A.A.Murakamiの“儚いテクノロジー”が見せる永遠。日本科学未来館の「零壱庵(ゼロイチアン)」はアート×科学のプレイグラウンド

古代エジプト神話の太陽神「ラー」にインスピレーションを受けた体験型作品。A.A.Murakamiに作品とこれまでについて話を聞いた(構成:今野綾花)

「零壱庵(ゼロイチアン)」にて、A.A.Murakami(村上あずさ、アレクサンダー・グローブス) 撮影:西田香織

アート作品を通して、科学技術とともに変わる人の認識や社会について考える常設展「零壱庵(ゼロイチアン) 」で、A.A.Murakami(エー・エー・ムラカミ)による「太陽の通り道 ― 霧のNFT がたどる永遠」が開催中だ(2024年9月まで公開予定)。

お台場の日本科学未来館内に2011年からあるこの「零壱庵(ゼロイチアン) 」では、これまで映画『AKIRA』の音を超高周波音を含むサラウンド音響で体感する展示や、5歳児相当の知性を持つAIと、アーティストである人間がともに作り上げた車のおもちゃがコンセプトの「GANGU」(PARTY+AI)など、その場でしか体験できないユニークな試みを行ってきた。

「零壱庵(ゼロイチアン) 」で行われた「GANGU」展示風景

「未来館と言えば“科学”のイメージが強いかもしれませんが、零壱庵(ゼロイチアン)ではアーティストとのコラボレーションを多数行ってきました。科学というと、何か法則があり固定化された概念のようなイメージがありますが、本当はつねに流動的です。その変化をうまくキャッチし、動向に新しい視座をあたえ思考を導いていくような作品を探し、展示するようにしています。プレイグラウンドの楽しい要素を残しながらも、深いメッセージを届けることが活動の目的です」と、日本科学未来館で展示企画を行う高橋里英子。

現在の展示「太陽の通り道 ― 霧のNFTがたどる永遠」を企画した三池望は、A.A.Murakamiの魅力は「儚いテクノロジー(Ephemeral Tech)」のテーマに代表される、独自のテクノロジー観だと語る。「過去作からもわかるように、フィジカルな要素が前面にありながらも作品の大部分をデジタルでコントロールしているところが魅力で、新しさを見出しました。技術者ドリブンではなく、アーティストが考える“テクノロジー観”を通して、来場者にインスピレーションを与えたり想像を膨らませたりする体験にできたらと思いました」

A.A.Murakamiが同ギャラリーで展示する《The Passage of Ra(太陽の通り道)》は、霧とスクリーンからなる作品で、フォグマシンから発射された霧のリングは展示空間を横切り、目の前のスクリーンに到達した霧はさらにスクリーンの向こう側でデジタルの霧となって漂い続ける。インスピレーション源は、古代エジプト神話の太陽神であり、生と死を永遠に繰り返す生命の象徴「ラー」。現実とデジタルの空間を進む霧のリングは「永遠に存在する」とはどういうことなのかを問いかけてくる。

本作はどのような思いで制作されたのか、これまでの活動も振り返りながらA.A.Murakamiの村上あずさとアレクサンダー・グローブスに話を聞いた。

「零壱庵(ゼロイチアン)」の空間にて 撮影:西田香織

テクノロジーが呼び込む「儚さ」

──ロイヤル・カレッジ・オブ・アートで建築を学んだ村上あずささんと、アートを専攻していたアレクサンダー・グローブスさん。おふたりはスタジオ・スワイン(Studio Swine)とA.A.Murakamiというふたつのユニットで、アート、建築、デザインの垣根を越えて活動しています。
 
村上あずさ(以下村上):スタジオ・スワインはデザインとライフスタイルにフォーカスしたスタジオで、2011年にスタートしました。家具のデザインやアドベンチャー・プロジェクトに取り組み、いろいろな国でいろいろなものを作ってきました。そして2017年に《New Spring》という作品をきっかけに設立したA.A.Murakamiは、体験型アート、インスタレーションをメインとして活動しています。
 
──スタジオ・スワインの活動には地球環境や社会に対する問題意識に基づいたジャーナリスティックな側面を、A.A.Murakamiの活動にはテクノロジーに対する視座の表明という方向性を感じました。
 
村上:スタジオ・スワインとして活動するなかで「デザインとは何か」「ものがたくさんある世の中に、これ以上ものを作り続けていていいのか」という疑問を抱いたんです。そこからテクノロジーを通してもっと自然に近づく体験を作りたいと考えるようになり、体験型アートのA.A.Murakamiの活動にたどりつきました。ふたつのスタジオでフォーカスが違うので、活動も並行して続けています。

