ブブ・ド・ラ・マドレーヌ×和田彩花 【対談】内臓と社会はつながっている

ブブ・ド・ラ・マドレーヌの個展開催を機に、和田彩花との対談を敢行。作品における身体や時間、「見る/見られる」といった視線の問題についてふたりが考えていることとは?(構成:菊地七海)

和田彩花(左)とブブ・ド・ラ・マドレーヌ(右)、オンライン取材にて

4月9日〜5月28日、16年ぶりの個展「人魚の領土─旗と内臓」オオタファインアーツ(東京)で開催中のブブ・ド・ラ・マドレーヌ。美術に強い関心を持ち、ブブが出演していたダムタイプのパフォーマンス《S/N》に影響を受けたというアイドルの和田彩花。現在パリ留学中の和田とギャラリーをオンラインでつないで展示ツアーを行いながら、つねに「見られる側」として立ち回ってきた経験を持つ両者が、表現すること、社会におけるジェンダー規範など、共感するテーマで語り合った。

ブブ・ド・ラ・マドレーヌ「人魚の領土――旗と内臓」(オオタファインアーツ) 撮影:鐘ヶ江歓一

ダムタイプ《S/N》と出会って

——まず、おふたりはどのようにしてつながったんですか?

ブブ:私の友人が和田さんのファンで、「あやちょ(和田さん)がインタビューでダムタイプのパフォーマンス《S/N》のことを話していたよ!」ってすごく興奮しながら知らせてくれて。その友人に和田さんのことをいろいろと教えてもらいました。それを思い出して、今回はぜひ和田さんとお話させていただきたくてご連絡しました。対談をご快諾くださりありがとうございます! いま、和田さんはパリに留学中なんですよね。

和田:はい、こっちで勉強しています。以前ダムタイプについてインタビューでお話ししたことをきっかけにこうした機会ができて、本当に嬉しいです。《S/N》は大学生の頃、美術と社会に関する授業のなかで見たんです。当時、周りの子たちと同じようには恋愛に興味が持てなかったり、日々違和感や疑問を感じたりしていて、自分自身のジェンダー観やセクシュアリティがずっと揺らいでいて。でも《S/N》を見て、それもアリになるのかもしれない、こうやって言葉にできるのかもしれない、と気づいたんです。そのときに得たものがすごく大きくて、以来、現代アートや社会に寄った作品を見るようになったし、なかでも女性の権利や立場を題材にした作品には、自分と重ね合わせながら関心を持つようになりました。

ブブ:とても嬉しいです。《S/N》のプロジェクトメンバーは15人くらいだったんですが、あの作品で伝えたかったことは15人それぞれで異なるかもしれません。

和田:15人ですか、もっと大勢いらっしゃると思っていました!

ブブ:はい、みんな兼務していました。出演しながら音楽を作ったり、大道具を作りながらちょこっと出演したり。ダムタイプのグループとしてのものの作り方は本当に興味深いものがあります。当初中心的な存在であった古橋悌二は、学生の頃からミーティングのときはもの静かで時々アホなことを言ったりしてるだけ(笑)。でも時々、まだみんなが聞いたことのない音楽(当時はカセットテープでしたが)や、《S/N》を作っていた頃は海外のかっこいいポストカードや雑誌とかをふっと置いていく。それはたとえばニューヨークのエイズやLGBT関連のグループやアーティストが作ったものでした。

《S/N》の制作当時、私はジェンダーやセクシュアリティという言葉がよくわかりませんでした。いまもあまりわからないですが(笑)当時は関心もありませんでした。ただ自分のリアリティというか、切実に感じることを表現しただけでした。ところが作品を発表したあとに、たくさんの方が和田さんのように自分のこととして受け取ってくださっていると知って、驚きました。とても不思議な体験でした。

今回の展示作品には《S/N》とつながっている部分があります。《S/N》には私が自分の体から万国旗を出すというシーンがあるのですが、今作でも旗を使っています。いまの自分にとって「旗」ってなんなのか。いまの自分がそれをどう引き受け、どう責任をとるのか、ということを考えました。《S/N》の上演から30年近く経って、新しい感染症や戦争や差別をめぐって世界も国内も未だに困難な状況です。その日常を生きるなかで自分がどういう態度でいるのかということを確認する作業でもありました。では、展示作品を見ていただきながらお話しても良いでしょうか。

和田:はい、お願いします!

