メゾン マルジェラの実験精神に触れる日本初の機会。インスタレーション展示「シネマ・インフェルノ」が渋谷で開催中

GYREにあるメゾン マルジェラ オモテサンドウのリロケーションオープンを記念して開催。会期は7月29日~8月15日。予約優先制。

会場風景 Courtesy of Maison Margiela

ランウェイを闊歩するモデルたちが着るオートクチュールコレクションを、私たちが間近に見られる機会はなかなかないことだろう。そのうえ、メゾン マルジェラのオートクチュールコレクション「アーティザナル」は、同メゾンのすべてのラインに派生する一点ものの純粋なクリエイションとして手がけられるため、ほぼ関係者のみが実物を近くで見ることができると言っていい。そんな貴重なオートクチュールの数々がインスタレーション「シネマ・インフェルノ」としてパークウェースクエア2で展示されている。GYRE2階にあるメゾン マルジェラ オモテサンドウの同ビル1階へのリロケーションオープンを記念して行われている本展の会期は、7月29日~8月15日。

パークウェースクエア2の入口 Courtesy of Maison Margiela

ジョン・ガリアーノが構想した世界が広がる空間

会場に足を踏み入れると、ピンクや紫のネオンカラーと鳴り響く音楽、色も形態も様々な服をまとったマネキンが点在し、さながら舞台作品のセットに足を踏み入れたような感覚に陥る。足元に目を落とせば、メゾン マルジェラのアイコン的なモチーフである「タビ」の形をした足跡が順路を示してくれる。またその所々では、地下1階で上映される映像作品に紐づくマネキンのキャラクター名、纏うの説明が書かれている。

会場風景 Courtesy of Maison Margiela

「タビ」の形をした足跡とルックの説明 撮影:編集部

1階と地下の2フロアからなるこの大規模なインスタレーションは、メゾン マルジェラ クリエイティブ・ディレクターのジョン・ガリアーノが構想した物語『シネマ・インフェルノ』の世界を展開したもの。元を辿れば2022年7月、パリのシャイヨー宮で行われた2022年「アーティザナル」(オートクチュール)コレクションの発表にて、ガリアーノは一般的なショーの形式とは異なる、オートクチュール、映画、演劇が一体化したアッサンブラージュ(寄せ集め)のパフォーマンス作品『シネマ・インフェルノ』を発表。さらにその作品を発展させ、劇場型のインスタレーションとして今年1月にパリのメゾン本社で発表した。今回の東京のインスタレーションは、1階は服、地下1階は服と映像作品が展示され、パリのフォーマットをベースとしながらもオリジナルの構成になっている。

会場風景 Courtesy of Maison Margiela

会場風景 Courtesy of Maison Margiela

職人の手仕事を至近距離で堪能

1階ではまず、クラシックな素材と新しい素材やテクニックが存分に取り入れられた「アーティザナル」の実験精神を純粋に鑑賞したい。たとえば、スポンジのようなフォーム素材や、近年人気を得ているネオプレンと呼ばれる素材、はたまたサテンなど、それぞれのルックに用いられた布を眺めるだけでも多彩で楽しい。服のシルエットには、1950年代の様々なメゾンのオートクチュールのシルエットが反映されているという。

物語の中の手術シーンに登場するナースが着るドレス 撮影:編集部

珊瑚をイメージした装飾は、よく目を凝らすとおもちゃのパーツやネジを思わせる素材が見える 撮影:編集部

さらにディテールにフォーカスすると、大動脈をイメージした赤色のドレス(物語の中の手術シーンでナースが着用)では、大きなリボンのまわりに珊瑚をイメージした装飾が。よく目を凝らすと、それらはおもちゃのパーツ、バネなど、雑多なゴミから拾い上げられたようなモチーフからなり、ハイとローの組み合わせが印象的だ。