スタジオ・スワイン名義で制作した《New Spring》(2017)。繊細な霧でできた「花」は触れると消えるが、特別な手袋を着用した場合のみ触れることができる

──A.A.Murakamiが「儚いテクノロジー」という活動コンセプトに至った経緯を教えていただけますか。
 
アレクサンダー・グローブス(以下グローブス):私はファインアートを、あずさは建築を学んだ後にプロダクトデザインを学んでいます。だからふたりともマテリアルが与える質感、雰囲気、エモーショナルな感覚にずっと関心を持ってきました。

2015年にテクノロジーを扱い始めてからも、つねにマテリアルへの愛情をもって取り組んできました。スクリーンやプロジェクションのような既存のデジタル・インターフェースを使うことにはあまり関心がありません。テクノロジーそのものを体験することではなく、泡、フォグリング(霧の輪)、香り、プラズマといったマテリアルが起こすつかの間の体験に興味があるんです。私たちはこうしたある種の物理現象を「儚いテクノロジー(Ephemeral Tech)」と呼んでいます。作品のハードウェアは多くのテクノロジーを使って自分たちで開発していて、制作はプログラマや電気エンジニアと一緒に行います。しかし作品との出会いは必ずしもスクリーンを通したものではなく、儚い瞬間やマテリアルを介したものです。
 
村上:三次元的で物質的なものとしてテクノロジーを表現することに興味があるんです。スタジオ・スワインでマテリアルの実験をたくさんやってきたことも、A.A.Murakamiの作品につながっています。

スタジオ・スワイン New Spring 2017

マテリアルを介して溶け合う現実とデジタルの世界

──今回、《The Passage of Ra(太陽の通り道)》をとても面白く拝見しました。空間に霧の輪が漂う様子、「永遠」をテーマに、どこか感傷的で懐かしさもあるような映像の質感が印象に残っています。本作でこだわったポイントはありますか。
 
グローブス:2018年の「Eden Project」の恒久展示以来、A.A.Murakamiではフォグリングを使った作品を制作してきました。同時にブロックチェーンによる制作や、ブロックチェーンやNFTをどのようにフィジカルな体験に結びつけるかといったことにも関心を持っていて、その結果この作品が生まれました。今回の作品の新たな進化として、つかの間の存在としてフォグマシンから発射されたフォグリングが、スクリーンにたどり着くと、フィジカルからデジタルの領域へと現れるようになっています。触れられない別の次元のようなデジタルの世界と、フィジカルな世界──双方をつなぐ架け橋の作り方に、とても興味があります。

会場風景より、The Passage of Ra(太陽の通り道) 撮影:西田香織

──発射された霧がスクリーンに吸い込まれていく様子は、現実空間とデジタルの世界が溶け合うようで印象的でした。多くの人にとっていまだに現実空間とデジタルは分離されていて、本作のように自然に溶け合うというイメージはないと思いますが、ふたつの関係性をどう思いますか。
 
グローブス:私たちは時々、現実世界とデジタル世界について考えることがありますが、フィジカルな世界とデジタルの世界が存在し、両方から成り立ってどちらも私たちの現実を形成していると考えています。いまこのときも、私たちはデジタルな世界の窓を通して多くの時間を過ごしています。私たちの生活や経験はますますデジタルな世界の中に組み込まれていくでしょう。そうした経験が既存のインターフェースを通じて行われるのか、あるいは新たなインターフェース、たとえばフィジカルなものを通じて表現されるのか。そこに関心があります。

映画『レディ・プレイヤー1』のように、VRヘッドセットを介してデジタルメタバースの中で生活するというアイデアは、存在の形態としては本当にディストピアだと思います。しかし、テクノロジーには、私たちの周囲の物理的世界、つまり自然の複雑なパターンの中で声明を流れる隠れた美しさに対する私たちの認識力を拡大する大きな可能性があります。
 
──本作は古代エジプト神話の太陽神「ラー」にインスピレーションを受けたそうですが、その理由を教えてください。
 
グローブス:この作品は古代エジプトについて考えるものです。古代エジプト人は当時のテクノロジーを使って、太陽がなぜ毎日昇っては沈むのか、そのことが私たちの存在が依拠する永続的なサイクルにどう関わっているかという大きな問いを思索していました。

本作では有名な象徴として「ラー」を扱いましたが、たとえばアステカ文明の太陽神のように、太陽は世界中の多様な文化で神として崇拝されてきました。それは太陽が地球の外の存在でありながら、地球上の生命と成長に必要なエネルギーのすべてを供給し、地球に影響をもたらし、私たちの存在理由の一部になるという認識があるがゆえです。アートの源には、そうした存在的本質、あるいは本質的存在をどうにかして描写し、理解し、思索したいという願いがあると思うんです。

「零壱庵(ゼロイチアン)」にて、A.A.Murakami(村上あずさ、アレクサンダー・グローブス) 撮影:西田香織

NFTという新たな世界の窓

──今回の映像はNFT化されているそうですね。NFTやブロックチェーンをどうとらえていますか。そして作品をインスタレーションで終わらせず、NFTとしてOpenSeaに展開するのはなぜでしょうか?
 