「雌雄同体」の人魚と、その領土

ブブ・ド・ラ・マドレーヌ「人魚の領土――旗と内臓」(オオタファインアーツ) 撮影:鐘ヶ江歓一

ブブ:中央に吊るされた大きな立体は、人魚です。2019年に《人魚の領土と脱皮》というインスタレーションを発表したのですが、今回は「脱皮したあとの人魚」という設定です。人魚が上半身を脱皮したことで、全身魚のようなかたちになっています。上半身(前半身)はクジラやジュゴンのような哺乳類で、下半身(後半身)は魚類、そして尾びれは植物という複合的な生き物です。じつは古今東西において空想されてきた人魚は女性とは限らず、性別が曖昧なものも多いんです。なのでこの人魚は「雌雄同体」を仮定しています。生殖器としては卵巣と精巣を併せ持ち、卵子と精子が2本の筒状の構造をそれぞれ通って尾びれの中心から放出され、水中で受精/受粉します。そもそも誰が何を根拠に生き物を分類するのか、その生き物はどうやって繁殖するのか、ほかの「種族」とどう関係するのかということなどを考えました。

和田:西洋絵画では、たとえばイギリスの19世紀のラファエル前派などの絵画によく人魚が描かれているのを見ますが、西洋文化の様々な規範のなかで、どうしても人魚は女性であるというイメージがついてまわりますよね。でもたったいまお話を聞いて、私自身もディズニーアニメなどの影響もあり、完全に「人魚=女性」と思いこんでいたことに気づきました。ブブさんが人魚というモチーフに取り組まれているのはなぜですか?

ブブ:2001年に作った『甘い生活』という映像作品を見た私のボーイフレンドの感想がきっかけです。私は映画監督のフェデリコ・フェリーニが好きなのですが、彼の映画『道』のラストシーンは海です。映像作家は海に憧れがちです。1995年に古橋悌二が亡くなり、その後私はそれについての作品を海で撮影しました。『甘い生活』というのもフェリーニの映画のタイトルです。夜の波打ち際で私が裸で踊っている映像と昼間の街を私が歩くアニメーションで構成されています。で、その作品を見た当時の私のボーイフレンドが「つまりあんたはトドということやな」と言いました(笑)。それは彼なりの愛情表現だったと思います。それを私は「そうか。私は人魚だったのか」と理解して、そのときから人魚は私のモチーフになりました。

その後、2004年に「人魚の領土」というタイトルのシリーズを始めました。そのきっかけのひとつは『せむしの子うま』(講談社、1965)という絵本の記憶です。そのなかに、人々がクジラの体の上で畑を耕したり橋をかけたりして村を作ってクジラが動けなくなるという場面があります。それを思い出したとき、私の体はひとつの島かもしれないと想像しました。たとえば誰かが無断で私の体を「占領」して居座ることがあります。またおっぱいなどの性的に見られる部分は「有名だ」ということで人々が押し寄せ、とりあえず写真を撮ったりそこでお金を稼いだりします。それはまるで「観光地」ですね。ですから、自分の体はどこまで自分のものなのかという疑問がありました。さらに、人魚が住んでいる水のなかには地上の国境などとは違うルールがあると思います。海の底は死者の世界であるとする信仰や伝説もあります。抑圧されたり、虐殺されたり、あるいは言いたいことを言えずに死んでいった人たち。多くの女性を含めて、そういう人たちの世界が海の底や水の中にはあるんじゃないかなと。そうしたことを「人魚の領土」という言葉に込めています。

和田:素敵ですね。そうやって想像する力によって、いまの私たちって無意識に決められたことのなかで生きているんだなっていうことに気づけたりするし、こうして作品で改めて提示してもらえると、再解釈するとても良い機会になります。

カラフルでフワフワの内臓の理由

ブブ:インスタレーションの解説を続けますね。前作では皮、つまり身体の表面がテーマだったのですが、今回は内臓がテーマです。私は2020年に卵巣と子宮の全摘手術を受けました。卵巣囊腫と子宮筋腫でどちらも良性でしたが、膿腫はとても大きかったし、閉経もしていたし、今後のがん化を防ぐために卵巣2つと子宮を摘出してもらいました。手術後の数日はとても痛いししんどかったのですが、同時に自分がとてもスッキリとした晴れやかな気分だということに気がついたんです。60年近く付き合ってきた卵巣と子宮ですから「本当にお疲れさま!」とさようならしつつ、お腹のなかのその「跡地」ではほかの内蔵たちが私の体の回復のために頑張ってくれているということを強く感じました。私が弱気になってあきらめそうなときでも、私のコントロールの及ばない内臓たちは黙々と働いている。頼もしい相棒というか、別の生命体であるとすら思えました。

