公開日:2022年2月21日

「アール・ブリュット」概念を相対化し、「作る」こと自体に目を向ける。滋賀県立美術館「人間の才能 生みだすことと生きること」レポート

プロのアーティストではない「アール・ブリュット」と呼ばれる作家から現代美術家の中原浩大まで、全17作家が作ったものを通して、生きることと不可分である作ることについて考える。

鵜飼結一朗 妖怪 2021 やまなみ工房蔵 © Yuichiro Ukai / Atelier Yamanami Courtesy of Yukiko Koide Presents

2021 年に6月にリニューアルオープンした滋賀県立美術館で、企画展「人間の才能 生みだすことと生きること」が3月27日まで開催されている。企画担当はディレクター(館長)の保坂健二朗。

本展には全17作家が参加しているが、そのほとんどはプロのアーティストではない。たとえばマッシミリアーノ・ジオーニがキュレーションした第55回ヴェネチア・ビエンナーレ(2013)に招聘された澤田真一をはじめ、「アール・ブリュット」と呼ばれる作品が展示室の前半を占めるいっぽうで、後半には1980年代から活躍するアーティスト中原浩大の展示もある。プレスリリースでは、本展は人類学者ティム・インゴルドの著書『メイキング』(=つくること)を引き合いに出しつつ、「『生みだすこと』が、『生きること』と一体になっているような人たちの作品」「時代の流れにとらわれず、つくりたいという真摯な欲求に基づき、独自の方法論で生み出された作品」を紹介するものだと説明される。

会場風景より、澤田真一の作品

本展の背景には、滋賀県立美術館のユニークなコレクション方針がある。「日本美術院の作家を中心とした近代日本画」「郷土滋賀県ゆかりの作品」「戦後アメリカと日本を中心とした現代美術」に加え、本館は2016年より「アール・ブリュット」を収集。現在は155点を収蔵する。これはほかの日本の公立美術館では類をみないコレクションだ。

古久保憲満 オレゴン州の町 2013 滋賀県立美術館蔵

「生(き)の芸術」を意味する「アール・ブリュット」とは、1940年代に画家ジャン・デュビュッフェが提唱した言葉。この意味や解釈には様々なものがあり厳密に規定することはできないが、一般的に芸術の教育を受けていない人たちによって制作された独自の表現を指す概念として使われ、しばしば「アウトサイダーアート」と呼ばれる作品群とも交差しながら、障害者による表現もその範疇に含まれる。

滋賀県では戦後、福祉施設で造形活動が活発に行われ、そこで生み出された作品は展覧会などを通して発表されてきた。県内には社会福祉法人が運営する美術館、ボーダレス・アートミュージアムNO-MAなどもあり、前述の澤田真一のように滋賀県在住者の作家も多い。こうした歴史的・地理的な経緯が、本館のコレクション、そして本展へとつながった。

本展は「起」「承」「転」「結」の4つの章立てがなされており、作品が主に展示されているのは「承」「転」だ。

「起」は「アール・ブリュットと印刷メディア」として、アール・ブリュット専門誌「RAW VISION」と、これに注目したコム・デ・ギャルソンの活動について紹介。そして「アール・ブリュット」という概念の難しさ、定義の不可能性について説明するパネルが掲示されている。

会場風景より

「承」には9名の作家の作品を展示。かわいい怪獣のようなオブジェを制作する澤田や、恐竜や骸骨、動物、様々なキャラクターを画面いっぱいに描く鵜飼結一朗は、海外でも大きな人気を得ているという。すでに一部が海外のコレクションに収まっている鵜飼の《妖怪》は、長い絵巻物的な画面いっぱいに現代版百鬼夜行のような世界が描かれていて圧巻だ。

会場風景より、手前が鵜飼結一朗《妖怪》(2021)
鵜飼結一朗 妖怪 2021 やまなみ工房蔵 © Yuichiro Ukai / Atelier Yamanami Courtesy of Yukiko Koide Presents

いっぽう藤岡祐機はハサミで紙を櫛状に細かく切ることで立体を生み出す作家。その手作業の細やかな痕跡と配色の妙に、思わずうっとりとため息が出る。

藤岡祐機 無題 2006-09頃 滋賀県立美術館蔵
会場風景より、藤岡祐機の作品
会場に展示された映像より、藤岡祐機の制作風景

2001年生まれの上土橋勇樹は、デジタル・ネイティブ世代らしくパソコンを使って作品を制作。DVDに多大な興味を持っているそうで、架空のDVDジャケットや本のデザインを作っている。また手書きのカリグラフィや、人が描かれたコマ割りの絵などもある。それらが大きな壁一面に貼られた様子からは、バリー・マッギーのような現代のストリート・アートや、音楽や映画好きの若者が情熱のままにつくるZINEやチラシなども想起させ、上土橋が吸収してきたであろう過去〜同時代の様々な文化的要素が気になってくる。

会場風景より、上土橋勇樹の作品
会場風景より、上土橋勇樹の作品
上土橋勇樹 タイトル不明 2020 やまなみ工房蔵

そのほか、古久保憲満、井村ももか、岡﨑莉望、喜舍場盛也、冨山健二による、いずれも並々ならぬ集中力や情動、感性、手法の独自性を感じさせる魅力的な作品が展示されている。