グローブス:NFTは私にとって「情報パラドックス」のメタファーのようなものです。物理学の基本法則のひとつに、物質があって情報があり、物質は破壊できて情報は破壊できないというものがあります。そして「情報パラドックス」という大きな問いが生まれます。宇宙がブラックホールに吸い込まれ、物質が破壊されたとき、情報はどうなるのか。私はこうした存在の本質をめぐる問題を考えるのが好きなんです。私にとってNFTは、自然の存在や存在の本質といった答えのない大きな問いを考えるための興味深いテーマなんです。

そして面白いのは、ブロックチェーンが非常に抽象的で永続的とも言える世界であることです。ブロックチェーン上において作品はかなり永続的に存在します。今回の作品は展示されている間、フィジカルに体験できます。しかし作品はいわば新たな世界への窓であり、それゆえにブロックチェーンにもいっそう結びつきます。たとえば絵画はフィジカルな物質でありながら、画家の想像力の世界への窓でもありますよね。同じようにNFTも、なんらかの世界への窓であるととらえているんです。

OpenSea内のA.A.Murakamiのページ 参照:https://opensea.io/collection/floating-world-genesis-by-a-a-murakami


 ──作品を見て「永遠」は壊れやすく頼りない概念のようにも思えました。テクノロジーにおける「永遠」をどう思うか教えてください。
 
グローブス:もちろんすべてのものは儚く過ぎ去るし、いつかはこの宇宙も終わります。ただ、テクノロジーは人類よりも長く生き続けるでしょう。そこに関心があるんです。
 
──今回の作品が未来館という場所で示すのは、未来への予想や提案ですか。あるいは、おふたりが理想とするテクノロジーと人間の共存の在り方でしょうか。
 
グローブス:私は科学にとてもインスパイアされているので、科学技術をテーマとする未来館での展示は非常に心躍るものです。私たちの生活はよくも悪くも科学技術によって大きく変わっています。科学技術は進歩していくものです。アートや文化は生活の質を著しく向上させるし、私はそれらを愛していますが、「アートが進歩している」とは言えません。ピカソが洞窟壁画を見て「私たちはなにも学んでいない」と言ったのは、洞窟壁画の美しさを現代的なものとして見ることができるからです。つまりアートは科学技術のように連続的に進歩することはない。いっぽうで科学は指数関数的に、信じられないほど進歩していきます。だから、アートに最新のテクノロジーを取り入れ、未来の文化、私たちの生活や存在について考えるのはエキサイティングなことです。

ただし、私たちの生活を変えるテクノロジーについて、私はそれほど楽観的なわけではありません。AIの進歩によって人の役割はどうなるのか案じているし、自然から急速に遠ざかりつつあることも心配しています。
 
──つねに新しいことを試しているA.A.Murakamiですが、いまはどんなトピックやテクノロジーに興味を持っていますか?

グローブス:「儚いテクノロジー」をめぐって様々なプロジェクトを進めています。私たちが取り組んできたプロジェクトのひとつに、物質の第四の状態であるプラズマに関するものがあります。そして新たな作品として、泡をデジタルの領域に遷移させるという課題にも取り組んでいます。

また現在私たちは葉山を拠点に生活していますが、日本の自然、時間、儚さをめぐる考え方は非常に深いものだと思います。たとえば桜の美しさは過ぎ去る時を意識することのなかにあり、そこにはメランコリーの感覚が混じっています。日本の作品や文化に現れる思想や感情は私たちが目指すものです。そうした思想や感情をテクノロジーを用いて伝えること、あるいはインスパイアすることに非常に関心を持っています。

A.A.Murakami
ロイヤル・カレッジ・オブ・アートで建築を学んだ村上あずさと、アートを専攻していたアレクサンダー・グローブスのアーティストデュオ。ロンドンと日本で「儚いテクノロジー(Ephemeral Tech)」をテーマに、テクノロジーを用いて原初の起源と未来の世界を探求。作品はニューヨーク近代美術館、ポンピドゥー・センター、M+(香港)に収蔵されている。

野路千晶(編集部)

野路千晶(編集部)

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