公開日:2026年10月21日

【対談】アン・ヴェロニカ・ヤンセン×川畑秀明:光と空間、私たちの認知を開く。アーティストと科学者の対話から

銀座メゾンエルメス ル・フォーラムで個展を開催中のアーティスト、アン・ヴェロニカ・ヤンセン。感性科学、実験心理学、認知神経科学を専門として、美や感動といった主観的な価値の体験の背後にある、心と脳の働きを実験的に解明する研究者の川畑秀明が、会場を訪れ話を聞いた。(撮影:北原千恵美)

左から、川畑秀明、アン・ヴェロニカ・ヤンセン

銀座メゾンエルメス ル・フォーラムで、ベルギー・ブリュッセルを拠点に活動するアーティスト、アン・ヴェロニカ・ヤンセンの個展「東京、銀座5丁目4-1」が開催されている(会期は2027年1月11日まで)。

ヤンセンは、1970年代後半から、合板やガラス、コンクリートなどの簡素な素材を用い、1990年頃からは光や音、人工煙霧などの要素を用いて実験的な試みを続けてきた。彫刻からインスタレーション、ヴィデオ、写真、舞台美術まで、表現手法は多岐にわたるが、一貫して世界に対する身体的な知覚や、その中における認識の不明瞭な領域を探求している。また、アーティストと科学者が空間や時間、身体、脳の関係を探るプロジェクト「ブレイン・スペース・ラボラトリー」を共同設立するなど、学際的な取り組みでも知られている。

今回の日本初個展にあたり、美と感性に関する心と脳の融合的研究を行う川畑秀明(慶應義塾大学教授)が会場を訪れ、作家と対談を行った。アートと科学、脳と知覚、空間のとらえ方などをめぐり、アーティストと研究者、それぞれの立場から語り合った対話の様子をお届けする。【Tokyo Art Beat】

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掴むことのできないものを、作品によって統合する

川畑秀明(以下、川畑) 私は視覚の研究者であると同時に、美術館での体験やアート作品を人がどう感じるのかを対象とする鑑賞研究者でもあります。鑑賞者の視点とアーティストの視点をどう結びつけて伝えていくか、ということを大切にしています。

今日はアンさんの作品を非常に楽しく拝見しました。作品を見て感激するというよりも、「これはどのように作られているのだろう」「アンさんの感覚がどう投影されているのだろう」ということを頭の中で補いながら鑑賞する、とても満たされた体験でした。

アン・ヴェロニカ・ヤンセン(以下、ヤンセン) 先生と私は、異なる視点を結びつけるという点で同じような取り組みをしていると思います。私もまず自分自身の体験があり、それを他者と共有したいと考えています。そういう意味で作品は、鑑賞者とのクリエーション、共同作業とも言えます。

今回、私は「空間の体験」を提供することを試みました。この展示会場を初めて見たのは、ちょうど1年ほど前です。それ以来、ル・フォーラムという場所の構造や光、空気、透明性、時間性、時空性といった、場所全体が提供するものに対しての私の実体験がまずありました。そこから得たものをもとに作品を選んでいったのですが、今回展示している作品のメディウムは、すべて手に取れないもの、掴むことのできないものです。それが選定におけるひとつの基準となりました。

会場風景より、アン・ヴェロニカ・ヤンセン《Rose》(2007)

川畑 いまのお話をひっくるめて言うなら、「偶然性」や「セレンディピティ」という言葉が当てはまるように思います。そうした偶然性に着目するようになったのは、いつ頃からなのでしょうか。

ヤンセン 手に掴めないものとしての偶然性については、つねに意識しています。人の人生そのものが動きであり、サイクルです。光や時空、時間といったものも、すべてはつねに動いていますよね。それらの存在そのものが動きの中にある。そうした、逃げていくものに対する認知を、作品を通じて統合し、人がそれに気づくよう促す──そこに関心があります。

会場風景

川畑 面白いですね。私が師事した先生のひとりに、ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン(University College London)の神経科学者、セミール・ゼキ(Semir Zeki)がいます。彼は「優れたアーティストは優れた神経科学者である」と常々言っていました。「アーティストは何百年も前から、現代の最先端の脳科学で明らかになっているようなことを実感し、脳や心の働きを予見していた。表現のなかで実験を重ねることによって、そうした働きを見出してきた」と言うのです。アンさんのお話を聞いて、人間の本来の能力にそういった力があるのだと、さらに理解できたような気がしました。

ヤンセン ありがとうございます。認知的な体験というのは、私自身、アーティストとして関心を持っていることです。作品を通じて、鑑賞者の認知そのものをアクティベートしたいと考えています。脳が何かを感知することで、身体も活性化する。作品を通じて、そうした体験を提案しています。

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