公開日:2021年1月13日

2020年の高額作品トップ10、奴隷解放記念碑の撤去、欧州アートマーケットの中心地が移動?など:週刊・世界のアートニュース

ニューヨークを拠点とする藤高晃右が注目ニュースをピックアップ

いま、世界のアート界では何が起こっているのか? ニューヨークを拠点とする藤高晃右が注目のニュースをピックアップ。今回は、12月19日〜1月1日のあいだに世界のアート系メディアで紹介されたニュースを「2020年の振り返り」「政治とアート」「出来事」「分析記事」「アートマーケットの動き」「オススメの本」の6項目で紹介する。

ワシントンDCにある奴隷解放記念碑(記事内で言及される、ボストンで撤去済みの記念碑はこのコピー) 出典:Wikimedia Commons(yeowatzup)

2020年の振り返り

◎アーティストに聞く、2020年ベスト展覧会
アートフォーラム誌が23人のアーティストにそれぞれ今年一推しの展覧会を聞く企画。エリザベス・ペイトンとピーター・ソールが同時にルーヴルのダヴィンチを推薦しているのが面白い。
https://www.artforum.com/print/202009/the-artists-artists-84359

◎2020年を代表するアートプロジェクトと本
ArtAsiaPacificの編集者達が選ぶ2020年を代表するアートプロジェクトと本。NY Timesや他の英語アート誌のセレクションと全然違ってとても面白い。
http://artasiapacific.com/Blog/ArtAsiaPacificsFavoriteBooksAndArtistProjects2020/

◎2020年の高額作品トップ10
2020年にオークションで落札された高額作品トップ10。100億円を超えるものがなかったのは2016年以来だという。2019年と同様全員男性だが、今年はトップ10のうち3人は中国人作家。トップはフランシス・ベーコンで約87億円。
https://www.artsy.net/article/artsy-editorial-expensive-artworks-sold-2020

政治とアート

◎2つの国立博物館のゆくえ
長い間議論されてきた、国立のラテン系アメリカ人博物館と女性の歴史に関する博物館の2館を新たにスミソニアンの傘下につくるための法律がやっと成立。新型コロナウイルス追加経済対策法にあわせたもので、両院を通過した後トランプ大統領が署名を拒否していたが、最終的に年末に署名して成立。ただ、同様にアフリカ系アメリカ人歴史文化博物館の法案が成立したのが2003年だが、実際に開館したのは2016年であったことをみても、両館とも開館までには長い時間がかかることが予想されている。
https://www.vox.com/22206468/smithsonian-womens-history-museum-american-latino-omnibus

◎アンティーク取引に規制が適用へ
トランプの拒否権を覆して可決された国防権限法の一部として、アンティーク取引の透明性を上げるために銀行などと同様の規制が適用されることに。マネーロンダリング対策。貴金属や宝石取引と同様、あやしい取引を業者が当局に報告する必要が出てくる。買い手売り手ともにペーパー会社を使った匿名化もできなくなる。現在アート取引にはこの規制は適用されていないが、アート取引がマネーロンダリングに使われたり、テロリストの資金源になっている例がどのくらいあるかのリサーチが要求されており、その結果次第では同様の規制がアート取引にも拡大される法案が検討されるという。
https://www.nytimes.com/2021/01/01/arts/design/antiquities-market-regulation.html

◎奴隷解放記念碑が撤去へ
ボストンにあるリンカーンと解放された奴隷の像(奴隷解放記念碑)が撤去された。像のオリジナルはワシントンDCに、これはそのコピーで1879年に奴隷解放を祝福する意図で建立。壊れた手枷を振るって立ち上がる黒人の像が、リンカーンに跪いているようにも見えるというので撤去要望が出ていた。DCのオリジナルは開放された黒人篤志家達によってつくられていた。建設当初は黒人奴隷を開放した英雄としてのリンカーン大統領を称える意味合いが強かっただろうが、100年以上たった今、そもそもの奴隷制度についての認識が改められ、威風堂々と立つリンカーンの横で上半身裸で立ち上がろうとする開放された黒人奴隷という構図そのものが現在のパブリックスペースにふさわしくないという判断。歴史修正主義ととらえる反対意見もあるようだが、修正ではなく動かない歴史的事実の「解釈」のアップデートと捉えるべきであろう。
https://apnews.com/article/marty-walsh-us-news-1bbe10800ca102f9af56a6a04615adb5

