左から、中嶋泉、岡田裕子 「アンチ・アクション 彼女たち、それぞれの応答と挑戦」(東京国立近代美術館)会場にて
「子供ができたときも『引退だね』と何人からも言われたり。美術って文化的な場所だと思っていたのに、こんなに頭が古いのかと」
女性が芸術家としてキャリアを歩み続けるには、様々な困難がある。ときに「女性らしさ」というステレオタイプなものさしで作品を判断され、ときに結婚や出産というライフステージの変化で制作がしづらい状況になるなど、その障壁の数々は枚挙にいとまがない。冒頭にあげた言葉は、本対談でアーティストの岡田裕子が自らの経験を語ったもの。周囲からの言葉の時代錯誤っぷりに驚くが、こうした心ない言葉はいまだに後を絶たないという。では、そんななかで、自由に楽しく活動を続けるには、どうすればいいのだろうか?
そんな問いに対するひとつのヒントになるかもしれない展覧会、「アンチ・アクション 彼女たち、それぞれの応答と挑戦」が東京国立近代美術館で2月8日まで開催されている。
豊田市美術館(2025年10月4日〜11月30日)を皮切りに、東京の後は兵庫県立美術館(3月25日〜5月6日)へと巡回する本展は、1950〜60年代に活動した日本の女性の美術家による創作を「アンチ・アクション」というキーワードから見直すもの。本展の学術協力も担う中嶋泉(大阪大学大学院人文学研究科准教授)が著書『アンチ・アクション』(2019)で示したジェンダー美術史研究の観点を足がかりに、14名の美術家による作品約120点(各会場の展示は約100点)を紹介する。
今回、展覧会場に中嶋泉と岡田裕子が訪れ、対談が実現。岡田は昨年「神戸六甲ミーツ・アート2025 beyond」で発表した新作インスタレーション《井戸端で、その女たちは》(2025)で、関西で活躍した日本の女性の物故アーティスト9人を取り上げ、彼女たちが自らの作品や作家としてのあり方を“おしゃべり”する空間を作り上げた。そのうち、戦後に「具体美術協会」で活動した白髪富士子、山崎つる子のふたりは、「アンチ・アクション」展の出品作家でもある。
これまでジェンダー美術史の領域で研究を行ってきた中嶋と、日常のなかにある妊娠・出産をはじめとする“主婦”や“女性”としての経験を作品で表現してきた岡田に、本展の見どころや自身の仕事や歩み、アーティスト・カップルであることなどについて話を聞いた。【Tokyo Art Beat】
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——1950〜60年代に活躍していたにもかかわらず、その後、多くが歴史から姿を消した14名の女性の芸術家の作品を取り上げる、今回の「アンチ・アクション 彼女たち、それぞれの応答と挑戦」展。岡田さんは会場でどんなことを感じられましたか?
岡田 今回の対談に声をかけていただいた理由のひとつに、私が「神戸六甲ミーツ・アート2025 beyond」で発表した《井戸端で、その女たちは》(以下、《井戸端で》)があると思います。同作はまさに、油断すると歴史から消えてしまいそうな女性の物故作家を9人選び、古井戸の周りで私が演じた彼女たちの声の会話劇が展開されるインスタレーションで、そこには「アンチ・アクション」にも出ている白髪富士子や山崎つる子も含まれていました。

この作品の制作を始めた当初はその存在を知らず、中嶋さんの本を読めていなかったんです。それに、時代が現代に近い作家を扱う場合、いまを生きておられる近親者の方にはどう思われるだろうかと気にしてしまい、そもそも戦後の作家は構想から外していて……。でも、リサーチを進めるうち、この時期の作家はやはり外すべきではないと思い至り、取り上げることにしたんですね。
とは言っても、作品を実見できる機会はほとんどなかった。だからまず、本展で作品を見られたことがとても感動的でした。白髪の《白い板》(1955/1985)とか、間近にテクスチャを感じられて嬉しかった。作品が残り、死蔵していないことがどれだけ重要かを感じました。会場にあった年表や相関図も、私にとってツボでしかなくて、さらに興味が膨らむ展示でした。

——作品が見られないというのは、中嶋さんの研究の出発点でもあったそうですね。
中嶋 ええ。岡田さんが仰ったように、私もある時点で作品が見られない状態にあることに気づいたんですよね。草間彌生や田中敦子のように現在世界的に評価されている作家と同時代に、当時は同じくらい評価されていたのに、資料も作品も残っていない作家たちがいる。なぜ残っていないのか。作品が良くなかったからなのか。でも、当時の評価を調べると決してそうではない。だったら研究すれば何か分かるんじゃないかと思ったんです。
岡田 私も以前から美術館のコレクション展などを見ていて、明らかに女性作家の作品展示が少ないことに疑問があって。最近になって美術館側も急いで購入を増やしている印象もあります。実際、いま保存や研究をしないと、作品が散逸してしまうし、作家本人を知る家族や関係者の記憶も消えてしまう。いまがすごく重要な時期で、正念場なんだと感じます。
中嶋 岡田さんはご活躍を始めるのが早かったのでずっと年上の先輩だと感じていたのですが、じつは私たち、ほぼ同世代なんですよね。お互い1970年代生まれで、同じ時代を生きてきた。それで腑に落ちたのですが、私たちが活動を始めた90年代は、本展の作家もまだご存命の方が多かったわけです。その頃に動けなかった悔恨や、彼女たちが「いた」という事実をいまからでも取り戻したいという思いが、私たちには共通しているのかなと思います。