公開日:2021年2月9日

ロートレック作品にゴッホの姿?複雑化するアートと地域の関係、MoMA理事への相次ぐ批判など:週刊・世界のアートニュース

ニューヨークを拠点とする藤高晃右が注目ニュースをピックアップ

いま、世界のアート界では何が起こっているのか? ニューヨークを拠点とする藤高晃右が注目のニュースをピックアップ。今回は、1月30日〜2月5日のあいだに世界のアート系メディアで紹介されたニュースを「コロナ禍でのアートシーン」「MoMA理事長レオン・ブラックをめぐる動き」「できごと」「アートマーケット」「おすすめのビデオ」の5項目で紹介する。

パリの現代美術館、パレ・ド・トーキョー。同館の館長エマ・ラヴィーンも美術館再開の要望書にサインをした

コロナ禍でのアートシーン

◎美術館再開を求める動き
フランスのマクロン大統領は、1月29日にロックダウンは回避するものの文化施設は今後も当面閉鎖と発表。10月末からの閉鎖で、開館延期はこれで3度目になる。これを受けて100人近い美術館館長が文化大臣に宛てて、美術館のコロナリスクは低く、市民の精神的な健康に必要なものだとして再開を即す要望書を提出。
https://news.artnet.com/art-world/french-museum-leaders-calling-for-reopening-1941391

◎ボルチモア美術館は一部の展示を再オープンへ
11月25日から閉館中の、世界最大のマティスコレクションを有することでも知られるボルチモア美術館は、少人数ではあるが、完全予約制で2月6日から3月7日まで一部の展示を再オープンする。予約者は制限時間90分で2つの展覧会を見ることができるとのこと。3月7日に再オープンするかどうかは未定。
https://www.wbaltv.com/article/baltimore-museum-of-art-to-allow-small-groups-with-reservations/35364650

◎バレリーナ、ダンサーが屋外練習を続ける理由
コロナでスタジオが閉鎖され、練習場を失ったバレリーナやダンサー達は自宅以外の場所を求めて去年の夏から公園などで集まって屋外練習をしてきた。ニューヨークの厳しい冬を迎えた今でも、その多くが厚着をして走ってくることで身体を温めてでも屋外で練習を続けているという。自宅では一人でしか練習できず、他のダンサー達と実際に一緒に練習するのがとても重要で、それができるのが屋外しかないため。
https://www.nytimes.com/2021/02/02/arts/dance/ballet-class-outdoors.html

◎バレエのデジタルシーズン
劇場でのバレエの公演は9月からを予定しているニューヨーク・シティ・バレエ団だが、ダンサーや監督達は近いうちにリンカーンセンターの劇場に戻るという。2月22日から始まるデジタルシーズンのためだ。デジタルシーズンとして、劇場でのバレエのストリーミングの他、ポッドキャストやビデオインタビューなども公開される計画。
https://www.nytimes.com/2021/02/04/arts/dance/new-york-city-ballet-spring-season.html

MoMA理事長レオン・ブラックをめぐる動き

◎MoMA理事への相次ぐ批判
ナン・ゴールディン、ゲリラ・ガールズ、ヒト・シュタイエルなど150人以上のアーティスト達、アートワーカー達がMoMAの理事長レオン・ブラックの解任を求めている。2012年から2017年の間に税務アドバイスやアートコレクションへのアドバイスに対する報酬として約160億円程度がブラックからジェフリー・エプスタインに支払われたことが明らかになったため。ブラックだけでなく、MoMAの他の5人の理事にも刑務所ビジネス、メキシコとの国境での警備ビジネスなどマイノリティをターゲットにした様々な倫理的ではないビジネスからの多額の報酬を得ているとして批判があがっており、こうした米国型フィランソロピーの根源的なあり方に変化を求める声もではじめている。
https://hyperallergic.com/619709/artists-call-for-leon-blacks-removal-moma-jeffrey-epstein/

◎声を上げるゲリラ・ガールズ
また、レオン・ブラックが所有するアート書籍出版社ファイドンとの契約をゲリラ・ガールズが2018年にキャンセルしていたことが分かった。ゲリラ・ガールズは現在ブラックをMoMAの理事長から解任することも求めている。
https://news.artnet.com/art-world/guerrilla-girls-cancel-phaidon-leon-black-1941085