同時に、私はこのコロナ禍でエッセンシャルワーカー(社会機能維持労働者)という言葉を初めて知りました。手術や入院をすると、医者や看護師さんなどにはめちゃくちゃお世話になります。私は回復すれば病院を去ることができますが、彼女ら彼らにとってはそれが日常であり仕事です。それは私の人生というか命のありかたに大きな影響を与える仕事です。本当に感謝してもしきれないです。そのいっぽうで、看護師さんや保育・介護の現場で働く人たちの待遇はとても厳しいという現状を報道などでも知るようになりました。私には見えない体の内側のことを、私よりも詳しく知っていて私よりも的確に処置してくれる人達の待遇が充分でないってどういうこと?って思いました。私はその人たちに助けられた内臓と体でこれから生きていくわけです。それは単に私の個人的な問題ではないなと。私の内臓は社会と直結していると痛感しました。内臓のことを考え始めたのは、そういう動機もあります。

さらに、内臓のうちでも、生殖器に対する社会の偏見に対する憤りがずっとありました。たとえば生殖器の病気はほかの病気よりも人に言いにくい場合があります。摘出したら「もう女(男)じゃない」などと同情されたりもします。そういった偏見に対する怒りが文字通り「腹にたまる」のを感じてきました。ですから今回の作品ではついに「怒りのあまりはらわたをぶちまける、はらわたがあふれ出る」という状態ですね。はらわたをぶちまけでもしなければこの怒りは伝わらないですか?ということです。でも、色はファンシーなんですよね(笑)。内臓は一般的には血の色で想像されるし、グロテスクさや死のイメージを伴いますが、生きている内臓はもっと白っぽかったり青みを帯びていたりして美しくもあります。血液も黒っぽい色から黄色まで様々な状態があります。もちろん、血や内臓は暴力や殺傷の場面と深い関係があるでしょう。でも、治療やケアや救命の現場でも血や内臓は可視化されます。

それでも「怖い」「気持ち悪い」というイメージが強烈なのは、暴力や殺傷への恐怖に加えて、この社会が病気や死や性的な事を忌まわしいもの、汚いものとして忌避し、隠蔽してきたからだと思うんです。生理の経血に対するイメージもそうだと思います。隠蔽か、さもなくば神聖視ですね。いずれにしてもそれは日常ではありません。ですから今回私は内臓をカラフルでフワフワした、触りたい、気持ちのいいクッションのようなものにしたいと思いました。同じ赤でも晴れやかな赤。

ブブ・ド・ラ・マドレーヌ「人魚の領土――旗と内臓」(オオタファインアーツ) 撮影:編集部

和田:臓器と社会がつながっているという感覚、すごく興味深いです。私は手術の経験がないのでおそらくその感覚をまだ持っていませんし、「エッセンシャルワーカー」という言葉が以前よりも身近になり、その立場の方々がどのような状況下にいるのかも見えてきつつはありますが、まだそれが自分の体験としては落とし込まれていません。作品を通して、そういうところまで深く迫っていけるとまた視野が広がりますね。

私はグループにいたときに、年に多くて2回は演劇をしていたのですが、舞台の芸術にはアートとは違う「時間」があるじゃないですか。決められた時間のなかで強弱をつけながらストーリーが進んでいき、完結する。いっぽうで、多くのアート作品には「終わり」や「時間」がないので、自分から頑張って近づいていかないと、作家の考えていることがわからないことも多いですよね。でもブブさんの作品には、その「時間」があるような気がして。近づきやすく、自分ごとにしやすいので、あまりアートを見たことがない人にこそ見てほしいと思いました。

ブブ:ありがとうございます! 時間についてのご指摘、おっしゃるとおりだと思います。今回の展示はインスタレーションですが、出来上がってみると絵本やアニメーションみたいだなと思いました。絵画はひとつの画面に複数の意味と時間がパズルのようにはめ込まれていて、鑑賞者はそれを読み取る面白さがあると思うんです。いっぽうで私自身は演劇や映画が入口だったので、空間を作ると無意識に「演劇的な時間」が含まれるのだと気付きました。もしもそのことで、これまで「難しいもの」として美術や芸術を敬遠してきた人たちが作品を少しでも身近に感じてくださるなら、それは私の仕事だなと思います。

まなざされる側としての葛藤

——西洋美術史に登場する人魚像の多くは男性の画家がファム・ファタール的な存在として描いた「まなざされた人魚」であるいっぽう、ブブさんの人魚というのは、ある種ブブさん自身が人魚であるっていう「名乗り」でもあるし、見られる人魚側からの視点でもあります。和田さんもアイドルとしてご活躍され、見られる側として仕事をしてこられましたね。

