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オーストリアやドイツを拠点に、動物の臓物や死骸、血などを用い祭儀的なパフォーマンスを展開したヘルマン・ニッチが、長い闘病の末、2022年4月18日にオーストリアのミステルバッハ郡で亡くなった。享年83。
1938年にウィーンで生まれたニッチは、第二次世界大戦中のウィーンでの度重なる空襲の経験やロシアでの父の戦死などを経てあらゆるナショナリズムと政治に反対するコスモポリタンとしての意識を持つに至った。ウィーン連邦美術教育研究高等学校に入学後、宗教美術や哲学に関心を持ち、ウィーン技術博物館ではグラフィック・アーティストとして活動。のちの活動拠点となる「OMシアター(Orgien Mysterien Theater)」の制作に取り組み始めた。
1962年のシアター設立前年には、オットー・ミュール、ギュンター・ブルス、ルドルフ・シュワルツコグラーと出会い、芸術の素材として身体にフォーカスするウィーン・アクショニズムを協働で立ち上げるが、血や裸、物理的な破壊をともなう表現は社会にセンセーショナルを巻き起こし、ニッチ自身も数回の逮捕を経験している。
「OMシアター」では、宗教的犠牲、磔刑、音楽、ダンスなどに、祭儀的要素や観客参加の要素を盛り込み、数十年にわたって世界各地で100回以上の上演を行う。1971年にオーストリア北東部ニーダーエステライヒ州にあるプリンツェンドルフ城を購入後は、同城を拠点に活動をさらに発展。1998年には作家自身がキャリアの頂点として語った、6日6晩にわたるアクション作品『6-Day Play』を発表した。創世神話を題材に、3400ガロン以上のワイン、山のようなブドウやトマト、動物の死骸を用い、100名の美術学校の学生が参加した同作は「悪魔の見世物」とも批判され、動物愛護の観点でも大きな論争を巻き起こすなどした。
2007年にミステルバッハミュージアムセンター内にヘルマン・ニッチ美術館がオープンしたほか、翌年の「横浜トリエンナーレ2008」にも展示形式で参加した。
近年は、2021年のバイロイト音楽祭で『ワルキューレ』の演出を担当。また、明日4月23日から始まる第59回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展に合わせ、同地のZuecca Project Spaceでも回顧展「Hermann Nitsch’s 20th Painting Action」スタートしている。