◎欧州のアートマーケットの中心はロンドンからパリへ?
Brexitの一環で英国とEUの通商協定が合意されたが、アート業界への影響として、英EU間で関税は回避したが、EUのものを英国で売るにも、英国のものをEUで売るにも輸入VAT(付加価値税)がかかるので、このままではじわじわと欧州のアートマーケットの中心はロンドンからパリに移るのではないかという分析。展覧会目的には関税はかからないので美術館への影響は限定的とのこと。
https://www.theartnewspaper.com/news/art-specialists-pore-over-the-brexit-trade-deal-and-deliver-their-verdict

◎保守政権による美術館介入
スロベニアのリュブリャナ近代美術館の館長が今年3月にできた保守政権によってクビになったとのこと。東欧のポーランド、ハンガリーでも保守政権による美術館介入が続いており、館長はそれに並ぶものだと政権を批判。
https://www.artforum.com/news/zdenka-badovinac-fired-from-moderna-galerija-by-new-slovenian-government-84762

出来事

◎奇妙なクリスマスカード
数年前の記事だが、19世紀英国のヴィクトリア時代の(今から見ると)とても変なクリスマスカード集。殺人かえる、子供を袋に詰めるサンタ、死んだ小鳥など。19世紀初頭までクリスマスを祝う習慣がなく、今のイメージが定着するまでの時代は奇妙な絵柄がたくさんあったらしい。
https://hyperallergic.com/261847/have-a-creepy-little-christmas-with-these-unsettling-victorian-cards/

◎サックラー家内部のやりとりが明らかに
オピオイド鎮痛剤の製薬会社Purdueの破産手続きから、その大半を所有していたサックラー家内部のメッセージのやりとりが公表された。PR会社を使いながらこれまで支援してきた各美術館からも家族への好意的な広報を引き出すよう働きかけていたこと、2019年に風向きが変わって多くの美術館がサックラー家と距離を置く判断をしたことがわかる。
https://hyperallergic.com/609919/museums-were-key-to-sackler-pr-strategy-family-group-chats-reveal/

◎富裕層たちが見る景色
ハンガリー人アーティストのアンディ・シュミート(Andi Schmied)はNYでのアーティストレジデンスの際に、富裕なアンティークディーラーの妻を装って、NYの最も高級な25のコンドミニアムにうまく入り込んで超富裕層が住むアパートからの景色を写した写真集を制作。美しいいわゆる高層ビルからの眺めのような写真にあわせて、曇りの日のどんよりした退屈な写真も意図的に入れており、各写真に不動産セールスマン達のくだらない会話をテキストで載せているとのこと。
https://news.artnet.com/art-world/artist-posed-billionaire-new-york-penthouse-1932706

◎ドライブスルー形式の展覧会
コロナ禍での新しい展覧会の形として、メキシコシティでは、立体駐車場内にドライブスルー形式の展覧会が始まった。Museo Autoservicio(セルフサービス美術館)という名称で、彫刻、ビデオ、LEDインスタレーションなど20人の現代作家の30作品を車の中から鑑賞する。
https://hyperallergic.com/608908/please-remain-inside-your-vehicle-while-viewing-the-art/

◎METヨーロッパギャラリーの半分が再開へ
天井光のリノベのために閉まっていたメトロポリタン美術館のヨーロッパギャラリーの半分が再開。明るくなった。同時にこれまで時代とエリアでわかれていた展示をミックスし、新たに植民地主義、奴隷制、特権が剥奪されてきた女性など社会政治学的な現実を強調するような形に。
https://www.nytimes.com/2020/12/24/arts/design/metropolitan-museum-european-paintings-skylights.html

◎クーンズのオンラインコースに批判
ジェフ・クーンズがMasterClassという著名人(俳優、映画監督、シェフ、スポーツ選手など)が教えるオンラインコースにアートの先生として参加したが、2時間の授業でアートの作り方を教えるというより、ライフコーチもしくは自分の作品のセールスマンのようであるとの批判。
https://www.nytimes.com/2020/12/27/arts/design/can-jeff-koons-teach-me-to-paint.html

◎駅が新装オープン
ニューヨークで長い間建設中だった新ペンステーション(ペンシルベニア駅)が2021年の元日にオープンした。マディソンスクエアガーデンの地下で暗かった駅舎から隣の旧郵便局を改装したガラス張りの天高の明るいものに。駅舎内にケヒンデ・ワイリー(Kehinde Wiley)、スタン・ダグラス(Stan Douglas)とエルムグリーン&ドラッグセット(Elmgreen & Dragset)のパブリック・アートも設置されるようでその詳細についての記事。セントラルパークやロッカフェラーセンターのパブリック・アートをキュレーションしているPublic Art Fundが担当した。
https://www.nytimes.com/2020/12/30/arts/design/penn-station-art-moynihan.html?referringSource=articleShare