和田:私は小学校4年生からレッスンを受け、見られる側のプロとして育てられてきたので、日常の動作一つひとつがいつでも見られているという感覚をつねに持っていました。そのことについては次第に慣れていきましたけれど、10代後半くらいから、私が「アイドルなんだからこうしなさい」と言われてきたことって、過去に女性たちが言われてきた言葉と同じだったんだということを知って。

与謝野晶子さんの『「女らしさ」とは何か』を読んだとき、いまの時代の日常生活は当時の世界観とは別のものだけれど、いざステージに立つと、まさに書かれていることそのままで驚きました。それが私にとって、「アイドル」という見られる存在がどういうものであるかをすごく考えさせられるきっかけでしたね。あまり物事を知らないということが私たちの世界では良しとされてしまうので、ちょっとおばかなことをすると笑われたりするんですけれど、じつはそれってばかにした「笑い」ではなくて、愛でてくれる「笑い」なんですよ。でもそれで肯定されちゃうと、いつまで経っても何も知らなくて良いんだっていうことになっていくし、大学に入ってまわりの世界も見えていくなかで、知らないことの危うさにも気づきました。

ブブ:「見られる」という意味では、風俗で働いていた頃、私はお客が不愉快にならないような態度のプロでいることが仕事の一部だと考えていました。私はその仕事を30歳で始めたので、仕事とプライベートとを切り分ける心構えみたいなものも持てていたと思います。たとえば初めてのお客と接する場合には彼の警戒を解く必要があります。おっとりした感じでゆっくりしゃべるとか。そういった態度は確かに「女性は馬鹿なほうが魅力的だ」という価値観を再生産するような気がしましたが、お客が警戒心や不快感から攻撃に転じる(そしてそれはよくあることでした)のを予防して自分の身を守るためでもあります。でもその後も店に来てくれるお客なら、少しずつ「教育」していけるんですね(笑)。つまり、少々生意気でも物知りな女性や、お金を払っていても対等な関係にある女性にやり込められるのも楽しいなあとお客に感じさせることができる瞬間ってやっぱりあって、それを少しずつ増やしていくのがすごくおもしろかった。

和田:たしかに「見せるプロ」になれる人にとっては楽しいことだと思うし、まさにアイドルや女優が天職だと思えるような人もいるかもしれないですが、どうにも私はそう思えなくて(笑)、やめちゃったんですね。メディアや芸能界というところって、「見せるプロ」として割り切れない女性も多いんです。にもかかわらず、みんな見られる立場としてそれを受け入れて表現していたりします。私にはその社会がちょっと息苦しく感じられ、見られる側としてではない表現をしたいなと思っています。社会全体として、もっと女性の在り方にバリエーションがあってもいいはずなんです。

ブブ:それは本当にそう思います!

——和田さんはいま、これまでのバリエーションには当てはまらない存在になりながら、そういったことを意識的に発信されているなと見る側として思っています。そういうところに多くの人がエンパワメントされるのではないでしょうか。

和田:グループアイドルで活動していた当時できなかったことが結構あって。自分の意見を持つことだったり、そういうことをなぜしてはいけないのかがわからないことが多かった。それをいま、ひとりになって一生懸命にやっています。

ブブ:ひとりの時間って本当に大事。とにかく体に気をつけて、頑張ってください。応援しています!

ブブ・ド・ラ・マドレーヌ
1961年大阪府生まれ。奈良県在住。1992年にダム・タイプでの活動を開始、1994年から96年にかけてパフォーマンス《S/N》に出演。近年の展示に「表現の生態系 世界との関係をつくりかえる」(アーツ前橋、2019)など。
https://www.otafinearts.com/ja/artists/39-bubu-de-la-madeleine/

和田彩花(わだ・あやか) 
1994年8月1日生まれ。群馬県出身。2010年、Hello!Projectよりスマイレージのメンバーとしてデビュー(後に「アンジュルム」に改名)。大学院で美術を学び、2018年にグループ卒業後ソロとなり、全て自らの作詞による楽曲を次々と発表。同時にインディペンデントなバンドでのライブ活動をスタートさせる。経済誌「Forbes JAPAN」より“世界に多大な影響を与える30歳未満の30人”に選出されるなど、メディアでの発信も注目を集めている。
http://wadaayaka.com/

福島夏子(編集部)

福島夏子(編集部)

「Tokyo Art Beat」編集。音楽誌や『美術手帖』編集部を経て、2021年10月より現職。