横尾芸術のすべてを目撃せよ:東京都現代美術館「GENKYO 横尾忠則 原郷から幻境へ、そして現況は?」レポート

「怪人二十面相」のようにさまざまな顔を持つ「横尾忠則」という稀有な存在(文・写真:永田晶子[美術ジャーナリスト])

poster for Genkyo Yokoo Tadanori

「GENKYO 横尾忠則 原郷から幻境へ、そして現況は?」

清澄白河、両国エリアにある
東京都現代美術館にて
本日終了

poster for Tadanori Yokoo “The Artists”

横尾忠則 「The Artists」

六本木、乃木坂エリアにある
21_21 DESIGN SIGHTにて
本日終了

In フォトレポート by Art Beat News 2021-08-07

いわゆる「画家宣言」から40年。今年85歳になった横尾忠則の過去最大規模の個展が東京都現代美術館で開かれている。展覧会タイトルは「GENKYO 横尾忠則[原郷から幻境へ、そして現況は?]」。3フロアにまたがる会場はコロナ禍の下で描いた新作を含む約600点が集結し、すさまじい作品量にまず圧倒される。

今年1~4月に愛知県美術館で開催した個展をスケールアップさせた。企画監修した南雄介(前愛知県美術館館長)は「展示の半数を入れ替え、新たに大きな作品300点を加えて愛知展とはまったく違う展覧会になっている。総合的に横尾芸術の全貌を見ていただけると思う」と話す。横尾自ら総監修した本展は14章で構成され、さまざまな角度から60年に及ぶ創作を照射している。

横尾は1936年、兵庫県西脇市生まれ。1960年に上京し、亀倉雄策や田中一光らが在籍する日本デザインセンターに入社。64年に独立後はモダニズムに反旗を翻すような個性的なデザインが脚光を浴び、アングラ演劇や映画・テレビ出演、執筆活動など領域横断的に活動して時代の寵児とも目された。

その横尾が1980年夏、ニューヨーク近代美術館で大規模なピカソ展を見たのを機にデザインから絵画へ軸足を移したことはよく知られている。「美術館の出口に立った時、ぼくは決断してしまっていた。/『画家になろう』/画家になろうと言って一口でそう簡単に画家になれるものではないことはピカソの作品が語りつくしていた。だけど内部から突き上げてくる激しい衝動にはどうにもならないものがあった」(『ぼくなりの遊び方、行き方 横尾忠則自伝』)。

1階の導入部は「神話の森へ」と題し、その「画家宣言」後の1980年代に制作した作品が並ぶ。真っ先に目に入るのは《画家の自画像》(1982)。赤一色を背景に灰色の顔が宙に浮かび、「ARTSIT BY ARTIST」の文字が決意を伝える。横尾は自身を繰り返し作品に登場させており、自画像を追うだけでも画風や心境の変化がたどれそうだ。

三島由紀夫や日本神話を筆跡がたっぷり残る表現主義的な手法で色鮮やかに描き、電飾や鏡、骨などの異物をコラージュした実験的な試みが目を引く。当時の世界的動向である新表演主義との関係が指摘されているが、印象深いのは現在まで特徴的な「身体性」を感じさせる作品。森の中に立ち口に手を当てた男性の裸体像は、横尾が好む「ターザン」を思わせる。陶板作品《戦後》は、焼けただれた廃墟の俯瞰図に手のひらや美空ひばりらの像が合わされ、復興を支えた「希望」が可視化されている。

イメージを元の文脈から引きはがし、再構成するコラージュの手法はデザイナー時代から横尾の制作の柱であった。次章の「多元宇宙論」は名作絵画や映画を引用し、独自解釈を加えて、換骨奪胎した作品が並ぶ。カンバスを細く裂いて重ね合わせた初期の「多次元絵画」から、同一平面上に編集した複雑な画像を現出させる90年代以降まで、引用源は多彩で古今東西を問わない。ミケランジェロのダヴィデ像と北斎の浮世絵を合体させたり、画中にルーベンスの神話画が潜んでいたり、映画女優の顔に滝図を重ねたり。力技のような組み合わせから、新たなイメージを立ち上げている。

「リメイク/リモデル」の章は、連作《ピンク・ガールズ》とその反復作品、素朴派のアンリ・ルソーの絵画を改変したシリーズなどを集めた。「画家宣言」以前の1966年に発表した《ピンク・ガールズ》は、しどけない姿の女性が富士山や濠など日本の風物を背景にどぎつい色彩で描かれ、その不穏な気配は数十年後に制作した「お堀」シリーズに引き継がれている。米国生まれのポップアートと土俗的なモチーフの融合は、隣の展示室「越境するグラフィック」でも見て取れる。ここではデザイナー時代に手掛けた「天井桟敷」「劇団状況劇場」のポスター、「パリ青年ビエンナーレ」でグランプリを獲得した版画などが並び、イメージを縦横無尽に組み替える横尾流の原点を見る思いがする。

