最終更新:2021年10月17日

想像力で地域と共生するアート。「ALTERNATIVE KYOTO もうひとつの京都」レポート(後編)

生活に寄り添う作品を通じて地域の特色を知るアートフェスティバル

長引いた残暑も和らぎ、ようやく秋風が吹き始めたこの頃。京都のアートを車で巡ってみるのもいいかもしれない。

ALTERNATIVE KYOTO−もうひとつの京都−想像力という〈資本〉」が京都を舞台に11月7日まで開催中。レポート前半で紹介した宮津・天橋立、京丹後、与謝野エリアに続き、今回はレポート後編として、八幡、南丹、福知山の3エリアを紹介していこう。参加作家は全25組。ディレクターは八巻真哉(京都府文化スポーツ部文化芸術課)。

八幡エリア:「放生 / 往還」を軸に地域に寄り添う

八幡エリアの展示のメイン会場は、松花堂庭園・美術館と石清水八幡宮。
エリアテーマは「放生 / 往還」だ。

「放生」は「功徳を積むために、捕らえられている魚や鳥などの生物を河・山に放す慈悲行」を意味し、日本三大勅祭「石清水祭」で行われる行事のひとつでもある。八幡エリアでは、捨てられる運命にあったモノに作家が別の役目を与え、生活のなかへ再び戻し「往還」を引き起こすことを試みている。

まずは松花堂庭園・美術館へ。石川竜一によるプロジェクト《 Hōjō ナウ ! ! – C9-403 – 》における彫刻作品は、素直にエリアテーマに即していると言えるだろう。引っ越しを図るという地域住民の不要になった自動車や居室にあった私物など「放生」されうるものを、スクラップ工場(八幡市内では全国から不要になった自動車が集まる工場が運営されている)でプレスし形成することで、作品という役割での「往還」が果たされている。

会場風景より、松花堂庭園・美術館屋外に設置された、石川竜一《 Hōjō ナウ ! ! - C9-403 - 》における彫刻作品

日本の代表的な流れ橋(固定されていない橋桁によって、洪水の際に流れてしまうことを想定した橋)である上津屋橋から着想を得たのが、宮本一行《共振する躯体》だ。周辺環境と有機的な共存関係を作り出しているこの橋と身体的な対話を試みた本作は、私たち鑑賞者が橋板を踏むことで起きる「作品とともに発する自らの足音」と、橋桁から発せられた「表現された足音」によって、自己の身体と他者としての流れ橋との対称性を浮き彫りにし、豊かな音響空間を体験できるインスタレーション作品になっている。

ほかにも松花堂庭園・美術館内には、カメラ・オブスキュラを用いて八幡に住む人々の姿を撮影し、茶室内で映した佐々木香輔《scape》や、源流の異なる3本の川が八幡市内で合流することに関心を抱き、その合流地点へと向かうモチベーション自体を映像作品に収めた藤生恭平《三川合流シュート》も展示されている。

会場風景より、宮本一行《共振する躯体》

日本三大八幡宮のひとつにも数えられる石清水八幡宮の山の麓にある頓宮殿では、島袋道浩と石川竜一の作品を見ることができる。
現代の町を形作るうえで欠かすことのできないコンクリート製の建物。役目を終え、「放生」され解体され捨てられる運命だった瓦礫を集め、もう一度別の役目として命を与える。作品として「往還」させることを意図した島袋《再生》は、瓦礫たちがあたかも個性を持っているかのような印象を受ける。《再生》の周縁には、作家が滞在中にライフワークとなった道端の野草を収めた写真に、「落書き」を施した石川《 Hōjō ナウ ! ! – 草とらくがき – 》の一部も展示中だ。

会場風景より、石清水八幡宮 頓宮殿での島袋道浩《再生》。奥の回廊には石川竜一《 Hōjō ナウ ! ! - 草とらくがき - 》も

南丹エリア:「店舗」という場所によるシュールさ

JR八木駅から大堰橋にかけて、喫茶店や食堂、雑貨店など駅前商店街の「店舗」を中心に展示をしている本エリア。生活に根付くことを意図した展示は多くあるが、年季の入った喫茶店のテレビに「アーティスト」の映像作品が上映されているという状況はある種のシュールさを感じずにはいられない。

