
GILLOCHINDOX☆GILLOCHINDAE 撮影:Hideaki Nagata
多摩川沿いの団地で育ち、高校期以降は町田・新宿の高層ビル群を行き来した——GILLOCHINDOX☆GILLOCHINDAE(ギロチンドックスギロチンディ、以下:ギロチン)は1999年東京都生まれ。多摩美術大学絵画学科日本画専攻卒業。東京を拠点に活動している。
「都市と青年」を主題に、90年代の青年マンガや映画・ドラマなど、サブカルチャーの影響下でコンセプチュアルな物語を紡いできたギロチン。郊外と都市のコントラストを起点に、単管パイプ、UVプリント、樹脂、毛といった即物的な素材を平面表現の系譜と衝突させ、事故や災害のような偶然性が凝縮した「まざりもの」のイメージを生み出してきた。また、移ろう都市の空気を、マンガの長期連載のようにリアルタイムで記録し続け、2021年からは、黒い獸へと変じる青年の物語を年に一度の展覧会形式で発表する、全7章の長編プロジェクト「獸」を主宰している。こうした関心は音楽シーンとの協働にも及び、音楽ユニットYOASOBIやラッパーTohjiのライブセットをはじめとしたクリエイティブを手がけている。
主な展覧会に、「獸(第3章 / EDGE)」(北の丸公園、2025)、「獸(第2章 / BEAUTIFUL DAYDREAM)」(まるかビル、2024)、「☆☆☆☆☆☆☆」(CON_、2023)、「EASTEAST_TOKYO 2023」(科学技術館、2023)、「獸(第1章 / 宝町団地)」(CONTRAST、2022)、「獸(第0章 / 交叉時点)」(北千住BUoY、2021)など。2025年に「GQ Creativity Awards 2025」を受賞。8月1日から8月30日まで、CON_にて個展「AUTOFICTION / オートフィクション」を開催する。
落書きに明け暮れた子供時代から、マンガ的暴力への屈折したまなざし、そして「意味がないからこそ意味がある」というアート観まで——ひとりのアーティストの原点と根源に迫る「WHY ART」シリーズ第3弾をお届け。【Tokyo Art Beat】
──アートに触れるようになったきっかけについて教えてください。
子供の頃からとにかく落書きが好きで、1週間でノートが1冊埋まるほどのペースで描いていました。授業中も描き続けて先生に怒られたりするほどです。小学生の頃にフィンセント・ファン・ゴッホの《星月夜》(1889)をクレヨンで模写したことも印象に残っています。高校に上がると「絵本を作る」という授業があり、そこで「How is the bath?」というマンガを描いたんです。お風呂の穴に吸い込まれて別世界に行くというストーリーで、思い返してみると自分の表現の原点に近いのかもしれません。
ただ、当時はいわゆる現代アートというものをまったく知りませんでした。本格的に触れるようになったのは、美大に入ってからのことです。YouTubeで知識人たちがマルセル・デュシャンの《泉》(1917)やアンディ・ウォーホルについて楽しそうに語る姿が新鮮で、その面白さを理解したいと思うようになりました。
──以前の取材では、初めて見に行った現代アートの展示がヴァージル・アブロー「“PAY PER VIEW”」(Kaikai Kiki Gallery、2018)だったというお話もありました。それまで、アートの展覧会にはあまり関心がなかったのでしょうか。
高校生のときに家族に連れられて唯一行ったのが「村上隆の五百羅漢図展」(森美術館、2015〜16)でした。自発的なものとしては、高校の同級生だった丹羽隆介(Prius Missile)と訪れた「“PAY PER VIEW”」が初めてです。そのときも「村上隆がファッションデザイナーと展示をやるらしい」くらいの認識で、展示されている作品についてもコンセプチュアルすぎて正直よくわからなかった。ふたりの対談も聞いたのですが、何を言っているかほとんど理解できず、寝ているような状態で(笑)。多摩美術大学に入ってから様々な展示を回り、そのおかげで現代アートについて徐々に詳しくなっていきました。

──多摩美術大学では日本画専攻でしたが、当時の関心から現在の表現に至るまでにはどのような変遷があったのでしょうか。
日本画専攻に進んだのは、水墨画や文人画をはじめとした日本の絵画が、マンガと同じく白と黒を主体としていたことが大きいですね。学校の制作では岩絵具や膠(にかわ)といった伝統的な画材をほとんど使わず、白紙にペンで一発描きすることが多かったです。ただ現代アートのコンセプチュアルな手法に惹かれるうちに、考えていることと手を動かしていることの乖離が激しくなっていきました。そこで大学3年生の終わり頃から、事前にiPad上で画像を組み合わせながら完成図を設計し、それを手書きで紙面に出力するスタイルへと一新しました。
作品のコンセプトを意識するようになったのは、やはり友人たちの影響が大きいです。八木幣二郎(アートディレクター兼グラフィックデザイナー)や、総芸(都立総合芸術高等学校)出身の友人は、当時から筋金入りの美術オタク。かたやPrius Missileは、現代アートと音楽を掛け合わせた表現を実践していました。そうした彼らと過ごすうちに、アートを軸にした表現の広がりに気づいていったんだと思います。
──額縁の代わりに単管パイプを組んだり、画面に樹脂を乗せるなど、イメージと物質が混在していることも作品の特徴として挙げられるように思います。これはどのような意識によるものなのでしょう。
シンプルな気持ち良さによるところが大きいですね。ザラザラしたもの、ツルツルしたもの、硬いもの、ゆるっとしたもの、それらが適切に組み合わさっている状態に快感を覚えるんですが、その理由はまだ自分でも掴みきれてないです。音楽のリズムやノリに通じる感覚かもしれないし、そもそもテーマとしている都市自体が、そういう雑多な組み合わせの妙によって成り立っている場所だからなのかもしれないです。
