描き込まれているのはやはり人物。しかし、部分を追っていくごとに異なるシチュエーションが現れる。9mの大作と同様に「顔」が密集した群衆もあれば、排水溝の脇に横たわる女性のクローズアップもある。
描き方は非常に巧妙かつ淡白だ。もちろん水墨画ということもあるが、最低限の顔のパーツと、輪郭、髪の毛の表情のみでその人物がつくりあげられている。しかし、いたる所に認められる「にじみ」は異様な迫力を放つと同時に、シチュエーションの簡単な理解を妨げる。
故に、描かれた「顔」のひとつひとつを注視して見てみたりするわけであるが、今度はそもそも「顔」という人物のいち特徴にすぎない部分にどれほどの意味があろうかという疑問も浮かぶ。その空虚さや、はかなさを画面にとどめるのには、不安定な水墨という表現、十分に余白を挿入できる巻物という形状はちょうどよいかもしれない。
※発売中の雑誌『美術手帖』7月号(美術出版社)特集にも、筆者による作家の紹介記事があるのでご参照いただきたい。
Makoto Hashimoto
Makoto Hashimoto