
「第76回学展アート&デザインアワード(学展)」審査員。左から、野路千晶(Tokyo Art Beatエグゼクティブ・エディター)、牧正大(MAKI Gallery代表/アートコレクター)、ヒロ杉山(Enlightenment代表/アーティスト)、沓名美和(現代美術史家/キュレーター)、南塚真史(NANZUKA代表)、佐々木香菜子(アーティスト)
70年以上の歴史を持つ公募展「学展」の第76回となる「第76回学展 Art&Design Award」の審査が行われ、各賞の受賞作品が決定した。
受賞作品を含む出展作品は、8月6日から16日まで、東京・六本木の国立新美術館で展示される。学展は、幼稚園児から大学生、一般まで幅広い年代が参加する全国規模のアート&デザインアワード。絵画をはじめ、イラスト、彫刻、工芸、版画、デザイン、デジタル、写真など、多様なジャンルの作品を受け付けている。


今年の審査には、ヒロ杉山、牧正大、沓名美和、佐々木香菜子、野路千晶に加え、NANZUKA代表の南塚真史が新たに参加。アーティスト、ギャラリスト、キュレーター、アートメディアなど、それぞれ異なる立場から作品を審査した。



また、8月8日に国立新美術館講堂で行われる表彰式では、俳優・髙橋一生が伴走者として参加した学展特別映像企画第2弾《関わり混ざる三日間》が、受賞者および関係者に向けて初公開される予定だ。本作では、異なる世代の参加者たちが、対話や葛藤を重ねながらひとつの作品を共同制作していく過程が記録されている。




各審査員から、今回の審査を振り返る総評と、審査員賞に選んだ作品についてのコメント、出展者・指導者へのメッセージが寄せられた。
ヒロ杉山(Enlightenment代表/アーティスト)

総評
今年も楽しく審査をさせていただきました。学展の審査員を務めて18年ほどになりますが、ここ3、4年で、作品の傾向が大きく変わってきたように感じています。以前よりも表現が自由になり、現代美術的な発想を持つ作品も増えてきました。いっぽうで、幼い子供たちは変わらず元気に、自分の感覚のままに作品を作っている。その両方を同じ場所で見ることができるのが、学展の面白さだと思います。コロナ禍の頃は、社会の空気を反映してか、暗い印象の作品も多く見られました。そこから少しずつ色彩や発想が明るくなり、今年は作品から外の世界へ向かっていくようなエネルギーを感じました。
審査員賞の作品について
吉田知史さんの《船も持てるクジラ》は、鮮やかな色彩によって画面全体が大胆に構成された、非常に力強い作品です。色彩感覚の良さだけでなく、画面から伝わってくる勢いやエネルギーが強く、最初に見たときから印象に残っていました。大きなクジラと船というモチーフの組み合わせにも、作者ならではの自由な発想があります。多くの作品が並ぶなかで自然と目を引く存在感があり、審査員賞に選ばせていただきました。
出展者へのメッセージ
作品を作るときには、たくさんの良い作品を見て、様々な刺激を受けることが大切です。ただし、外から受け取ったものをそのまま真似するだけではなく、自分の内側から出てくるものも大事にしてください。オリジナリティは、無理に奇抜なことをしようとして生まれるものではありません。自分が本当に面白いと感じることや、好きな色、かたち、モチーフを大切にしながら、作品を作り続けてほしいと思います。100人いれば、100通りの表現があります。人と違うことを怖がらず、自分の感覚を信じて制作してください。
指導者へのメッセージ
先生自身の好みや価値観を強く押しつけてしまうと、子供がもともと持っていた個性が消えてしまうことがあります。作品を完成形へ導くのではなく、制作を始めるためのきっかけや、本人が自分で考えるためのヒントを与えることが大切なのではないでしょうか。100人の子供がいれば、100通りの絵があってよいと思います。それぞれが持っている感覚や興味を見つけ、その違いを伸ばしていくような指導をしていただければと思います。

牧正大(MAKI Gallery代表/アートコレクター)

