公開日:2022年2月19日

ウィーン発の「カワイイ」。三菱一号館美術館「上野リチ : ウィーンからきたデザイン・ファンタジー」展フォトレポート

上野リチのデザイン世界の全貌を展観する世界初の回顧展。豊かなヴァリエーションを約370点の作品でたどる。

会場風景より、上野リチ・リックス《プリント服地[野菜]》(1955頃)

三菱一号館美術館で「上野リチ : ウィーンからきたデザイン・ファンタジー」展が開催中だ。会期は5月15日まで。本展ではデザイナーの上野リチ・リックスを中心に、彼女に近しい作家の作品や資料が約370点展示されている。

会場風景より、上野リチ・リックス《プリント服地[野菜]》(1955頃)

上野リチ・リックス(1893〜1967)はウィーン出身のデザイナー。ウィーン工芸学校を卒業後、ウィーン工房でテキスタイルを中心に活躍したが、建築家上野伊三郎との結婚を機に、活動の拠点を京都に移す。第二次大戦後は、京都市立美術大学(現・京都市立芸術大学)で教鞭をとるなど、日本のデザイン教育にも大きく貢献した。

会場風景より、リチのスケッチブック

第1章はウィーンでの活動に焦点が当てられる。1912年にウィーン工芸学校に入学したリチは、テキスタイルや彫刻を学びつつ、建築家ヨーゼフ・ホフマンに師事する。卒業と同時にホフマンが設立したウィーン工房に参加すると、テキスタイルとファッションの部門で活躍。多くの女性アーティストが活躍するウィーン工房を代表するデザイナーのひとりとなる。工房参加当初のデザインを見るとホフマンらの影響が色濃く見受けられるが、以降の作品を通じてそこから徐々に柔らかな描線や多彩な色調による独自のスタイルが確立されていったことがわかるだろう。

展示ではそんなリチの工房時代のポスターや絵本のデザインに加え、ホフマンとの共作を見ることができる。工房のほかの作家作品やウィーン工芸学校の作品集、妹キティ・リックスの陶器にも注目だ。

会場風景より、上野リチ・リックス《ウィーン工房ポスター図案》(1917)
会場風景より、ウィーン工房の作家たちの作品
会場風景より、ウィーン工芸学校の資料
会場風景より、キティ・リックス《メリーゴーランド》(1929)、《騎手と二頭の馬》(1928)、《花瓶》(1927)
会場風景より

第2章で扱われているのはウィーンから京都へ拠点を移した、活動の過渡期だ。

新しい芸術の在り方を模索するなかで、日本の美術や工芸品に関心が高まっていた20世紀初頭のウィーン。工房の作家も、日本の作品を熱心に参照していたという。そんななか、1924年リチはホフマンの建築事務所に在籍していた上野伊三郎と出会い、翌年に結婚、その1年後には伊三郎の郷里・京都に移住する。京都では建築事務所を設立し、個人住宅から商業店舗まで夫婦で手がけた。劇的にも思える来日だが、故郷ウィーンから心が離れたわけではない。リチは定期的にウィーンに滞在し、30年までウィーン工房での活動も続けている。

会場では、日本を題材としたテキスタイルや屏風画、ウィーン工房での仕事が見られるほか、建築事務所での仕事の資料や、伊三郎が一時期所長を務めた群馬県工芸所でのデザイン制作物も展示されている。

会場風景より、上野リチ・リックス《ウィーン工房テキスタイル:日本の国》(1923-28)
会場風景より、上野リチ・リックス《花鳥図屏風》(1935頃)
会場風景より、上野リチ・リックス《ウィーン工房壁紙:夏の平原》(1928)
会場風景より、上野リチ・リックス《七法飾り手箱》(1929)、《女性用シガレットケース》(1929)
会場風景より、上野伊三郎/上野リチ・リックス《高津邸(西宮市):室内計画図(2)》(1933)
会場風景より、伊三郎が所長を務めた群馬県工芸所でのリチのデザイン作品

第3章の舞台はウィーン工房退職後から晩年まで暮らした京都。リチは群馬県工芸所での仕事を続けながら、35年からは京都市染織試験場でも働き始める。戦時中は、占領下の外地へ輸出される布地や刺繍製品をデザインし、39年から1年間は伊三郎とともに満州へも行っている。

終戦後もデザインの仕事は続けるものの、活躍の舞台は教育の分野へ。きたる産業化に向けたデザイン教育の基盤を強化するべく、リチと伊三郎は当時の京都市立美術大学に招聘され、のちに彼らのもとからは、サントリーの広告を手がけた榊原良平など多くのデザイナーが巣立つことになる。晩年の代表作である日生劇場のレストラン「アクトレス」の壁画は、建築家村野藤吾の依頼のもと、当時の教え子たちの助けを借りた作品だ。

会場風景より、上野リチ・リックス《プリントハンカチ・デザイン[果物]》(1941)
会場風景より、上野リチ・リックス《刺繍デザイン[南の街]》(1943)
会場風景より。手前が《マッチ箱カバー》(1950頃)
会場風景より、上野リチ・リックス《プリント服地見本[あじさい]》(1955)
会場風景より、上野リチ・リックス《ガラスコップ[果実]》(1987)、《ガラスコップ[花と実]》(1987)、《ガラスコップ[花]》(1987)
会場風景より、上野リチ・リックス《日生劇場旧レストラン「アクトレス」壁画(部分)》(1963)

描線の柔らかさとビビッドな色彩が際立つ、リチの「カワイイ」デザイン。ただし、それがたんなる「カワイイ」に収まらないのは、リチのなかにあるファンタジックな世界観がなせるわざだろう。豊かな「カワイイ」のバリエーションを見に、ぜひ足を運んでみよう!

三菱一号館美術館、外観風景より

浅見悠吾

浅見悠吾

1999年、千葉県生まれ。2021〜23年、Tokyo Art Beat エディトリアルインターン。東京工業大学大学院社会・人間科学コース在籍(伊藤亜紗研究室)。フランス・パリ在住。