アート界のスターは数多いが、ゲルハルト・リヒターはその代表的存在。その大規模個展が、東京国立近代美術館で6月7日から開催される。
統一前の東ドイツで青春期を過ごし、ベルリンの壁建設前に西ドイツに移住して以降は、旧ソ連を中心に発展した「社会主義リアリズム」への批評的回答として「資本主義リアリズム」と呼ばれる芸術運動を仲間たちとともに展開したリヒター。彼の作品が絵画を起点にしつつ写真や鏡などを用いてイメージの多義性、その成り立ちや解体を想起させるのは、そういった時代精神の体現とも言えるだろう。
2005年から翌年にかけて開催された金沢21世紀美術館とDIC川村記念美術館での個展以来、16年ぶりとなる今回の展覧会では、60年におよぶ画家の歩みを初期作から最近作までを揃えた約110点で概観する。
初期の代表シリーズ、「フォト・ペインティング」のセクションでは、絵画における画家の主観性を回避し、写真がもつ客観性や複製的性質を作品にもたらそうとするリヒターの問題意識の起点を見ることができる。
制作における主観の問題は、続く「カラーチャート」やその後の「グレイペインティング」のセクションにも引き継がれていく。厳密に色校正された25色のカラーチップ196枚で構成された前者は、主観を排した色の羅列・配置によって生じる美的感覚や視覚性を問題とする。また、グレイの色彩について「なんの感情も連想も生み出さない」「無を明示するに最適」と評したリヒターの発言をふまえて後者を見ることで得られる発見や気づきも多いはず。
続いてはリヒター作品の代名詞とも言うべき「アブストラクト・ペインティング」。40年以上描き続けられる同シリーズは、大きなスキージ(へら)で絵具を塗り、さらに削るというプロセスで描かれている。今回の大きな見どころである《ビルケナウ》(2014)も同様の手法を用いて制作されており、おそらくこのセクションに関わるかたちで展開するはずだ。ちなみに同作の絵具の下層にはアウシュヴィッツ・ビルケナウ強制収容所で囚人が隠し撮りしたとされる写真のイメージが隠されており、この作品を描いたことでリヒターは「自らの芸術的課題から自由になった」とも述べている。
1980年代後半からスタートした「オイル・オン・フォト」は、写真に油彩絵具を塗りつけたシリーズ。写真サイズに順じた小さな作品群だが、写真の具体性と、塗布される絵具の抽象性の対比からも、リヒターが扱おうとするイメージが感じ取れる。
最後のセクションは「ドローイング」。キャンバスに描かれた油絵に対して、ドローイングは作家の構想やアイデアを描きとどめた習作的な印象もあるが、今回出品される作品に描かれた製図のような直線や細やかな陰影は、他シリーズとは異なる質感をもってリヒターの作品世界を構成する。2021年に描かれた近作も含まれているのでぜひ注目して見てほしい。
画業60年とともに、90歳を迎えたリヒター。冷戦やその後の社会システムの変化を受けながら描き続けた作品を堪能したい。
ゲルハルト・リヒター展
会場:東京国立近代美術館
会期:2022年6月7日~10月2日
開館時間:10:00〜17:00(金土は〜20:00)
休館日:月(7月18日、9月19日は開館)、7月19日、9月20日
※2022年10月15日~2023年1月29日の日程で豊田市美術館にも巡回する
https://richter.exhibit.jp/