公開日:2010年4月20日

アニー・オーブ 「Dangerous Curiosity」

血のりがべったり!? でも思わず微笑んでしまうアニーの世界

ストーリー仕立てで作品が展示されているアメリカはアラスカのアーティスト、アニー・オーブの展覧会が、ガレリア・デ・ムエルテで開催中だ。都築響一も注目の東上野にあるデスメタルのレコードショップを併設した、この変わったギャラリーの紹介は後回しにして、まずは開催中の展覧会から紹介していきたい。

アニー・オーブの作品は、昨年、ガレリア・デ・ムエルテが参加したいくつかのアートフェアで目にした方もいるかもしれない。国内でまとまって見せるのは今回が初めてとなるアニーの個展は、フェアのような大きな会場で見るのとは違い、彼女の作品の空気がギャラリー内に充満し見応えも十分だ。

彼女はこれまで、手首が切れていたり血を流したりしている女の子が、無表情あるいは半笑いで佇んでいるというような奇怪で病んだモチーフを、刺繍やペインティングで展開してきた。鳥と少女、猫と少女、うさぎと少女などの、動物と少女の融合シリーズなどを含め、神話や民話、昔話などからヒントを得てモチーフを選んでいる。淡い刺繍の色合いと、かわいいレースや使い古された布などの絶妙なバランスや、ペインティングの鮮やかな色彩を見ていると、少女趣味やアウトサイダーアート的に制作をしているのではなく、アニメで育ち、現代アートにも精通した29歳の彼女の感性に少しずつ近づいていけるような気がする。

血のりの刺繍の作者でアニー・オーブ。健全で明るい子で安心。

今回の個展では、シャルル・ペローの童話の中でもホラー色の強い『青ひげ』をテーマに作品を展開している。『青ひげ』は、金持ちの主人公が6人の妻を次々に殺し、7人目の妻の兄に殺されたという実話をモデルにした童話である。彼女は、主人公の青ひげではなく、7人目の奥さんに焦点を当て、刺繍とペインティングで物語を追っていく。物語中で、青ひげは鍵の束を奥さんに預け、「金の鍵の部屋には絶対に入ってはいけない」と言って留守番を頼む。アニーは作品中で、物語のヤマでもあるこのシーンを、無表情な7人目の妻が血のりのついた巨大な鍵を抱きかかえている姿として繰り返し描いている。

彼女の作品には、アニメやマンガのような記号が満載で、登場人物の身体は自由自在に伸び縮みされ描かれている。例えば、鍵が自分の背丈ほど巨大に描かれていたり、傍観者は小さく刺繍されていたりする。刺繍で描かれる女の子は、必ず網みたいな模様のスカートをはいて、正面を向いた顔以外は決して描かれない。そんなアニメらしい要素と、民話や昔話のグロテスクさと奇妙な感覚を引き出すのに絶好である刺繍の表現が合わさって、鑑賞者に不思議な違和感を抱かせる。

彼女は民話や神話を通じて、現代社会の性差の問題、人間のエゴや欲望への皮肉を描いているようだが、そういうメッセージを忘れるほどの軽やかさとユーモアによって鑑賞者は心を奪われていく。それから、鑑賞者からすれば、血は絵の具で描かれるより、刺繍の表現のほうが、現実感が薄まり、怖さと痛さに対して無感覚になれるのかもしれない。前妻たちの生首に出会うシーンすら目を逸らさずに、髭みたいな赤い血の色を冷静にじっと見つめることができるだろう。
殺された前妻はのっぺらぼうに。彼女は、作品の中で『青ひげ』の物語の結末を書き換えている。目が×印になったかわいい青ひげに下される制裁は、ぜひ会場で確かめてほしいポイントである。ちなみにアニー自身が若い人にも作品を買ってほしいと言っていたように、彼女の作品は1万円から購入できるお値段も魅力的だ。

さて、実際にガレリア・デ・ムエルテへ足を運んだことのない方も多いと思うので、少しこの特徴あるギャラリーの紹介をしておきたい。このギャラリーは国内外のアート・フェアにも出展しているコマーシャルギャラリーで、オーナーの関根氏がメタルバンドのメンバーでもあり、メタルのレコードショップを併設しているという風変わりな経緯を持つ。上野駅からぶらぶらと15分程歩くと、だんだん通りに仏具店や釣竿店、レトロ喫茶店が増えて、街の雰囲気が変わってくる。雑居ビルの3階までの緑色の階段も怖いし、私は何度行っても道を間違えてしまう。なかなか辿り着けないギャラリーの小さい扉を開けると、そこでは国内外のアーティストを小さな展示スペースながら紹介している。

レコードショップではジンなども手にとって見ることができる店内の風景。メタル、怖くないです。

レコードショップではジンなども手にとって見ることができる
昨年12月から1月にかけては、スウェーデンのアーティスト、ラグナール・ぺルソンの個展が開催された。このときも作家本人が来日し、森をテーマにした鉛筆画を展示していた。彼女の作品もアニーの作品も、現代美術の枠や様々なジャンルの垣根を超えて、見ている人の感性に潜んでいる恐怖や記憶を目覚めさせてくれるようだ。

ガレリア・デ・ムエルテでは、音楽と美術が同じ地平で紹介されていて、ここでしか見ることのできないアーティストの作品と、ここでしか買えないデスメタルレコードやジンやTシャツがある。インターネットが発達して、海外の作家の作品もウェブでいくらでも画像としては見れるけれど、やっぱり美術は実物を見ないと何にも始まらない気がする。そして、やはり音楽だって、インターネットではその熱い空気が伝わりきらない事もある。上野の町を迷いながら歩いて、びくびくしながらもガレリア・デ・ムエルテの扉を開ければ、さらに深くアーティストの作品世界に浸れるのではないだろうか。

Sayako Mizuta

Sayako Mizuta

1981年東京は大森生まれ、今も在住。武蔵野美術大学大学院を難波田史男とドローイングについての研究で修了。若手アーティスト支援の仕事を経てインディペンデント・キュレーター。ART遊覧(http://www.art-yuran.jp/)でもレビューを掲載。展覧会企画として、あいちトリエンナーレ入選企画「皮膚と地図」(http://skinandmap.blogspot.com/)、共同企画「柔らかな器」(http://yawarakanautsuwa.blogspot.com/)がある。のんびりした猫と同居。 e-mail: mizuta[at]gmail.com