総評
幼少部から一般部まで作品を続けて見ていくと、まるでひとりの人間が成長していく過程を追っているように感じます。幼い頃には、感覚的で抽象的な表現が多く、小学生になると家族や動物、身近な風景などが描かれるようになります。中学生、高校生、大学生へと成長するにつれて、そこに知識や経験、社会への関心、テーマやコンセプトが加わっていく。その変化を一度に見ることができるのが、学展の大きな魅力です。今年は、外の世界へ意識が開かれている作品や、明るい風景、解放的な発想を持つ作品が増えたように感じました。作品には、それぞれが生きている時代や社会の空気が、自然と表れるのだと思います。
審査員賞の作品について
野口紗希子さんの《アイデンティティ(笑)》は、四角いかたちと丸みを帯びたかたちの対比、画面に配置された矢印や記号など、非常に印象的な構成を持つ作品です。一見すると平面的ですが、かたちや線の重なり方によって距離や奥行きが生まれており、作者の優れた空間把握能力を感じました。鮮やかな水色を基調としながら、その下から赤い色が見えている色彩表現も魅力的です。作品の意味を一方的に説明するのではなく、「これは何を表しているのだろう」と見る人の想像を広げる力があります。《アイデンティティ(笑)》というタイトルも含めて、作者自身の考えや、その先の表現をもっと見てみたいと思わせる作品でした。
出展者へのメッセージ
流行や周囲の作品から影響を受けること自体は、決して悪いことではありません。自分が本当に好きだと思ったものであれば、それを深く知り、学び続けることで、やがて自分自身の表現の軸になっていきます。大切なのは、誰かと同じものを作ろうとすることではなく、自分がなぜそれを好きなのか、どの部分に惹かれているのかを考えることです。好きなものを基盤にしながら、様々な表現や価値観に触れ、柔軟に自分の作品を更新していってほしいと思います。
指導者へのメッセージ
指導する際には、作品の完成度だけではなく、子供の小さな変化や、その人ならではの感性を見逃さないことが大切です。技術的な知識だけでなく、美術史や現代の表現、音楽、映画、文化など、幅広い視点を持つことで、生徒が興味を持っているものをより深く理解し、適切に支えることができます。すぐに答えを与えるのではなく、その人が何を見て、何を感じ、何を表現したいのかを一緒に考えていただきたいと思います。

沓名美和(現代美術史家/キュレーター)

総評
今年の作品には、現在の社会が必ずしも明るいニュースばかりではないことを反映しているのか、少し暗いトーンのものが多かったように感じました。しかし、それは決して悪いことではありません。出展者一人ひとりが、いまの社会や自分を取り巻く環境をとらえ、それぞれの方法で作品へ落とし込んでいるのだと思います。今年はとくに抽象的な作品が多く、何が描かれているのかをすぐには理解できないからこそ、「これはどのように読み解けばよいのだろう」と考えさせられました。作品のタイトルを手がかりに、審査員同士で意味を掘り下げていく時間も非常に興味深いものでした。幼い子供から大人まで、人が成長する過程とともに表現がどのように変化していくのかを見ることができる点も、学展ならではの魅力だと思います。
審査員賞の作品について
山本彩乃さんの《生きる》は、強い画力と、絵具そのものの存在感を感じさせるペインタリーな作品でした。作品に添えられた文章には、身体から花が咲き、そこから根が伸びていくような、詩的なイメージが記されていました。その表現からは、現在の戦争や社会状況だけでなく、「生きる」ということが決して容易ではなく、様々な葛藤のなかからかたちづくられていくものであることが読み取れます。技術とテーマの両面に強さを持ち、見る人の感情を揺さぶる作品として選びました。
出展者へのメッセージ
自分らしさや個性は、最初から決まったかたちで存在するものではないと思います。たくさんの作品を見て、誰かの表現を真似してみたり、失敗したり、異なる価値観に出会ったりする。その繰り返しのなかで、それでも自分のなかに残っていくものが、少しずつその人の表現になっていきます。一度の失敗や、ひとつの評価によって、自分には才能がないと決めつける必要はありません。むしろ、たくさん失敗してみてください。作り続けた先に残ったものが、自分自身のアイデンティティになっていくのだと思います。
指導者へのメッセージ
アートは、様々な背景や価値観を持つ人を受け入れることができる場所です。作品に対する評価も絶対的なものではなく、時代や見る人によって変化します。一回一回の作品の出来や、その時点での評価にとらわれすぎず、生徒が試行錯誤を続けられる環境を作ることが大切だと思います。他者の作品を真似することや、様々な情報を取り入れることも、成長の過程のひとつです。失敗を否定せず、その人のなかに最後まで残っていくものを見守っていただきたいと思います。