「外から異物としてやってきた私を、八木の人々は受け入れてくれました」と語るのは映像インスタレーション作品を制作する荒木悠。本展では和風の木彫り彫刻ながらも、ジェームズ・ボンドのイニシャルが冠された新作《JB》が金龍山 清源寺に、八木駅周辺の喫茶店などで《The Last Ball》など全6作品が展示される。

会場風景より、町金龍山 清源寺での荒木悠《JB》
会場風景より、町の食事処「まるや食堂」は映像作品が置かれることでシュールな空間に

ほかにも、南丹の川の多さから着想し人と川との関係を日本画的な技法を用いて描いた亀川果野《trace JII》《trace FI:LI》や、市役所を展示会場とし巨大な婚姻届を展示している黒木結《LOVE IS OVER!》、特定のトピックに限定したリサーチだけではなく地域住民とのおしゃべりや自炊など生活の経験を自身の”死生観”や”時間”の感覚に引き寄せた小山渉《Long Vacation》、腹話術で新郎役の人形とともに架空の婚礼式を挙げる様子を路地のショーウィンドウで行った山田春江の映像作品《Windows21_Doll House》、数年前に閉店しいまだ商品が残された金物屋に音と映像を与えることで「生き生きとした姿」を現出させた羊喘兒《昨日の商品、幽霊劇場:売荒野》が展示される。

「いわゆる芸術祭に期待される賑やかしさや活性化とは真逆の位置付けになることでしょう。あたかも作品がずっと在ったかのような、慎ましくも豊かな風景。この町なら、それを立ち上げることが可能な気がするのです」という荒木の言葉が表すように、このシュールさは、たんに彼の作品のみならず南丹エリアの全体に通底し、展示を通じて私たちも感じることができ、アートと生活の関係性を考え直すきっかけになるだろう。

会場風景より、麻田角店での羊喘兒《昨日の商品、幽霊劇場:売荒野》

会場風景より、南丹市役所八木支所での黒木結《LOVE IS OVER!》

福知山エリア:アーティストとテクノロジーの「光」

福知山エリアでは主に3つの展示が行われているが、まずは山中suplexによる《余の光 / Light of My World》を見ていこう。

パチンコ屋の跡地を展示会場として使った本展は、展示を映えさせるための白壁をあえて使わず、壁紙のない剥き出しの空間になっている。サイト・スペシフィックかつ資源の消費を抑える試みがなされていることはもちろんだが、作品のみに照明を絞られた暗然とした空間は、むしろ冷ややかな心地よさを感じさせてくれるだろう。
展示のコンセプトについても見ていこう。新約聖書にある「汝は地の塩、世の光である」に倣った倣ったタイトルを据え、福知山における「失われた時間」やかつての「人々の往来」を想像しながら、多様なアーティストによる「光」を表現することがテーマ。さらに、駅前の商店街が物理的に燦々と煌めいている姿を全時代の象徴とみなし、絵画などの正面性の高い平面形式の作品を中心に展示している。

会場風景より、山中suplex《余の光 / Light of My World》2階

会場風景より、パチンコ台を用いた藤倉麻子《稜線と連なりと横の奥、街灯と建設とタイヤの厚み》

いっぽう、夜の福知山城公園と伯耆丸公園では、三谷正によるプロジェクションマッピング《Stone >> Cube》が行われる。福知山城では築城の際、不足した石を城下から広く徴収し、石垣として用いたが、一部余剰となったものは「転用石」という名だけ与えられ場内に残されている。元来の機能を剥奪され宙ぶらりんのままの「石」に意味をまとわせるというテーマのもと、「石」をマッピングの投影先に利用することで、転用が果たされる。プロジェクション・マッピングは、伯耆丸公園、福知山城の登坂、天守前の広場、裏手の石垣で楽しむことができる。

会場風景より、福知山城天守前の広場でのプロジェクションマッピング三谷正《Stone >> Cube》

各エリアで展示を見て回るだけでも充分だが、テーマや地域との関わりを知るほどより深く味わえるだろう。前編で紹介した宮津・天橋立、京丹後、与謝野の3エリアも要チェックだ。

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Yugo Asami

Yugo Asami

1999年千葉県生まれ。2021年6月からTokyo Art Beat エディターインターン。現代美術を中心に勉強中。現在、東京工業大学在籍。

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