のように落ち着いて話せそうな設えが印象的でした。なぜ相談所をやろうと思ったのですか?

森:若手アーティストが直面する悩みを聞く場所を作ろうと去年、10人ほどの仲間と一緒に相談員のネットワーク「SNZ(シノバズ)」を結成しました。なぜならアーティストは学校を卒業するとひとりで孤独に制作する人が多くて、相談できる相手はあまりいないんですね。深刻な悩みに限らず、アイデアを話したり、ちょっとした技術や知識を共有したりできる場が必要だと考えていました。これまで10回位相談日を設け、建築家や法律家、ジェンダーに詳しい人などいろいろな専門性を持つ相談員が助言してきました。4月以降は毎週月曜・水曜午後に定期的にオープンし、僕やキュレーターの長谷川新さん、アート通訳の田村かのこさんが相談に乗っています。

スクールと相談所のプログラムの会場となる、国際ビル地下1階の「YAU COUNTER」 © TOKYO PHOTOGRAPHIC RESEARCH PROJECT

——どのような相談が多いですか。

森:本当に幅広いです。展示の作り方や技術相談、ギャラリーとの付き合い方、作品の価格……。これまで60件ほど相談を受けました。アーティスト以外の方も多いですね。アート事業を始める企業の人に意見を求められたり、学校の美術の先生が話を聞きに来られたりしたこともあります。同じ質問がむしろないことが、大きな発見と言えるかもしれません。

中森:相談所は、この街がアートと関わっていると若い作家に認識してもらうきっかけになるんじゃないでしょうか。アート側にも認知が広がれば、アート支援や事業に取り組みたい企業から相談が持ち込まれるケースが増えていきそうです。

——学びを提供する「YAU CLASS」も開催しています。

森:新しい時代の働き方を考える企業6社の共同プロジェクト「丸の内ワークカルチャーラボ」と連携して、2月に4回の連続講座をスタジオで実施しました。滞在制作中のアーティストも参加し、ラボのビジネスパーソンと一緒にディスカッションやワークショップを行って、交流する機会を作りました。ほかに三菱一号館美術館でレクチャーを開催し、有楽町のアートスポットを巡る街歩きも2回行いました。街歩きには僕も参加しましたが、いろいろ発見があって面白かったですね。レクチャーや街歩きは今後、2回ほど開催する予定です。一般公開はしてはいませんが、アーティストと街で働く方々とが互いに学び合うような、勉強会のような機会も多くありました。

中森:毎週金曜日17~19時はスタジを自由に見学できるので、会社帰りにでも気軽に立ち寄っていただきたいです。5月20~27日にはYAUの4か月の活動を総括する展覧会を行いますので、ぜひ足を運んでください

中島:アートアーバニズムは、まず人間関係の構築がポイントになるので、すぐ成果が出るようなものではないと思います。ボトムアップといいますか、いろいろな人を巻き込みながら互いに刺激を受けて、徐々に連携や協業が多発的に起きて展開していくイメージを描いています。ある程度の時間は必要だと思いますが、ここ有楽町は皆が注目し、世界とも直接つながっている場所です。成功すればまちづくりや経済に与える影響は大きいでしょうし、国際的なインパクトもあると思います。

左から森純平、中島直人。有楽町ビル前にて

*1──大丸有地区のまちづくり3団体 一般社団法人大手町・丸の内・有楽町まちづくり協議会、NPO法人大丸有エリアマネジメント協会、一般社団法人大丸有環境共生まちづくり推進会を指す。YAU実行委員会は前2団体で構成。
*2──東京フォトグラフィックリサーチ(TPR) 2020年代を迎えた東京を舞台に、最先端の写真・映像表現を通じて都市と社会と人間の姿を探求し、見出したビジョンを未来へ受け継ぐことを目的とするアートプロジェクト。発起人は写真家・小山泰介とキュレーター・山峰潤也。ほかに現代美術家、建築家、音楽家、デザイナーら20名を超えるメンバーが協働し、アーティストプロジェクトや展覧会、コラボレーション、都市のリサーチなど多様な活動を展開している。
*3──一般社団法人ベンチ 演劇やダンス、アートプロジェクトのプロデュースやコーディネートに関わる舞台芸術制作者を中心に発足したアートマネージャーのコレクティヴ(代表・武田知也)。芸術文化分野をはじめ行政、福祉や医療など、多様な国内外の組織や団体と連携し、地域社会と芸術の関係性を更新する事業を開発、展開している。また、芸術祭や劇場、アーティスト等の創造現場を、プロデュース&マネジメントの観点から支援する活動も行っている。

YAU TEN
日時:2022年5月20日〜27日
有楽町各所にて展示、パフォーマンス、トーク、相談などを行う「YAU TEN」を開催。詳細はウェブサイトで公開予定。
https://arturbanism.jp/

永田晶子

永田晶子

ながた・あきこ 美術ライター/ジャーナリスト。1988年毎日新聞入社、大阪社会部、生活報道部副部長などを経て、東京学芸部で美術、建築担当の編集委員を務める。2020年退職し、フリーランスに。雑誌、デジタル媒体、新聞などに寄稿。