佐々木香菜子(アーティスト)

総評
幼少部から一般部までの作品を見ていくと、年齢によって表現がどのように変化していくのかを感じます。幼い子供たちの作品には、考えるよりも先に手が動いているような自由さと、強いエネルギーがあります。年齢を重ねるにつれて知識や技術が加わり、作品としての完成度は高くなっていきますが、そのいっぽうで、最初に持っていた自由な感覚や余白が少なくなってしまうこともあります。上手く描くことだけを目的にするのではなく、自分がそのとき何を感じているのかを、心のままに表現することを大切にしてほしいと思いました。
審査員賞の作品について
山谷歩廉さんの《あぶく》は、ひとつの言葉を起点に、泡やアクのようにも見える様々なかたちが、キャンバスいっぱいに広がっている作品です。色の発色も美しく、ひとつのモチーフから作者の内側にある多様な感覚やイメージが引き出されています。同じようなかたちが反復されながらも、それぞれに違いがあり、画面全体に独特のリズムが生まれていました。ひとつの言葉から自由に想像を広げ、豊かな画面へと発展させている点に魅力を感じ、選ばせていただきました。
出展者へのメッセージ
他人の作品を見るときは、自分と比べて上手い、下手と判断するのではなく、「この人はどのような世界を見ているのだろう」と考えてみてください。個性は、無理に作り出すものではありません。これまでに経験したこと、人との関わり、自然、音楽、誰かを好きになったことなど、日々感じてきたものの積み重ねから生まれます。制作に行き詰まったときは、一度絵から離れてもよいと思います。日常のなかで感じることをやめずにいれば、それがいつか作品として現れてくるはずです。
指導者へのメッセージ
生徒の個性を早く見つけようとしたり、明確なかたちにしようと急いだりする必要はないと思います。
迷うことや、苦しむこと、作品がまとまらないことも、表現が生まれるための大切な時間です。すぐに正解へ導くのではなく、その過程を安心して経験できる環境を作っていただきたいと思います。ひとつの言葉から様々なものを連想するような遊びや、想像力を広げる時間を取り入れることも、子供たちの自由な感覚を引き出すきっかけになるのではないでしょうか。

野路千晶(Tokyo Art Beatエグゼクティブ・エディター)

総評
今回も、とてもエネルギーに満ちた作品が多かったです。「本当にこの対象が好きなのだろう」「このことが気になって仕方がなかったのだろう」という作者の気持ちや、描いているときの心情、関心の在り方が、作品を通して率直に伝わってきました。見ていて楽しく、ワクワクする作品が多かったです。また今年は、平和への願いや、現在の社会状況に対するメッセージを感じさせる作品も印象に残りました。日常の身近な出来事と、より大きな社会の問題とが、若い出展者たちのなかでもつながっていることを感じました。
審査員賞の作品について
勝凪さんの《無題》を最初に見たとき、自分が子供だった頃のことを思い出しました。子供の頃には、何もせず、ただぼんやりとしながら、何でもないことを考えている時間がありました。この作品を見たことで、自分にもそうした時間があったことを思い出しました。良い作品とは、知らない誰かについて思いを馳せたり、自分の過去を思い出したり、いま自分がいる時間や場所から、意識を少し遠くへ運んでくれるものだと思います。静かなトーンと大きな余白を持つこの作品には、見る人の想像力が入り込む余地があります。その余白に強く惹かれ、選ばせていただきました。
出展者へのメッセージ
作品を作るうえで、「自分はこうでなければならない」と思い詰める必要はありません。いま興味を持っていることを大切にしながら、違う方向に気持ちが動いたときには、素直に方向を変えてもよいと思います。その変化も含めて、その人自身の表現になっていくのではないでしょうか。SNSなどを通じて多くの作品や情報に触れられる時代だからこそ、外から刺激を受ける時間と、自分が何を感じているのかを静かに見つめる時間の両方を持ってほしいと思います。
指導者へのメッセージ
指導者は、生徒が自分で答えを見つけるまで、信じて待つことも大切だと思います。大人が良いと思う方向や、効率的に上達できる方法を示したくなることもあると思いますが、その考えが必ずしも本人にとって正しいとは限りません。自分で迷い、考え、発見した経験は、その後の自信や表現の軸につながります。すぐに答えを与えるのではなく、生徒自身が選び取るための時間を支えていただきたいと思います。