細かなビーズからなるきらきらとした鳥の刺繍 撮影:編集部

あるドレスでは、細かなビーズからなるきらきらとした鳥の刺繍が縫い付けられ、いくつかのマネキンの服についた砂を吹きかけたような装飾(サンドストーミング)は、それぞれがジャカード、ニードルパンチ、フロッキング、ビーズ刺繍といった異なる技術によって実現されているというから驚きだ。オートクチュールの職人たちがプライドをもって取り組んだ技術の数々は超絶技巧の領域と言っても過言ではなく、それらをガラスケースなしで30cmほどの距離から見られる贅沢なシチュエーション。目の解像度を上げていろんな角度から堪能したい。

砂を吹きかけたようなサンドストーミングのテクニック 撮影:編集部

ゴミ袋の素材を用いたドレスの裾 撮影:編集部

30分の映像作品を万華鏡のような空間で見る

地下1階に降りると、ウサギのヘッドピースをつけたマネキンと映画館を思わせるセットが登場し、デヴィッド・リンチの映画を彷彿とさせる妖しい世界がこれから見る映像作品への期待を煽る。

会場風景 Courtesy of Maison Margiela

会場風景 Courtesy of Maison Margiela

映像作品は30分。物語は以下のようなものだ。

『シネマ・インフェルノ』はアメリカ南部を舞台に、逃亡を続ける不運な恋人たち、カウントとヘンを主人公にしたダークポエティックな物語です。銃で傷をおい、砂嵐に巻き込まれながら、ふたりはコンバーチブルカーでアリゾナの砂漠を逃げていきます。ときおり、ふたりの過去がフラッシュバックのように挿入されます。孤立したホテルに車を停めたふたりは、そこが実は映画館であったことに気づき、映画のループに陥るように、心の奥底に潜む喜び、恐怖、苦悩、トラウマに絡めとられていきます。ふたりの記憶はクラシックなアメリカ映画を思わせるシーンとなって次々と浮かび上がってきます。法の幻影に怯えて逃げ惑うふたりはいつしか錯乱し、最後には出発地点に戻り、息を引き取るのです。

会場風景 Courtesy of Maison Margiela

映像作品は、舞台上でカメラマンをはじめとするスタッフも映り込むライブ感たっぷりのもので、イギリスの演劇カンパニー「Imitating the Dog」とコラボレーションした本格的な作品になっている。さらに、鏡張りのカレイドスコープのような空間は体験型インスタレーションのような没入感をもたらし、30分があっという間に過ぎる。展示における映像作品はちらほらと途中脱落者がいるのが常だが、筆者が訪れた日には誰一人その場を去らずフルで鑑賞していたのも新鮮だった。

映像を見た後にふたたび1階を訪れ劇中で登場したルックの数々を眺めれば、よりリアリティを伴って服の存在がせまってくる。一つの展示で2度おいしい鑑賞体験と言えるだろう。

会場風景 Courtesy of Maison Margiela

権力の濫用

ガリアーノが今回の世界観の背景に据えたテーマは「権力の濫用」だという。親のネグレクト、法的搾取、教育における不当、宗教上の操作、医療の不正行為など現代における権力濫用などタブー視されているものを顕在化し、クリエイションに転化させる。それはアートの手つきと同じであり、ファッション、アート等を超えた創作の姿があった。

アートやファッションに少しでも興味があるなら本展を訪れることをおすすめしたい。

会場風景 Courtesy of Maison Margiela

シネマ・インフェルノ
会場:パークウェースクエア2
住所:東京都渋谷区神南1-19-10
会期:2023年7月29日〜2023年8月15日
予約優先制
8月9日(月)15:00〜20:00は予約不可
公式サイト

野路千晶(編集部)

野路千晶(編集部)

のじ・ちあき Tokyo Art Beatエグゼクティブ・エディター。広島県生まれ。NTTインターコミュニケーション・センター[ICC]、ウェブ版「美術手帖」編集部を経て、2019年末より現職。編集、執筆、アートコーディネーターなど。