公開日:2017年3月1日

映画『ホームレス ニューヨークと寝た男』マーク・レイへのインタビュー

ファッション業界で、モデルとしてフォトグラファーとして生きるため家を捨てた男のドキュメンタリー

シェアハウスにてインタビューを受けるマーク・レイ
シェアハウスにてインタビューを受けるマーク・レイ

50代のホームレスと聞くとどんな人を想像するだろうか? このドキュメンタリー映画の主人公マーク・レイはNYを拠点に活動するファッションフォトグラファーであり、モデルや俳優業もこなす見た目も立ち振る舞いもスマートな人間。そんな一見華やかな生活をしている彼が眠りにつくのは、小さなアパートの屋上。そう彼はホームレス。ファッション業界との関係を終わらせないように、高すぎるNYの家賃(この記事を書いている現在、平均25万円ほど)を切り捨て、家を持たない生活を6年も続けていた。そんな中、かつてモデル仲間だったトーマス・ヴィルテンゾーン監督と出会う。トーマスはマークの家を持たない生活に衝撃をうけ、3年の歳月をかけて映像化する。

いわゆる”ホームレス”という通念で本作品を観ると、理解できないことだらけだ。彼は働き、税金を納め、友人に優しい。ジムで体を磨き、身だしなみには気を使う。ギャンブルに溺れていたり、アルコール依存症やお金にルーズなわけではない。どこにでもいる”普通の市民”だ。他と違うことと言えば、競争の激しいNYのファッション業界で働き続けるために選択した、ホームレスという変わった生活形態。この映画は彼とあなたがそう遠くない場所にいることを知らせてくれる。今回、マーク・レイの来日にあわせインタビューを試みた。

ーーご自身の人生を映画で振り返るのはどんな気分ですか?

初めて観た時はすごく嬉しかった。一回目はね。細かいことは気になったよ。あの時もっといい服を着ていればよかったとか色々ね(笑)。そんな些細なことも考えたけど、映画ができてとにかく嬉しいと感じた。

もちろん大きなスクリーンで自分を見るのは初めてのことじゃない。俳優としていくつかの映画にも出演しているし。でもこんな形で自分を見返すことなんてなかったから、なんて表現したらいいのかわからないけど、愛おしいというのかな、僕はなんて頑張っているんだ! と思ったよ。

そしてこの映画は、観客が僕の生活にすごく近づいたように観れる作品に仕上がってるよね。僕はみんなを知らないのに、みんなは僕をよく知っている。なんていうのかな、距離感の違いというか、そのことが僕の中の深い想いというか、深い気持ちをざわめかせているんだ。

ーーホームレスとしてのあなたの人生をまるごと映し出している映画ですが、「写っていない自分」もありますか?

人は「自分が一番自分のことをよく知っている」って感覚があるかもしれないけれど、本当は自分のことは自分でもよくわからないものだと思うんだ。だからある意味では、自分が否定したい部分、忘れたい部分、そういう部分に関しては他人の方がよく見ているし、知っている。往々にして人は見せたい仮面を被って、それ以外の自分を隠して日々生活をしている。とはいえ、僕は僕という人間の専門家でもあるわけだから、そういう意味で現在の僕から映画の中の過去の僕を観た時、ほぼ全てが正確に映し出されていたよ。

ーー撮影中は上映後の今を、どんな風に予見していましたか?

もちろん経済的な面を含め、映画が大成功したらいいなという夢は想い描いたよ。そういった類の空想はしたよ。でもそれ以上に僕を喜ばせたのは「この映画をみて心が動かされた」とか「たくさんのインスピレーションをもらえた」といった、僕の想像していなかった反響。その反響に驚いた。しょせんお金なんて、出たり入ったりで最後には無くなってしまうけど、観客からの言葉は心の中に永遠に残る。とても嬉しいよ。

ーー自分の全てをさらけ出せたのは友人でもあるトーマス・ヴィルテンゾーン監督との信頼関係からでしょうか?

もちろん彼は友人だし、監督として僕のことを裁いたりしないから、心を開けた。そう、彼は僕の心を開くのにものすごく役立った。でもそれ以上に一番のポイントは、僕自身がさらけ出すと決めたこと。これに尽きると思う。正直であろうと決めたこと。

ーー実際に上映されて、生活は変わりましたか?

ほとんど変わらないよ。お金のことは(笑)。だけど達成感の度合いはすごく変わったね。心の中が満たされたというか。それこそ世界中の人たちがこの映画を見て「感動した」、「心が揺り動かされた」とか「インスピレーションを受けた」とかそういうことを言ってくれたおかげで、そういった反響を受けて僕の心の中は変わったよ。それにヨーロッパを始め、色々な国の映画祭に参加することもできた。今は東京にいるからね僕は。だんだんと俳優のキャリアに対する自信も出てきた。深い達成感が得られたよ。

© 2014 Schatzi Productions/Filmhaus Films. All rights reserved
© 2014 Schatzi Productions/Filmhaus Films. All rights reserved

ーー素晴らしい経験をしましたね。その達成感は今も継続していますか?

決して忘れ無いよ! そりゃあ闇に覆われて陽があたらない日でも常に太陽が照らしてくれているっていう状態では無いけど。でも僕の中で辛いという気持ちになった時、にこっと微笑みをもたらしてくれるだけの力はあると思う。

ーーそれは、今までのフォトグラファーで得た達成感とは違うものですか?