南塚真史(NANZUKA代表)

総評
幼稚園児から大人まで、幅広い年代の作品を一度に見ることができ、自由な表現を持つ魅力的な作品が数多くありました。審査では、技術的な完成度だけでなく、作者が何に関心を持ち、どのような世界を見ているのかに注目しました。個性を無理に作ろうとするのではなく、自分が本当に好きなものや、気になって仕方がないものを深く掘り下げていくことが重要だと思います。オリジナリティは、最初から完成されたかたちで存在するものではありません。様々な作品や文化、人との出会いを通じて自分のなかに残っていくものが、次第にその人の表現の軸になっていくのだと思います。
審査員賞の作品について
丸山璃奈さんの《あなたは覚えていない》は、電車内にいる静かな人物たちと、窓の向こうに広がる明るく自由な風景との対比が印象的な作品です。電車の内側には、成長して現実のなかに生きる作者自身や母親を思わせる、暗く静かな大人の世界が描かれています。いっぽう、窓の向こうには、作者が幼い頃に見ていたような、自由で鮮やかな世界が広がっています。静寂と賑やかさ、現在と過去、大人と子供という異なる時間が、ひとつの画面のなかに共存しています。懐かしさを感じさせる子供のようなタッチを残しながら、構成や描写には高い技術があります。明確なコンセプトと、それをひとつの画面として成立させる力の両面で優れた作品だと感じ、選ばせていただきました。
出展者へのメッセージ
自分らしさは、無理に作ろうとして生まれるものではありません。漫画でも、ゲームでも、登山でも、釣りでも、自分が本当に興味を持っているものを突き詰めていく。その過程で他者の作品や考え方に出会い、自分との違いを知ることで、少しずつ自分の輪郭が見えてきます。私自身も学生時代には、自分のアイデンティティが見つからず、作品の方向が何度も変わりました。しかし、迷いながらも自分が興味を持つものを追い続けたことが、その後につながっています。表現は、自分が本当に興味を持っているものからしか生まれません。焦らず、自分の「好き」を深く掘り下げてください。
指導者へのメッセージ
生徒に対して、最初からオリジナリティを求めるだけでは、本人もどうすればよいのか分からなくなってしまいます。まずは、その子が何を好きなのか、何に夢中になっているのかを知ることが大切です。それが一般的な美術の枠から外れているように見えても、「駄目だ」と否定するのではなく、どのように表現へつなげられるかを考え、伸ばしてあげてほしいと思います。他者と出会い、違いを知り、時にはぶつかることも、個性を育てるための大切な経験です。本人の基準を尊重しながら、多様な価値観を受け入れられるように支えていただきたいと思います。

「第76回学展 Art&Design Award」主な受賞者
以下では、各賞の受賞者の中から、審査員賞、優秀賞、Pasona art now賞、入賞の受賞者の一部を紹介する。
審査員賞
審査員賞・ヒロ杉山 吉田知史《船も持てるクジラ》
審査員賞・牧正大 野口紗希子《アイデンティティ(笑)》
審査員賞・沓名美和 山本彩乃《生きる》
審査員賞・佐々木香菜子 山谷歩廉《あぶく》
審査員賞・野路千晶 勝凪《無題》
審査員賞・南塚真史 丸山璃奈《あなたは覚えていない》
優秀賞
杉山颯亮《おばけこわいぞ》
川崎充渚《FLASH》
東本創士《再構築》
入賞
山中天使《変わらないもの》
田中隆真《Elements》
矢吹嘉怡《やすらかに》
Pasona art now賞
野島裕司《昼寝》
「第76回学展 Art&Design Award」概要
会期:2026年8月6日〜16日
会場:国立新美術館(東京・六本木)
開場時間:10:00〜18:00(最終入場17:30)
休館日:8月12日(水)
学展公式サイト
審査員:
ヒロ杉山(Enlightenment代表/アーティスト)
牧正大(MAKI Gallery代表/アートコレクター)
沓名美和(現代美術史家/キュレーター)
佐々木香菜子(アーティスト)
野路千晶(Tokyo Art Beatエグゼクティブ・エディター)
南塚真史(NANZUKA代表)※新任