できごと

◎複雑化するアートと地域の関係
あるNYの不動産デベロッパーが、コロナで不動産が不振ということもあり、20人の作家に作品寄贈を条件に1年間無償でスタジオを提供するという。一見いい話に聞こえるが、その影で周辺の地価高騰で追い出される作家がたくさん出るだろうと。こういう事態をartwashingと呼ぶらしい。つまり、少数のアーティストに厚遇を与えてその地域のブランディングをやり直して街を魅力的にすることで地価の高騰を実現し、長期的にはデベロッパーの儲けになる。だが、結果的にその地域に住む大勢のアーティスト達は家賃高騰で出ていかざるを得なくなる。作家としてそういう厚遇を拒絶するべきなのではという論。これまではこのようないわゆるジェントリフィケーションは都市開発の中でポジティブな文脈で使われてきたが、それが1周まわって負の側面が明らかになりはじめていると。現実はこのような単純な二者択一の話ではなくもっと複雑な問題だが、指摘として重要な視点。個人的にはニューヨークは地価が高くなりアーティストレジデンスもぐっと減ったのでもっと増えてほしいと感じているが、こういう指摘が出る背景も理解できる。また、5年ほど前に多数のギャラリーがチェルシーからチャイナタウンに引っ越したときもやはり地元との摩擦が発生した。アートと地域の関係はどんどんと複雑化している。
https://hyperallergic.com/616931/artwashing-during-a-pandemic-should-artists-say-no-to-real-estate-crumbs/

◎アマンダ・ゴーマンのポートレイト絵画
バイデン大統領就任式で詩をよんで大きな注目を集めたアマンダ・ゴーマンのポートレイト絵画が早速ハーバード大学のアートコレクションにおさまった。ガーナ人作家のラファエル・アヅェテイ・アジェイ・メイン(Raphael Adjetey Adjei Mayne)が5日で描きあげ、コレクターのアマール・シン(Amar Singhが購入して母校のハーバードに寄贈。
https://news.artnet.com/art-world/amanda-gorman-harvard-painting-gift-1940108

◎Clubhouse人気はドイツアート界でも
1月末に日本で爆発的に広がった音声によるSNSアプリClubhouseだが、世界のアート業界でも広がってきているよう。特にドイツでも同時期に人気が爆発したようで、ドイツ語圏のアート関係者が多いとのこと。確かに今のところ個人的にアプリを見て回った限りあまりアメリカの関係者を見かけない気がする。Clubhouse は日本ではApp Storeでダウンロードランキング1位になったとのことだが、ドイツでも1位になったそう。
https://news.artnet.com/art-world/clubhouse-app-social-media-1940404

◎ロートレック作品にゴッホか?
広島美術館所蔵のトゥールーズ=ロートレックの素描作品の中の人物の一人がゴッホである可能性が高いという研究結果がゴッホ美術館の研究者によって発表されたそう。自画像以外のゴッホの顔はとてもめずらしい。ゴッホといえば有名な作品から南仏のイメージだが、南仏に引っ越す前にパリにいてロートレックとも知り合いだったことに気付かされる。パリの垢抜けたロートレックの絵にゴッホが入っているのはなんとなくイメージにあわないが、考えてみればゴッホも当然パリで印象派などを見て影響を受けたからこそのあの作風に行きついたわけだ。
https://www.theartnewspaper.com/blog/is-van-gogh-hiding-at-the-back-of-a-toulouse-lautrec-drawing

◎被害が続いたベイルートの状況
昨年8月に爆発事故があったベイルートからの記事。爆発があった港の近くには美術館やスタジオなどが集まる地域もあり、壊滅的な被害があったとのこと。レバノンは2019年に金融恐慌、そして2020年にはコロナ、さらに爆発と災難続きだが、それでも11月の再ロックダウン前には被害が少なかったエリアなどで文化イベントが少しずつ再開されていた模様。また、レバノンの作家を招待したブラジルのレジデンスプログラムも紹介されており、まだまだ足りないとはいえ海外からのサポートなどもはじまっている様子。
https://www.artnews.com/art-news/news/beirut-blast-six-month-anniversary-1234582901/