本展で唯一の空間作品もある。横尾が収集した滝の絵葉書を天井壁面に張り巡らし、床は鏡面に仕上げた「滝のインスタレーション」。膨大な数の滝像に取り囲まれるうちに方向感覚が薄れ、床に目を落とせば吸い込まれるようでクラクラする。横尾の特異な世界観を感じられる体験型の展示になっている。

異世界へのトリップ感は、次章の「地球の中心への旅」でも味わえる。紹介されているのは暗い光に照らされた地底や洞窟、海を舞台に、少年や怪異な人物、女性の裸体像や人間の耳を組み合わせたシュールな趣の作品群だ。ターザン映画や江戸川乱歩の探偵小説から派生させた「血沸き肉躍る冒険」は90年代以降、横尾の主要テーマの一つになった。少年向け本の表紙絵を思わせる、ねっとりと塗り込めるような筆致のリアリズムは、勃然と“成熟”を拒んでいるようにも見える。そうした幼児性を見せる一方、続く「死者の書」の章は、輪廻転生や鬼籍に入った人々など「生と死」を主題にした作品がそろっている。血のような赤色で覆われた連作は、空襲や生い立ちの記憶が劇的に表出され、横尾の死生観をうかがわせる。

3階会場の前半は近年の代表作「Y字路」シリーズが占める。3つの展示室に2000年に描いた夜間光景の第1作から、昼間や黒いY字路、ポップ調など、バリエーション豊かな50点以上が集められている。三叉路(Y字路)を中心に置く構図はそのままに、場所や時間帯をさまざまに変え、描法や色調が転調していく展開が見どころだ。

横尾が「Y字路」を描き始めたのは、子供の頃通った模型店が壊された跡地の写真を見て、個人のノスタルジーを超えた「普遍性」を感じたのがきっかけだという。確かに道が分かれるY字路は「人生」の象徴にも思え、見る者を引き込む魔力がある。取り残されたような街角の風情に、自分の「原風景」を重ねる人も多いようだ。21世紀初頭を代表する、日本絵画の一つと言えるだろう。

「Y字路」の展示室をつなぐ「タマへのレクイエム」の章は、横尾が飼い猫を描いた連作90点が通路の壁を埋める。あらゆる表情や姿態が素早いタッチで描出され、亡き猫への愛情が迫ってくる。大リーグ野球で活躍する大谷翔平選手と「二刀流」の宮本武蔵をモチーフにした回転式の作品もある。

「概念芸術の父」と言われるマルセル・デュシャンにも眼差しを向ける。「横尾によって裸にされたデュシャン、さえも」の章は、絵画に否定的だったデュシャンの肖像や作品を引用し、黒いユーモアを発する絵画が並ぶ。次章「終わりなき冒険」は旅先の風景や出来事を散りばめた《温泉シリーズ》や文字と絵画を融合する試み、「西脇再訪」では昔の記憶を呼び覚ましながら郷里で制作した紙漉きコラージュを紹介している。

「今一番好きな自分の作品は、頑張って描いたものより、嫌で嫌で仕方なく描いた近作」と内覧会の会見で語った横尾。最近の制作について「面白くないし疲れるし、嫌だな嫌だなと思いながら描いているが、その嫌々描いた絵を見てみたい好奇心が少しある」とも。

そんなコロナ禍前後に描いた近作・新作を集めたのが3階最後の展示室「原郷の森」。明るめの色調や筆跡が残るタッチ、寒山拾得や日本神話などの主題は表現主義的な初期作を思い起こさせるが、柔らかく飄々とした味がある。ある種の禅画に通じる「ユルい」感じ、その中に「死」の気配が漂う。寒山拾得の表情や手に持つトイレットペーパーと掃除機が脱力感を誘うが、作品に頻出する“首吊りの輪”も描きこまれている。「以前の作品を全否定するような、実にいい加減な描き方をしている」と横尾は会見で話したが、次のステージを見据えた新しい挑戦と受け止めた。

本展を締め括るのは、5歳の時に描いた挿絵の模写や高校時代の油彩画などを展示する2階の「アーカイヴ」コーナー。1階のエントランスホールとミュージアムショップでは、コロナ禍を受けSNS上で発信する《WITH CORONA(WITHOUT CORONA)》シリーズを紹介している。なお、横尾は肖像画も多数手がけており、こちらは六本木の21_21 DESIGN SIGHT ギャラリー3で開催中の「横尾忠則:The Artists」展が必見。パリのカルティエ現代美術財団が横尾に制作を依頼した多様な分野・国籍のアーティストの肖像画139点が一堂に会し、その妙技が堪能できる。

画家、デザイナー、版画家、空間作家、反モダニスト、冒険家、シミュレーショニズムの実践者、文筆家、望郷者……。絵画のモチーフにする「怪人二十面相」のうわてを行くように、さまざまな顔を持つ「横尾忠則」という稀有な存在。その闊達自在な創造の秘密に、作品を通して迫りたい。

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