岡﨑莉望 bakuda 2020 作家蔵
喜舍場盛也 無題(ドット) 2014 作家蔵
冨山健二 無題 制作年不詳 作家蔵
井村ももか 赤い玉 2013 やまなみ工房蔵
会場風景 写真撮影:加藤駿介(NOTA&design) 写真提供:滋賀県立美術館

「転」では、「アール・ブリュット」という概念にすっきりと収まらないが、類似性や重なり合う部分がある作品を中心に紹介。定義が難しい「アール・ブリュット」自体を相対化することが試みられる。

たとえば「アール・ブリュット」について、作者が美術教育を受けていないという条件がよく上げられるが、ここでは京都にある重度の知的障害者のための施設「みずのき寮」内に1964年に設置された「みずのき絵画教室」について紹介。

会場風景より、「みずのき絵画教室」に関する展示 写真撮影:加藤駿介(NOTA&design) 写真提供:滋賀県立美術館
小笹逸男 集う猫 1980-84頃 みずのき美術館蔵

また重度の身体障害があり、限られた可動域で腕を動かして描く小松和子の絵画や、ポーランドの現代アーティスト、アルトゥル・ジミェフスキ《Blindly》(2010)の映像作品が展示されている。《Blindly》は、眼の見えない6人が絵を描く姿をとらえた映像で、作家も絵具の色を教えたり、何を描くか依頼するといったかたちで6人と関わる姿が映し出される。

澤井玲衣子 パリのチェリー 2005 たんぽぽの家アートセンターHANA蔵
小松和子 いのちの炎 2010 たんぽぽの家アートセンターHANA蔵
アルトゥル・ジミェフスキ Blindly 2010 Courtesy of the artist, Galerie Peter Kilchmann, Zurich, and Foksal Gallery Foundation, Warsaw

そして最後の広い展示室は、中原浩大《Educational》。机上や展示ケース内に並べられた膨大な量の子供のラクガキや研究ノートらしきもの……これは中原が少年時代を経て高校生までに描いた絵や学習物、標本などで、中原の父が遺品として遺したものだ。これらすべてが保存されていたということにまず驚くし、子供の日常における「つくる」という行為の大きさ、それに対する親のまなざしには、率直に感動を覚える。また、のちに美術家になる子供が、いかにして画力や対象と向き合う力を獲得し、変化してきたのか、その軌跡を辿ることができる非常に興味深い展示でもある。

会場風景より、中原浩大《Educational》の展示
会場風景より、中原浩大《Educational》の展示

中原は2021年公開のインタビュー動画(*)で、前述の「みずのき」に訪れ、そこに保管されている絵の記録を残すための撮影を手伝った経験があると語っている。「みずのき」利用者がクレヨンで描いた絵を見たあと、自身が子供の頃にクレヨンで描いた絵を見た際に、それらが「どう違うんだろう」と思い、子供の頃の絵を並べてゆっくり眺めたいと考えたことが、《Educational》の展示へとつながったようだ。

会場風景より、中原浩大《Educational》の展示

そして「結」は、展示室入口/出口前の壁面にあった。用意されたミラー状の壁は、来館者が自由に思いを書き込めるようになっている。本展を見て、もし「アール・ブリュット」とはなんなのかという疑問がさらに深まったり、「つくること」について意見があればぜひ共有してほしい、という美術館の思いが込められている。

会場風景より

本展を通して印象的なのは、「これはアートなのか、それともアール・ブリュットなのか」という線引きを行うことでこぼれ落ちてしまう存在があること、しかし「アール・ブリュット」という言葉を使わなければひとまずは共有しづらい領域があることを認めたうえで、美術館やキュレーターがこの「アール・ブリュット」という概念をどのように扱えばいいのかという、答えの出ない問題への戸惑いや葛藤を鑑賞者にオープンにしていることだ。そしてプロのアーティストの作品や、プロではないが「アール・ブリュット」にも収まりきらない作品を合わせて展示することで、「アール・ブリュット」への新たな回路を開こうとする。タイトルに「アール・ブリュット」という言葉が使われていないのは、「アール・ブリュット」に関する展覧会という座りの良い、しかし閉じた印象を回避するためでもあるだろう。

そして、いずれはこの言葉がなくとも、「つくる」という営みや、そこから生まれた作品の価値が、広く共有できる未来を模索する姿勢が強く感じられた。キュレーションした保坂は2015年のインタビューで、「個人的にはそのうちアール・ブリュットという概念自体がなくなるべきだと思っています」とも述べている(本展図録P138)。

現在進行形のゆらぎや流動性を受け止め、そのまま開け放す。そういった生々しいキュレーションの姿勢が、「生み出すことと生きること」という本展テーマの実践になっていると感じた。

*──アール・ブリュットネットワークフォーラム2021セッション1「アール・ブリュットとは」。保坂健二朗、中原浩大、金氏徹平がやまなみ工房を訪れ鼎談を行ったもの。本展出品作家も一部紹介されている。https://www.youtube.com/watch?v=8BZbMvpV_ZA

会場風景より。本展には「触れるコーナー」があり澤田真一の作品の3Dプリンタによるレプリカと、藤岡祐機の紙の作品を触ることができる

福島夏子(編集部)

福島夏子(編集部)

「Tokyo Art Beat」編集。音楽誌や『美術手帖』編集部を経て、2021年10月より現職。