レベルが違う。フォトグラファーとしての達成感というのはこれぐらいで(両手を小さく広げて)、映画から得られた達成感は、みんなに勇気付けられたみたいで(両手を大きく広げる)。自分で写真を撮ってる時も刺激を受けたり面白いと感じてはいるけれど、それは瞬間的なもの。映画は幅広い時間の中で根源的な人間の感情を揺さぶるものだから、比べる術もないくらいすごいって言える。その達成感はレベルが違う。

ーーあなたの人生を決めることになったファッション業界との関係を教えてください。

好きだけど憎いってやつだね。言ってみれば愛憎の問題。成功すればあれほど魅力的で居心地のよい世界はないからね。僕のキャリアの初めの頃はモデルとして頑張っていた。成功してヨーロッパに住むというのが僕の夢で、9年間はうまくいった。だけど結局うまく行かずにアメリカに帰ってきた。もっと言えばその9年間の中で、たくさんの有名人たちと出会った。いろんなクリエイティブを観たりアートにも出会った。いろんな経験をしたけれど、僕の今の経済状況はよくない。モデルの頃の経済状況を超えることができない。そういう自分がファッション業界に今、いるんだ。

一方で、ファッション業界に疲れてる。正直言って無駄が多くて虚しい産業でもあるからね。フォトグラファーとして残念な気持ちもある。努力したけど報われなかった。僕はモデルの彼女たちの写真を撮っていて、あの子たちもNYで頑張っているけれど、外国から来てあまりお金をもらえなくて、生活が苦しい。それにファッション業界は僕を屋上暮らしから救い出してくれることもない。

だから僕の心はファッション業界から離れていってしまった。僕が思い描いていた生活を得ることはなかったんだ。だけど僕はNYを愛してる。まるで愛しの女性だ。彼女と僕の夢のような恋愛。僕が僕であるために必死になっている生きる努力は、NYを愛しているということと同義語かもしれない。

ーーこれからの活動の展望を教えてもらえますか?

この映画をたくさんの人に観て欲しい、例えるなら東京だけじゃなくて日本中に広がって欲しいというのが今の僕の希望。そしてこれをきっかけに僕は俳優として生計が立てられるかもしれないという希望も持ってるよ。それはドキュメンタリーじゃなくて僕を主人公にした劇場用映画かもしれないし。

ーー最後にこのウェブ媒体、東京アートビートの読者にメッセージをお願いできますか?

アートの情報誌? 日本のアートやファッションを愛する読者に、現実をつきつけるネガティブなことを言ってしまったかな(笑)。そう、僕は家を失って最悪なシチュエーションの中にいた。でも人生は最悪だと思ってる時にだって、どんな事が起こるかわからない。だって僕は今こうやって前へ進んでる。だからこうやってまだ頑張っている男の映像をみて、他の必死になっているクリエイターやアーティストたちの希望になればよいと思う。

モデルの女の子たちも辞めたり故郷へ帰ったりしているけど、その時期を見極めるのは本当に難しい。僕は、いつが辞めどきとか、いつが方向転換すべき時期だとか、そういうアドバイスは何もできない。でも、そうやって悩んでいる人たちの所に喜んで飛んで行ってハグするよ!

ーーインタビュー、ありがとうございました!

NYのファッション業界で生き続けるために家を捨てたマーク・レイの3年間にわたるドキュメンタリー映画。監督は、オーストリア出身の元モデル仲間、ピエール・カルダン、ニューヨーク・シティ・バレエ、Facebook等の企業PVを手がけるトーマス・ヴィルテンゾーン。音楽は、クリント・イーストウッドの息子でジャズベーシストのカイル・イーストウッドが担当。本作はニューヨーク・ドキュメンタリー映画祭2014にてメトロポリス・コンペティション審査員賞を受賞。

今回の来日では無償の住居の提供を求め、シェアハウスに滞在。また今後日本での芸能活動を求め、クラウドファウンディングによる呼びかけも行ったマーク・レイ。王道の成功ではなく、彼自身で作り上げたユーモアあふれる活動はこれからも続く。さらに詳しい情報を知りたい方は、公式ホームページへ。http://homme-less.jp/

yumisong

ふにゃこふにゃお。現代芸術家、ディレクター、ライター。 自分が育った地域へ影響を返すパフォーマンス《うまれっぱなし!》から活動を開始し、2004年頃からは表現形式をインスタレーションへと変えていく。 インスタレーションとしては、誰にでもどこにでも起こる抽象的な物語として父と自身の記憶を交差させたインスタレーション《It Can’t Happen Here》(2013,ユミソン展,中京大学アートギャラリーC・スクエア,愛知県)や、人々の記憶のズレを追った街中を使ったバスツアー《哲学者の部屋》(2011,中之条ビエンナーレ,群馬県)、思い出をきっかけに物質から立ち現れる「存在」を扱ったお茶会《かみさまをつくる》(2012,信楽アクト,滋賀県)などがある。 企画としては、英国領北アイルランドにて《When The Wind Blows 風が吹くとき》展の共同キュレータ、福島県福島市にて《土湯アラフドアートアニュアル2013》《アラフドアートアニュアル2014》の総合ディレクタ、東海道の宿場町を中心とした《富士の山ビエンナーレ2014》キュレータ、宮城県栗駒市に位置する《風の沢ミュージアム》のディレクタ等を務める。 → <a href="http://yumisong.net">http://yumisong.net</a>