◎アーティストの勝利
ジョージ・フロイドの事件への反応としてニック・ケイヴがNY郊外のギャラリーのファサードに大きく「Truth be told」と描いた作品が、保守の地元政治家などからこれは標識であり、規制違反だと訴えられていた事件だが、これは芸術作品であり表現の自由の範疇だとして作家が勝利した。今年の5月にはこの作品がブルックリン美術館に巡回する。
https://www.artnews.com/art-news/news/nick-cave-truth-be-told-legal-battle-free-speech-1234582951/

◎助成金の変更
ジョアン・ミッチェル財団の助成金が、これまでの1年に25人のアーティストに約250万円支給する方式から、15人に減るかわりに、初年度は200万円、その後4年に渡って年に100万円の長期で継続的な計600万円の支給へ変更。同時に個人の会計金融のクラスも提供するという。
https://www.theartnewspaper.com/news/joan-mitchell-foundation-switches-to-longer-term-support-of-us-artists

アートマーケット

◎価格表示が成功の鍵か
Artsyが2020年にオンラインでの売上が2.5倍になったそう。そこに驚きはないが、面白いのはアート業界であまりされてこなかった作品価格をサイト上で明確にしたことでも、若い新しいコレクターへの売上が上がったという分析。他のオンラインストアと同様、その場で気に入った作品の価格がわかって即買えるのがいいとのこと。
https://www.businessinsider.com/mike-steib-artsy-ceo-digital-pandemic-interview-2021-1

◎贋作の犯人はあのアーティスト?
レイモンド・ペティボンの大きめで人気の高い波がモチーフの作品が、プライベートセールで約1億円にてあるアドバイザーに持ちかけられた。怪しんだアドバイザーが所属ギャラリーに確認したところ完全な贋作ではなく、未完の作品がスタジオから持ち出されて別人が描き加えて完成させたものだとわかった。犯人は一世を風靡した若手作家のクリスチャン・ロサである可能性が高いとのこと。クリスチャン・ロサは2012年に美大を出てすぐに売れっ子に。ニューヨークのHoleギャラリーなどで展覧会をして、2014年にはオークションで2000万円を超えるまで上がったが、その後は下火に。ある展示をきっかけにペティボンと仲良くなりスタジオに遊びに行ったりして、作品の交換などもする間柄だったという。
https://news.artnet.com/art-world/wet-paint-christian-rosa-raymond-pettibon-1940051

◎出品物に文化遺産
パリで2月9日に予定されているクリスティーズのオークションの出品物の中の30品がメキシコの文化遺産であるとして、またさらに別の3品は偽造品であるとしてメキシコ国立人類学歴史研究所が出品取りやめを要請。マティスの末っ子ピエール・マティスのコレクションの競売。
https://hyperallergic.com/619472/mexico-asks-christies-to-cancel-upcoming-sale-of-pre-hispanic-objects/

おすすめのビデオ

◎ショーン・レオナルドのパフォーマンス作品とインタビュー
Art21の新しいシリーズNew York Close Upはニューヨークの若手作家を紹介していくそう。その第1弾が「Shaun Leonardo: The Freedom to Move」。ニューヨークに住む自分もショーン・レオナルドというパフォーマンスアーティストのことをほとんど知らなかったが、アメリカにおける有色人種の身体について考えさせる素晴らしいパフォーマンス作品の紹介と彼のインタビュー。知らなかった作家について短時間で勉強になる。このタイミングで彼を取り上げるart21にも脱帽。
https://art21.org/watch/new-york-close-up/shaun-leonardo-the-freedom-to-move/

Kosuke Fujitaka

Kosuke Fujitaka

1978年大阪生まれ。東京大学経済学部卒業。2004年、Tokyo Art Beatを共同設立。08年より拠点をニューヨークに移し、NY Art Beatを設立。アートに関する執筆、コーディネート、アドバイスなども行っている。