◎美術館からアーティストスタジオへ
ロンドンのロイヤル・アカデミー・オブ・アーツで22年間勤めたキュレーターのエディス・デバニー(Edith Devaney)がデイビッド・ホックニーのマネージング・ディレクター兼キュレーターに就任。カタログ・レゾネ編纂などに取り組む。美術館からアーティストスタジオへのキャリアパスは一昔前には考えられなかったのでは。
https://www.theartnewspaper.com/news/curator-edith-devaney-leaves-royal-academy-after-22-years-to-become-david-hockney-s-managing-director

分析記事

◎セラミック作品を集めるうえでのアドバイス
ここ5〜10年ほどで現代アート業界に一気にセラミックの作品が認知された。それまではデザイン・工芸に属する素材という認識が強かった。セラミックの作品を集めるにあたって「型にはまらない作家を」「専門美術館の動きを追え」など5つの助言にまとめた分析記事。
https://www.artsy.net/article/artsy-editorial-5-essential-tips-collecting-ceramics

◎ヴァーチャル展覧会の賛否
ヴァーチャル美術館ツアーなどが増え、逆に美術館来場者が減るのではないか?という問いに、そうではなく来場を促がすものであるとする論。またヴァーチャルでしかできない展覧会もあるし、研究者にとってもとても有益なツールであることなども紹介。
https://www.theartnewspaper.com/feature/lost-art-will-virtual-exhibitions-replace-in-person-museum-going

アートマーケットの動き

◎Art Dubaiは無事開催なるか
2020年はコロナでキャンセルになったアートフェアのArt Dubai、今年は3月半ばにオフラインで開催予定だとのこと。各国でワクチンの接種は始まっているが、3月の段階で安全に開催して客が集まる世界的な状況になっているだろうか。
https://www.artforum.com/news/art-dubai-unwavering-in-commitment-to-irl-2021-event-84641

◎アーモリー・ショーはコロナの影響を免れる
2020年まで3月初旬に行われていたニューヨークのアーモリー・ショーはコロナとは別に、会場変更のため今年から9月初旬に開催することになっていたので、開催にこぎつける可能性が高いだろう。偶然コロナの影響を2年とも回避できそうなラッキーなパターン。会場が新しくジャビッツ・センターになるのはどうでるか。
https://www.artnews.com/art-news/news/armory-show-2021-javits-center-1202680134/

◎著名アートホテルが立ち退きの危機へ
アーモリー・ショーの発祥の地でもあるアートホテルのグラマシーパークホテルがコロナで宿泊客やパーティーが激減して地主への土地代の支払いが滞っていて立ち退きの危機であると。各客室にはアート作品があり、ロビーや屋上のバーにもウォーホルやダミアン・ハーストの大型作品、サイ・トゥオンブリーなどもあり、アート資産だけでかなりのものだろうから破産はしないような気もするが。
https://news.artnet.com/art-world/wet-paint-gramercy-park-hotel-eviction-1932174

◎シリコンバレーで苦戦
ガゴシアンが2016年に開けたサンフランシスコ支店を2020年末に閉鎖した模様。新しい富を集めるシリコンバレーに新規顧客を獲得する動きと見られていたがうまくいかなかったか。
https://datebook.sfchronicle.com/art-exhibits/has-the-gagosian-gallery-left-san-francisco-signs-suggest-it-could-be-so

オススメの本

◎クリストとジャンヌ=クロードの活動を振り返る
ドイツ議会を梱包したりセントラルパークに7503個のオレンジ色も門を建てたりする作品で有名なクリストとジャンヌ=クロード。ジャンヌ=クロードは2009年に、クリストは残念ながら2020年の5月に亡くなった。彼らのすべての作品を振り返るのにふさわしい作品集の小型版がタッシェンから出版された。この記事はその一部を抜粋。
https://news.artnet.com/art-world/christo-jeanne-claude-book-taschen-1933863

Kosuke Fujitaka

Kosuke Fujitaka

1978年大阪生まれ。東京大学経済学部卒業。2004年、Tokyo Art Beatを共同設立。08年より拠点をニューヨークに移し、NY Art Beatを設立。アートに関する執筆、コーディネート、アドバイスなども行っている。