豊かな隠居生活を求めているのは、いまを生きる現代人だけではない。2023年9月2日〜10月15日まで、泉屋博古館東京で「企画展 楽しい隠遁生活 文人たちのマインドフルネス」が開催される。
詩人・陶淵明が「桃花源記」の中で描いた俗界を離れた“桃源郷”、自然の懐に懐かれた草庵や茅屋で書を読み、自ら筆を取って詩をしたためる“晴耕雨読”な暮らし……。中国の士大夫や日本の文人たちが思い描いた隠遁空間をイメージした山水・風景、彼らが慕った中国の隠者たちの姿を描いた絵画作品や、清閑な暮らしのなかで愛玩されたであろう細緻な文房具などが展示される。
会場は、「自由へのあこがれ『隠遁思想と隠者たち』」「理想世界のイメージ」「楽しい隠遁―清閑の暮らし」「時に文雅を楽しむ交遊」という4つの展示構成から成る。
自己を滅し世間に妥協して生きるよりも、理想を堅持しながら自然のなかで暮らす道を選び生きたのが、隠遁者たちだ。聖天子の尭に招かれても、これをけがらわしいとした「許由」など、古代中国の著名な隠者や三国時代末(3世紀)の「竹林の七賢」、南北朝時代(4~5世紀)の「陶淵明」などは、後世まで絵画工芸の主題となってきた。また平安・鎌倉時代の「西行」や江戸時代の「芭蕉」らも、俗世を離れた草庵暮らしを積極的に求めた隠者と言えよう。
私たち同様、当時の文人らも政治や社会のしがらみから逃れて、清廉な生活を行い、自ら娯しみ遊戯の精神を自由に希求する「自娯遊戯」の世界を妄想した。そしてそれが描かれた絵画や工芸品を求めた。そのため東洋の山水画には、生き方の理想や文学的なテーマが隠されていることが少なくない。そこには田舎暮らしのスローライフを求める「楽しい」隠遁から、厳しい現実を積極的に切り抜ける「過激な」隠遁など、多種多様に描かれた隠遁スタイルを見出すことができる。
いつの時代になっても安らぎと自由への追求は尽きない。中国の士大夫や日本の文人たちが抱いた理想郷を眺めながら、理想の隠遁生活に想いを馳せてみるのも悪くなさそうだ。