公開日:2026年10月7日

ダダルズ・大石恵美インタビュー。過剰さと欲望、『よだれ観覧車』初の野外上演に向けて(聞き手:西村紗知)

「第70回岸田國士戯曲賞」の受賞でも注目を集めたダダルズの作品『よだれ観覧車』が、舞台芸術祭「秋の隕石2026東京」で野外上演。自身初の野外公演を控える主宰の大石恵美に、著書『女は見えない』などで知られる批評家の西村紗知が聞いた(撮影:西田香織 [*]は除く)

大石恵美

2025年に東京・京都で初演されたダダルズの『よだれ観覧車』は、池袋西口公園でそれほど親しくない人と待ち合わせをする「犬」、買い物袋が腕に食い込み赤くなったことから始まる「赤」、子供時代の思い出から展開する「蝉」の3作品で構成される。いずれの作品も言葉と思考が連鎖し、飛躍を重ね、その導入からは想像もつかない場所へと観客を連れて行く。今年の「第70回岸田國士戯曲賞」の受賞でも話題を集める本作が、このたび岡田利規がアーティスティック・ディレクターを務める舞台芸術祭「秋の隕石2026東京」で野外上演される。場所は、「犬」の舞台にもなっているGLOBAL RING THEATRE(池袋西口公園野外劇場)、公演日は10月17日、18日の2日間だ。

ダダルズは2018年に大石恵美によって旗揚げされ、現在は大石がひとりで作・演出・出演し、舞台に立つ大石が関西弁で言葉を放ち続けるというスタイルをとる。「秋の隕石2026東京」の記者懇談会では、自身の言葉を「野ざらしの言葉」と呼び、「本来、路上のような場所でやるべきではないかとずっと思っていた」と語っていた大石。自身初の野外公演に臨むにあたり、どんなことを考えているのか。前田敦子、Dr.ハインリッヒらを論じた著書『女は見えない』でも知られる批評家の西村紗知を聞き手に迎え、話を聞いた。【Tokyo Art Beat】

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人の言葉を喋るのは嫌だった。一人語りのスタイルを確立するまで

──改めまして、「第70回岸田國士戯曲賞」受賞おめでとうございます。授賞式でのパフォーマンスも話題となりました。周囲の反応はいかがでしたか。

ありがとうございます。おそらくパフォーマンスの影響で、テレビ出演などの急なお誘いはちょくちょくあった気がします。あの時期、すごく自分の中で感情が慌ただしかったので、覚えていないものも多いのですが。

あとは執筆の仕事が来るようになりました。以前から気にしていただいていた方はいらっしゃったようで、これをきっかけに声がかけやすくなったのかな、という感じです。書くことを通じて、また表現の形態が変わってきたりすることもあるのかな、と考えています。

──演劇界より外側に大石さんの表現がリーチしつつあるところだと思います。それで、いくつか基本的なことから伺いたいのですが、まず、「ダダルズ」という名前の意味をお聞きして良いですか。

とくに面白くない答えになってしまいますが、意味がない言葉をつけようと思ったんです。それと、検索に引っかかりやすい言葉。あと濁音が好きだったので、音だけでどれがいいかなってバーって書いていって、それでダダルズかな、って。

大石恵美

──最初は会話劇をされていたと思うんですが、現在の一人語りのスタイルに移行した経緯について教えていただけますか。

会話劇は、私が作・演出をして、俳優の方をお呼びしてやってもらうというかたちでした。だんだんやっているうちに──もちろん作品の評価は作・演出に返ってくることが多いと思うのですが──彼らがスベったときなどに、その生の反応を俳優が受けていて、彼らに尻拭いさせているような感覚になったんです。集団創作ってそういうものですけど、責任の所在がどこにあるんだろう、と。そのような環境自体がしんどくなって、失敗しても成功してもすべて自分に返ってくる形式がいいな、と思ったのが現在のスタイルになったきっかけです。

──最初は、ご自身は出演されていなかったと。

出演することは考えられなかったですね。俳優をまずやりたくなかった。一応、映画美学校のアクターズ・コースに通っていたのですが、それは俳優の人と仕事をするにあたって、俳優が何を考えているかわからなかったからです。アクターズ・コースは演出家が教えるのではなくて、青年団系の俳優の人が教えるので、どんな作業をしているのか知りたくて入りました。でも、人の言葉を喋るのは、そのときもすごく嫌でしたね。

──もともと映画の勉強をされていたのですよね。

立教大学の映像身体学科で、万田邦敏さんとか、立教ヌーヴェル・ヴァーグ系の講師が教えているところに入りました。映画はたしかにやりたかったんですけど、朝にちゃんと起きるとか、あと人留めをするのが何よりも嫌で。今回の野外公演でもそのような要素があるかもしれないですが、撮影中に通行を止めるんですよね、映画って。なんか、そんなことしていいのかなって。それって人の生活を止めることだから。映画自体は好きなのでジレンマはあるのですが、人留めをしてまでフィクションを作ることは自分には難しいと思いました。それで映画は無理ってなったときに演劇に行った、という感じですね。

──映画も、出る側ではなく撮る側がやりたかったということですよね。「俳優がスベったり」と先ほどおっしゃっていましたが、会話劇の頃からお笑いの要素があったのですか。

明らかに「笑かすよ」って姿勢を見せる感じではないですけど、笑って欲しいなというのはありましたし、お客さんの反応が笑い声として返ってくるような芝居を作っていました。

──一人語りに移行するにあたって、何か参考にされたものはあったのでしょうか。

そうですね……お笑いは参考にしました。正直、小劇場界隈のモノローグで面白いと思うものがあまりなくて。演劇って、お客さんに対して話すときの立ち方がよくわからないものが多い気がするんです。お客さんに向かって話してる「テイ」でしかないものが多くて、お客さんに実際どういうつもりで話してるのか、パフォーマンスから見えないものが多い。言葉が入ってこないんです。その点、漫談などのほうがお客さんに対して何をやらかそうとしているのかがわかる。私は、自分の中でお客さんにどういうつもりでコミュニケーションをしようとしているか、その姿勢がないと舞台に立てないな、とは思っていましたね。お笑いにはそれがある。言葉がちゃんと聞こえる。お笑いはお客さんの反応が前提にあるのでその人がどういう姿勢で観客に向かっているのか明確なのが良かった。

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